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第五章

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 ”太陽を掴む鷲”団と、”シロナの祝祭”団。

 古豪の名門ギルドと現在のトップギルドの空気は、悪かった。

 シロナの面々はハボットを中心に固まり、『なんでこんな連中と……』の雰囲気を隠そうともしない。

 原因の一つは、中央に仁王立ちする巨大なオークのせいかなと、アドラーは考えた。
 人族ばかりのシロナ団は、見慣れぬ種族への警戒と排斥が強かった。

「ま、このあたりでオークは珍しいものなあ」
 アドラーは手招きでダルタスを呼んだ。

 オークは極地にも住むが肌の色が濃い。
 雪焼け対策なのか、ダルタスの肌も深い赤茶色。
 その上にスキンヘッドで、230センチを超える筋骨逞しい大男で、発達した犬歯が時々見える。

 人族からすれば恐怖を呼び起こす容貌だが、ダルタスは素直にアドラーの所へやってくる。

「なんだ、団長」
「昨日の魔物を、俺は知ってる。ほとんどが斥候型で脅威度は低い。が、急に襲われたくはない。その背を活かして良く見張ってくれ」

「了解した」

 ダルタスはアドラーの命令に忠実。
 しかも、弱い子供たちを守るのも自分の役目だと認識している。

「頼りにしてるぞ」と、アドラーが一声かけると、オークは鋭い牙を見せて嬉しそうに口の端を持ち上げた。

 ダルタスが立っていた空間に、小さな影が二つ入り込み、シロナの一団へ近付く。

 一つは、エスネと従卒のように控える三人の女冒険者のところへ。

「こんにちわ。ボク、キャルルって言います。何時も姉がお世話になってます」
 サラサラの金髪を乗せた小さな顔を少し傾けて、キャルルが挨拶をした。

 前髪が少し目にかかり、『知らないお姉さんと話すのは恥ずかしいな』を表現する、はにかんだ笑顔。

 完璧であった。
「はぅ!」とか「きゃ!」といった声にならぬ悲鳴が、エスネ達から上がる。

 場の空気が急速に緩む。
「キャ、キャルルくんも来るのかい? あ、危ないよー?」

 エスネのキャラが壊れかかっていた。

「お姉さん、強いんでしょ? それにボクだって、ほら!」
 キャルルがぴょんっと回って背中に縛り付けた大剣を見せる。

「ねっ?」と肩越しに振り返り、三人の女冒険者を撃沈する。

「末恐ろしい……」
 アドラーは、屈強な女冒険者の瞳が乙女に変わる瞬間を見てしまった。

「厳しい男社会で生きる女性にとって、無垢な少年の笑顔は麻薬なのじゃー」

 いつの間にかアドラーの隣に来ていた、引きこもりの魔女がうんうんと頷いている。

 キャルルの姉も、笑顔を振りまいた。
「リューリアです! 新人ですけど、よろしくお願いします!」

 冒険者はルーキーに厳しい。
 命にかかわるのだ、足を引っぱりそうなヤツには当然ながら厳しく当たる。
 だが、極稀にだが例外もある。

「よろしくお願いしまーす!」
 ハボット以外の男達の声が揃う、満面の笑みで。

 新人の美少女ヒーラーエルフ耳に厳しく出来る冒険者など、存在しない。
 いや女性からは嫌われることもあるが、そちらは少年剣士に夢中。

「二人とも凄いなあ……」
 アドラーは思わず拍手しそうになる。

 二人が場の空気を和ませる為に進んで動いてくれたと、アドラーには良く分かった。

 抱きしめて頬ずりしたいところだったが、リューリアに「やめて。きもい」と言われると立ち直れないので我慢する。
 アドラーは、時々甘やかす優しいお兄ちゃんの立場を死守したいのだ。


