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第四章

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 ――首都タリス。

 ”太陽を掴む鷲”の守り猫にして、冒険と猫の神バスティは、三日前から王宮にいた。

 長生きで気まぐれな性格で知られるエルフは、寿命は短いが同じく気まぐれな猫を愛した。

 スヴァルトの王宮にも、百匹以上の猫が飼われていて、バスティはその中に潜り込んでいた。

 王宮で最初に向かったのは王子の寝室だったが、さすがに猫は入れてもらえない。

 次にバスティが向かったのは、王子の寝室の屋根裏。
 そこで不穏なものを見つける。

「ネズミが死んでるにゃ……しかも肉が腐ってにゃい。怪しいにゃあ……」

 屋根の木板には、何かが薄く塗られていた。

「ぺろっ……! これは毒だにゃ!」

 アドラーの前に現れた黒ずくめの者達が毒を使った。
 この世界では――治癒魔法があるので――一般的ではないが、地球では毒の暗殺は定番。

「アドラーの予想が当たったにゃ!」
 屋根裏の毒をカリカリと削って、バスティはサンプルを集める。

 猫とはいっても本体は女神、地上の毒などくしゃみを起こす程度。
 これをマレフィカに渡して解析してもらうのだ。

 食事は警戒しても、壁や天井に毒を塗るのはこの世界では例がなく、エルフ達は気付かなかった。
 もちろん地球では幾らでも実例がある。

 マレフィカにサンプルを渡した猫神は、また王宮へ戻る。
 ここでは柔らかな寝床と美味しい餌が出るから……だけではない。

「一日中、宰相の監視だにゃ。猫には酷な仕事だにゃー」

 文句を言いながらも、バスティは役割をこなす。
 一日で十二時間も活動するなど、並の猫には不可能である。

 宰相が会った人物や重要な書類を、首輪に付けた魔法球に写しとる。
 もちろん、誰も猫など気にしない。

「これほど完璧な潜入工作員がかつてあっただろうか、いやにゃい!」
 バスティも張り切っていた。

 アドラーが泥酔した深夜、王宮の壁の上を、黒猫がとことこ歩く。

 王宮の猫達とは顔なじみになり、バスティにとってここは勝手知ったる他人の家となっていた。

 突如、夜空が明るくなる。

「なんだにゃ? 夜明けには早いぞ……」

 瞳孔を細めて明るい方を見ると、王宮の外苑、エルクの厩舎で派手に炎をが上がっていた。
 鹿達がいななきを上げ、炎をに追われて厩舎の壁を蹴破る。

「な、何事だにゃ……」

 次にバスティは、大勢の気配を感じ取る。
 目の先にある王宮の裏門が静かに開く、内側から招き入れる者があった。

 そして、武装した男達が数百人となだれ込む。

「た、大変だにゃ!」

 兵士の多くは火事に向かっていた。
 エルクを失えば、自慢のフュルドウェル騎兵が成り立たない。

「おのれ、何者か!?」

 男達を誰何したエルフ兵が弓を構える間もなく、一斉に発射された魔法弾で胸を撃ち抜かれた。

「マレフィカに知らせっ! いや、先にこっちだにゃ!」
 裏道や猫用の扉まで知り尽くしたバスティが王宮へと戻る。

 バスティはただの守り猫ではない。
 本体は女神で頭脳は人並み、王宮に乱入した暴漢どもの目的など、はっきりと分かるのだ。

「ここの奴らには、三宿九飯の恩義あるからにゃあ」
 黒猫は駆け出した。


 ――ロートシルトの商館。

 ここでは、カナン人の商人達が闇夜を照らす炎に乾杯を捧げていた。

「上手くいきましたな」
「最初からこうすれば良かったのですよ」
「エルフごときが国を持つなど、百年、いや千年は早い」

 欲望と権力に取り憑かれた大商人の会合。
 その中央には、シャイロックとロートシルトがいた。

「さすがの情報網ですな、シャイロック殿」

 カナン人の中でも五指に入る資産を持つロートシルトが、ライデンの高利貸しを褒める。

「まあ、地元の情報ですからな当然ですわ」
 シャイロックが垂れたあごと突き出た腹を揺らす。

 シャイロックは、アドラーに脅された後で、ライデンの冒険者がこの国に来た理由を密かに探った。

 答えはロートシルトの商館に飾られた、王族の肖像画にあった。
 姫の顔を見たシャイロックは、アドラー達がやってきた理由を悟る。

 アドラーに情報を送った後であったが、商人はまた寝返った。

「姫が国内に残るなら、直接に殺した方が確実ですからな。オークはその後で良い」

 食卓の皿をどの順番で食べるべきか、ロートシルトの声はそれくらい冷静だった。

 王家を失い、宰相は目的を同じくする一味。
 スヴァルトは傀儡として国名のみが残り、エルフの国ではなくなる。

「それではロートシルト殿、お約束の通りに……」
「もちろんです。港の娼館は、全てシャイロック殿にお任せしましょう」

 これからスヴァルトの南部は、恒常的な戦地と兵器の実験場となる。
 北の沿岸部はヒト族の商人と、サイアミーズ王国が仕切る。

 莫大な傭兵と兵士の欲求を満たすために、国を失ったエルフの女どもを使った買収宿の経営。

「これがもたらす利益の前ではな……」
 アドラーに貸した金貨五百枚など霞んでしまう。

 シャイロックは、アドラーへの賭け金は取り下げていた。
 資産のほとんどを、このビジネスに投資する。
 王宮が落ちた今、クーデターは成功したも同然であるのだ。

 シャイロックは、オークの集落でアドラーが死んでくれることを祈る。
 一時とは言え、カナン人の商人連合を裏切ったこと知られる訳にはいかない。

「老王と王子と姫、それにあのギルドの奴らか……。全員が死ねば良いが……」

 練達の商人シャイロックは、全て上手くゆくとは思っていないが、これが始まりである事も分かっていた。

 これから、サイアミーズの正規軍がやって来る。
 本当の権力者は彼らで、上手く取り入ることが出来れば、スヴァルトの宰相もロートシルトも追い落とし、シャイロックが第一の実力者になることが出来る。

「それには金と酒と女。エルフなど、その為に生まれたようなものではないか」

 この男には、人族に生まれたのに劣等種族を庇う腕利きの冒険者の考えが理解出来なかった。

 しかし、その冒険者の戦闘能力を知ってはいたが、まだ侮っていることには気付いていない。


 そしてその頃……大陸最強の冒険者は、ギルドのみんなで温泉に入るという幸せな夢の中にいた。

「駄目だ。起きない!」
 ちょうど、ブランカが匙を投げたところであった……。
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