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第四章

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「い、痛い! や、やめてくださいー!」
「きゃあ、お願いーやめてー!」

 アドラーは、リューリアの下手くそな演技に少しほっとしていた。
『これで女優なら、男の一個師団くらい手玉に取れちゃうものな……あいてっ!』

 殴り疲れた暴漢どもが、アドラーの顎を蹴り上げた。

 この衝撃は、物理防御を展開したアドラーにも通る。
 防御を重ねて強化しても、無効にするわけではない。

「おい、殺すなよ」
 後方に立つ男が、始めて口を出した。

『あれがリーダーか……大した奴ではないな』
 顎を抑えてもがきながら、アドラーが確認する。

「はぁはぁ……へい、分かってます」
「こいつ、しぶとくて」
「頑丈な奴だ……ふぅ」

 殴っていた三人は、息が上がり始めていた。

 リーダーが手下を押し分け、一歩前に出た。
「兄さん、あんたに恨みはないが、エルフのような愛玩種族に肩入れしてもろくなことないぞ?」

 リーダーは、ナイフを取り出してアドラーの頬に当てる。

「な、何者だ……?」
 とりあえず聞いてみたが。

「それを言ったら、死んでもらうしかないだろ? ん?」
 リーダーが台詞に合わせて素早く刃を引く。
 同時に、アドラーは顔面の防御魔法をオフにした。

「ぐあっ!」
 焼け付く痛みが頬に走る。

「ア、アドラー!? いや、やめて!」
 今度のリューリアの台詞は、演技ではなかった。

「エルフなんぞが一人前に国を構えてては、困る人も多いのだよ。分かったな、手を引け」

 頬を抑えて膝を付くアドラーの頭に向かって命令した。

「へへっ兄貴、この娘さらいますか?」
「坊やじゃなくて残念ですが」
「こっちの方が楽しめそうだぁ」

「そ、それは困るなあ……うちのお姫様に手を出されては……」
 アドラーがゆっくりと立ち上がる。

「ふむ、良い護衛だ。わざわざ遠くから呼んだだけの事はある……がっ!」
 リーダーがナイフを大きく振りかぶった。

 鋭い一撃だったが、刃を返すところまでアドラーには見えた。
 峰の方で肩口を叩くつもりだが、アドラーは右腕を上げて受ける。

「なっ!? これを止めるか……だが、もう仕事は出来まい。仲間にも伝えておけ、これは警告だと、それも最後のな。行くぞ!」

 男達は夜の街へ消えていった。

「アドラー!? 大丈夫、ねえ平気? 大丈夫!?」
 リューリアは取り乱していた。

「ごめんね、嫌な思いさせちゃったね。ちょっとムカつく奴らだったね」
「そんな事よりも! 顔も、手も!」

 慌てるリューリアが、ぺたぺたと傷口を触る。

「痛い! 大丈夫だから、腕も軽いひびだ。直ぐに治る」
「あっそっか、治せば良いんだ!」

 リューリアは、自分が治癒魔法を使えることを思い出した。

「良く辛抱したが……まだまだだなぁ……」
 アドラーは、通りの屋根のあたりを見上げる。

 先程まで、ブランカがそこにいた。
『いいかい。何が起きても我慢して後をつけろ』と命じたのだが、途中から凄まじい殺気が漏れていたのだ。

「ついでに、連れて来たのがリューリアで良かった」
「なんで? 回復魔法が使えるから?」

「いや、ミュスレアだと我慢できずに叩きのめしてるでしょ?」
「お姉ちゃんなら……間違いなくそうするわね」

 アドラーの怪我はやられ具合に比べてずっと軽傷で、リューリアも直ぐに平常心を取り戻す。

「はいおしまい。頬の傷も数日で消えるわよ」
「それでは、帰って報告を待ちますか」

 アドラー達は、深夜の迫った街を戻る。
 一ブロックほど行ったところで、足が止まった。

「あれ、どうしたの? まだ痛む?」
