上 下
72 / 214
第四章

72

しおりを挟む

 アドラーは、ファゴットの屋敷へと急いだ。

「余り心配はしてないけどね」

 マレフィカはホウキで空を飛べるし、バスティはああ見えても女神。
 傭兵達も女や猫に乱暴するような連中ではなかった。

 ただ、近所のお屋敷は、戦利品狙いの傭兵に荒らされていたが。
 
「……なんだこれ? バリア?」
 ファゴットの家に着いたアドラーは、屋敷全体を強い魔力が守っているのを見つけた。

「やあ、やっと迎えに来たか。家の周りを傭兵がうろつくものでなー。入れないようにしてやった」

 中からマレフィカが出てきて、アドラーもほっとする。

「無事で良かった……あーっと、放置しててごめんね?」
「気にするな。じっくりと実験が出来た」

 小柄でグラマーな血統の魔女は、のんびりと笑う。
 魔法に関する知識と実力は、アドラーなど足元にも及ばぬはずだが、まだ底が知れない。

「ところでバスティは?」
「うん? 会ってないのか? 黒猫なら王宮に居るぞ。王と王子と一緒になー」

 マレフィカが驚きの情報を伝えた。

「え?」
「な、なんですとっ!?」

 ファゴットがエルクから転がり落ちるほど驚く。

「ほ、本当ですか!?」
 そのまま這っていき、マレフィカのスカートの裾を掴む。

「は、離せよー。王宮の木の中に匿われてるそうだ。二人と一匹は」
 魔女はスカートを取り戻しながら教えた。

「あ、あの、アドラー殿! わたしはお先に!」
「ああ、行け行け」

 返事は待たずにエルクに飛び乗ったファゴットが全力で駆け出す。

「……これにて一件落着、かな?」
 アドラーはマレフィカを見たが、魔女は怪しく笑った。

「もう一つあるぞ。これだ」
 マレフィカが不味そうな飲み物を取り出す。

「ひょっとして?」
「そうだ、王子の解毒薬だ。苦いが、効き目はばっちりだ」

 アドラーも釣られて笑う。
 初夏のスヴァルト国の気候は穏やかで、地上での戦いなど押し流すような蒼天だった。

「あとは、みんなでライデンに帰るだけか……いや、待てよ」

 アドラーは思い出した。
 サイアミーズ軍、二個軍団が出撃準備を整えていたことを。


 馬の後ろにマレフィカを乗せたアドラーが王宮に着くと、王陛下と王子殿下、それにバスティが木の中から助け出されたところだった。

 宮殿の中庭で三千年は過ごしている老木は、エルフ王の頼みをこころよく引き受けたそうだ。

「やれやれ。わたしの中で隠れんぼとは、そなたが子供の頃以来だな」
 既に精霊化した老木は、アドラー達にも聞こえるように喋った。

「すまぬな。他に思い付かなかったのだよ」
 老王は長い友人に礼を言ったあと、集まった皆を労う。

「お祖父様! お兄様!」
 シュクレティア姫が二人に飛びつく。

 バスティから警告を受けた老王は、孫である王子を連れて窓から中庭に飛び出た。
 頼まれた老木は、大きな口を開いて二人と一匹を匿う。

 人には見つけられぬはずである。

「バスティ、お疲れ様」
「にゃー、長いこと待ったぞ」

 アドラーの手から肩に乗った女神は、長い寿命のほんの六日間の文句を言った。
 ギルドの守り猫になってから、これだけ放って置かれたのは初めてなのだと。


 バスティの首輪に付けた水晶球は、大量の画像が記録出来て、マレフィカとも通信できる優れもの。

 これを元にして反乱の関係者を炙り出す……が。