 エスネの団から三人が、マークス達に付き添ってライデンへ戻る。

 残りの十二人とアドラー達が、再びオカバンゴ・デルタに踏み込む。
 伝説のエルフの痩せ薬を求めて――。

「うーん、プテラノコンドルが飛んでるな。空から探すのは無理かな?」
 アドラーは湿地の上空を見上げる。

 翼長が三メートル以上ある巨大な鳥が、何十羽と舞っていた。

「食われるのは嫌だにゃ」
 バスティが代表して答えた。

 首輪に魔法の写真機を付けたギルドの守り猫は、マレフィカのホウキに乗って偵察という新しい任務が増えていた。

 昨日、ナフーヌに襲われるマークス達をあっさりと発見したのも、魔女と黒猫の成果。

「とりあえず、昨日の現場まで行こう。エスネ達は、敵の姿も見たことないだろ?」
「ああ、是非とも見たい。興味がある」

 アドラーが先頭に立って歩きだす。
 ハボットのみが反対したが、指揮権はアドラーで統一された。

「一団の長が居るならば、そちらが仕切るのは当然であろ?」
 エスネが意見を述べて決まった。

 数百ものナフーヌの死骸に、プテラノコンドルやその他のスカベンジャーが群がっていた。

「こういう光景は、珍しいなあ……」
 アドラーも初めて見る。

 ナフーヌは、同族の死体を回収もするし、食物連鎖の輪に入ってるとこをほとんど見ない。

「そもそも、餌も不明なんだよなあ。体を開いても、肉を食ってる様子はないし……」

 アドラーはもちろん敵の事を調べた。
 今のところ、巨大なコロニーを形成して、ハキリアリのように何か培養して栄養としていると推測されていた。
 農業を営む人の活動に近いと。

 エスネがアドラーの隣にやってきた。
「意外と大きいんだな。先月報告したのは、貴公だったな?」

「ああそうだ。もっと東の山中で見た。体の幅を見てくれ、平たいだろ? 普段はもっと乾燥した地域に居るんだ。砂漠にもいる」

「詳しいんだな、新種なのに」
 エスネの目は鋭く、知ってるなら話せとプレッシャーをかける。

「あー、以前居たとこでも付き合いがあってね。時たま、大発生して困ってたんだ」

「なるほど……まあそれでも良いが。あっちは火炎か。それであれが斧、槍、剣。まさか、四人で片付けたのか、この数を?」

 エスネは傷跡から戦闘を推測してみせた。

「うちの連中は強いんだ、ああ見えて」
 アドラーはちょっと自慢混じりに答えた。

「ふっ、ミュスレアとも一度手合わせしたいと思ってたが、あのオークは何者だ? 私もオーク族と会ったことはある。しかし、あれだけの者は見たことがない。アドラー団長、貴公の実力にも興味はあるがね……」

 突如、女騎士のようなことを言い出したエスネに、アドラーは困った。
 そして適当に話題を変えた。

「うちの団、変なのばかり集まるからなあ。キャルルとか、かわいいだろ?」

「そ、それはもう! 目が合うと天使かと思った! なあ、連れて帰っていいかな?」

 今度は物騒なことを言い出す。
 ライデン最強と言われる女剣士も変わり者だと、アドラーは知った。

 そのキャルルは、湿地帯をきょろきょろと見回して青い花を見つけては走り出す。

 アオイロマンゲツソウは、名前の通りに真円の青い花を付ける。
 群生しないので、地道に探すしかない。

 花に向かって一直線に走る少年の後ろを、ダルタスが大股でついていく。
 何か出た時の護衛だが、ダルタスが片手でキャルルを抱き上げて叫んだ。

「団長! 撃ちもらしだ! 一匹くるぞ!」

 ナフーヌが一体、湿地の草陰から現れる。
 全員が慌てることもなく、荷車を中心に円陣を組んだ。

「よし、私が試す。皆、援護してくれ!」
 エスネが歩きながら剣を抜いた。

「ほー、あれが強さの秘密か」
 アドラーには、エスネがまとった魔法が分かった。

 一つは剣にかけられた魔法。
 もう一つは、何処かの神殿で入手したか、血筋に伝わるものか、強力な神授魔法。

『剣の方が、攻撃力を五割増し。神授魔法が戦闘神ヴァルキリアかな。こちらも攻撃力が七割増しってところ』
 アドラーは比率まで正確に読み取った。

 通常、同種のバフは競合することが多いが、エスネは見事に二つを加算させていた。

 合計して己の攻撃力を二倍強。
 青のエスネの自己強化は、通常の冒険者が持つ最高峰のもの。

 はぐれのナフーヌをあっさり片付けた副団長に、”シロナの祝祭”団の者が喝采を送る。

「うちの団に来てくれれば、さらに三倍の強化が出来るんだけどなあ」

 アドラーから見ても、是非ともスカウトしたい逸材だったが、ライデン市で序列2位のエスネが、潰れかけの貧乏ギルドに来る可能性はゼロであった……。

 ただしメイド服は着る。
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