「静かに。参ったな、第二グループが居たのか」

 今度は別口だった。
 先ほどの、ごろつきに毛が生えた手合とはレベルが違う。

 何処からともなく、闇の中から黒ずくめの三体が現れた。
 アドラーを中心に三方向、速度と距離も合わせてゆっくりと近付く。

「良いね、自分の身を守るんだよ?」
 アドラーは唯一の連れに命令して、自己強化と次いで全体強化をかけた。

 法術魔法の自己バフで三倍。
 その上にバスティの姉から貰った、仲間全体を別枠乗算で三倍に強化する神授魔法。

 先は片方しか使わなかったが、今度は最初から二重強化。
 全身を黒で覆った三体が、魔法を使ったアドラーを見て動きを止めた。

 リューリアを庇いながら、しかも素手。
『普通なら、気にせずかかって来るのになぁ。この大陸も奥が深い』

 冒険者の強者とは違う、対人の戦闘集団。
 アドラーは、殺さずに勝つのは無理だと判断した。

「出来れば、依頼主を吐いてから死んでくれないかな?」

 軽口を叩いたのを隙と見たのか、右側の一体が何かを発射した。

「おっと!」
 リューリアを狙った一撃だったが、アドラーが奪い取った。

 アドラーの右腕に激痛が走る。
 手の中に掴んだのは小さな針で、刺さってないはずだったが。

「毒か」
「そうだ」

 正面の黒ずくめが口を開く。

「会談の成功の為に雇われたのは知っている。直ぐに手を引け。港町まで戻れば、解毒薬を届けよう……」

 来た時と同じように足音もなく三体は消えた。

 殺す気で近づいたのは間違いないと、アドラーには分かった。
 それが難しいと気付くと、相談もなく次の手に変えた。
 アドラーが『危険な相手』と思うほどの暗殺者。

「刺さったと思ったのかな……」
 アドラーが手を開くと、紫色の何かが塗布された小指ほどの長さの針があった。

 触れただけで痛みが走るなど、並の毒ではない。
 全身を強化してなければ、どうなったか。

 アドラーは針を丁寧に布に含み、屋敷へと急いだ。
 幸いなことに、辿り着くまでは無事に足が動いた。


「どうだった?」
 目眩と急激な疲労が出たアドラーが、横になったままマレフィカに聞く。

「ひひひ、こりゃ凄い。即効性の魔法精製の毒物だ。これだけありゃオリファントでも殺せるぞー」

「魔法防御で防げる毒で……良かった、のかな?」
「逆じゃな。武器に塗って体内に入れる毒なら、倒れることもなかった」

「で、治るの?」
「残念ながらー」

「マレフィカ!?」
「嘘でしょ!?」
「兄ちゃん!」
 三姉妹が声を揃えて抗議した。

「ごめんごめん。わたしの手にかかれば、一瞬だよ。魔法系は、特定されれば解除も早い。自然系の毒とは一長一短だねー」

 マレフィカは妙な色の液体を差し出す。
 赤とも黒とも紫とも言い難い。

「これ、飲むの?」
「もちろん」

 アドラーは本日一番の覚悟を決めて飲み干した。

「うえぇ……まずいぃ……」
「良薬口に苦しさ」

 マレフィカの薬は、効果てきめんだった。
 アドラーが起き上がると、ミュスレア達にもようやく笑顔が戻る。

 しばらくして、こつこつと窓を叩く音がした。
 アドラーが窓に近付くと、綺麗な銀髪と白い尻尾まで黒い布で隠したブランカがそこに居た。

「お帰り、突き止めた?」
「あい!」

 竜の娘は元気よく右手をあげる。

「では、反撃開始といきますか」

 既に深夜。
 大通りにも人影はない。

 簡単な敵と厄介な敵、二つも出てきてしまったが、まずは簡単な方から片付ける。

「いいかいブランカ、弱い方から潰す。これが基本の戦い方だ」

 アドラーとブランカ、二人だけで敵のアジトに向かう。
 道中ではお喋りする余裕もあり、アドラーには負ける気など針の先ほどもなかった。
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