「よいか、ほどほどにせよ。ほどほどだぞ」
 老王は、王令によって反逆者と傭兵達への恩赦を命じた。

 エルフ族の小国が、大逆とはいえ多数の人族を処刑するのは、憚られることであった。
 この大陸では、人族以外の立場はとても弱い。


 もちろん、アドラー達のような人族の協力者の存在も大きかった。

 王宮内の大浴場でくつろぐアドラーとキャルルの元へ、全裸の老王がやってきた。

「そのまま、そのまま」
 どう反応して良いものか迷ったアドラーを、湯船に押し止める。

 きちんとかけ湯をしてから、王はアドラーと向き合う位置に浸かった。
 老いたエルフの体は、幾つもの戦傷があり歴戦の勇士だと雄弁に語る。

「これはな、オークとの戦争じゃ。こっちは人族との争いじゃ。これは森のダイアウルフに挑んだ時のもの。それでこれが、浮気した女に刺されたものじゃ」

 王は一つ一つの傷を、アドラーとキャルルに自慢した。

「すげーな、じいちゃん。触って良い?」
 キャルルが興味を持ったようで、老王も笑って受け入れる。

「ふぅ、老いて忠臣に裏切られるは、余の不明。あれの遅くに出来た息子を、我が国に仕えさせなかった理由が、今となっては良く分かる」

 王がカーバ宰相の話をする。

「その頃から反逆するつもりだったと?」
 アドラーは聞いた。

「違うのじゃよ……。この国の出世立身は、エルフの寿命に合わせておる。奴が四十を過ぎて授かった息子が、ここでの地位に得るまでに、カーバの寿命が尽きる。カーバほど有能な者は、そうそうおらんでな……。人族の寿命に合わせて引き上げてやれば、奴も安心して引退して死ねたであろうな」

 王の出した結論はこうであり、アドラーは口を出さなかった。

「ま、そこは見直すとしてだ。そなたには改めて礼を言わせて貰う。人とエルフとの決定的な対立は、そなたによって防がれた」

 王は深々と頭を下げる。
 アドラーと老王が、二人きりになるのはこれが初めてだった。

「じいちゃん、ボクは? これでも苦労したんだよ、あのわがまま娘に代わってさ」

「おうおう、キャルル殿にも礼を言うぞ。本当にありがとう。何か、欲しい物があるか?」

「剣が欲しい!」
「よし、王家秘蔵の逸品をやろう! 山の底で万年の時を経た金剛岩をも砕く剣じゃ!」

「まじで? やったー!」
 王は安請け合いをして、キャルルは飛んで喜んだ。

「さて、おーい。お嬢さんらも、何か欲しい物があるかね?」

 エルフの老人は、女湯にも声をかけた。

「えっ、なに?」
「きゃっ……お姉ちゃん、何かくれるって!」
「う、美味い物でも良いのか?」
「うちは神だからにゃー、物欲はにゃー」
「エ、エルフの魔導書!」

 仕切り越しに五人の返事が飛んでくる。

「うーむ、良いのう。我が家には、最近若い娘がおらんからのう……。アドラー団長、どうじゃ一緒に覗かぬか?」

 王は、とんでもない誘いをした。

「やめてください! 怒らせたら怖いんですから! これからずっと言われてしまいます」

 アドラーは、ミュスレア達にスヴァルト国に残れると告げた。
 世話は王家が見てくれる。

 キャルルと姉妹の顔を見た王は、「ひょっとするかものう」と喜んで受け入れると言ってくれた。

 だが……。

「なんで? わたしはライデン生まれだし。アドラーも残らないんでしょ?」
「そうそう。私がいないと誰がご飯作るの?」
「姉ちゃんらは置いて行って良いけど、ボクは帰るよ。やっと団に入れたのにさ」

 三人とも、あっさり断った。

 このところのアドラーは、団長業が楽しくなってきていた。
 バスティとブランカとの約束もあり、マレフィカは自分の森がある。

 まだ”太陽を掴む鷲”を捨てる気のないアドラーに、全員が付いていくと宣言した。

 ただし、この国の戸籍は貰った。
 アドラーよりも百年は生きるクォーターエルフ、居場所の保証があるのは喜ばしいことだった。

 そして。
「うむ。俺も頑張るつもりだ、団長」
「なんだと!? ダルタス、お前ずっと付いてくる気か?」

「今更なんだ。俺の体を賭けた勝負に勝ったではないか」
「変な言い方をするな!」

 ダルタスは、当然のように入団を申請した。

「ひひひ、オークとヒト物も悪くない」
 マレフィカが怪しく笑う。

「だが、別にずっと付いて来いとは……」
 アドラーは、ここでギムレット達とのギルド会戦を思い出した。

「飯はあるが、給料は期待するな?」
「構わんぞ。己の認めた強者に尽くすは、オークの誉れだ」

 こうして、アドラーの団は七人と一匹になった。


 サイアミーズの軍隊は来なかった。
 その理由は、直ぐに知れた。

 ミケドニア帝国とアビニシア連邦による、南方海域での緊急の共同演習。
 その原因は、大運河に対する破壊工作。

「つまり、ブランカ。お前のあれだ」
「もう一発ぶっ放すか?」

「やめなさい!」

 ドランゴブレスによる運河の崩落は、未知の魔法だと断定されていた。
 そして両大国は、これ以上の破壊が起きる前に周辺国――ほぼサイアミーズを名指し――へ圧力をかけることにしたのだ。

 サイアミーズの国土はほとんどが内陸で、軍艦は五十隻余り。
 ミケドニアは百六十隻を持ち、島国のアビニシアは二百八十隻も揃える。

 輸送艦を出してクーデターの支援など、不可能になった。

「あとは、この国が何とかするだろう」

 賢き老王は健在で、王子は回復に向かっている。
 アドラーは、今度こそみんなでライデンに戻ると決めた。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話

嵐華子
ファンタジー
【旧題】秘密の多い魔力0令嬢の自由ライフ。 【あらすじ】 イケメン魔術師一家の超虚弱体質養女は史上3人目の魔力0人間。 しかし本人はもちろん、通称、魔王と悪魔兄弟(義理家族達)は気にしない。 ついでに魔王と悪魔兄弟は王子達への雷撃も、国王と宰相の頭を燃やしても、凍らせても気にしない。 そんな一家はむしろ互いに愛情過多。 あてられた周りだけ食傷気味。 「でも魔力0だから魔法が使えないって誰が決めたの?」 なんて養女は言う。 今の所、魔法を使った事ないんですけどね。 ただし時々白い獣になって何かしらやらかしている模様。 僕呼びも含めて養女には色々秘密があるけど、令嬢の成長と共に少しずつ明らかになっていく。 一家の望みは表舞台に出る事なく家族でスローライフ……無理じゃないだろうか。 生活にも困らず、むしろ養女はやりたい事をやりたいように、自由に生きているだけで懐が潤いまくり、慰謝料も魔王達がガッポリ回収しては手渡すからか、懐は潤っている。 でもスローなライフは無理っぽい。 __そんなお話。 ※お気に入り登録、コメント、その他色々ありがとうございます。 ※他サイトでも掲載中。 ※1話1600〜2000文字くらいの、下スクロールでサクサク読めるように句読点改行しています。 ※主人公は溺愛されまくりですが、一部を除いて恋愛要素は今のところ無い模様。 ※サブも含めてタイトルのセンスは壊滅的にありません(自分的にしっくりくるまでちょくちょく変更すると思います)。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

スキル【僕だけの農場】はチートでした~辺境領地を世界で一番住みやすい国にします~

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
旧題:スキル【僕だけの農場】はチートでした なのでお父様の領地を改造していきます!! 僕は異世界転生してしまう 大好きな農場ゲームで、やっと大好きな女の子と結婚まで行ったら過労で死んでしまった 仕事とゲームで過労になってしまったようだ とても可哀そうだと神様が僕だけの農場というスキル、チートを授けてくれた 転生先は貴族と恵まれていると思ったら砂漠と海の領地で作物も育たないダメな領地だった 住民はとてもいい人達で両親もいい人、僕はこの領地をチートの力で一番にしてみせる ◇ HOTランキング一位獲得! 皆さま本当にありがとうございます! 無事に書籍化となり絶賛発売中です よかったら手に取っていただけると嬉しいです これからも日々勉強していきたいと思います ◇ 僕だけの農場二巻発売ということで少しだけウィンたちが前へと進むこととなりました 毎日投稿とはいきませんが少しずつ進んでいきます

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

処理中です...