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第四章

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 エルフの国スヴァルトへ向かう船は、スクーナー型の帆船だった。

『樹冠を舞う四つ羽の黄金鳥』という、エルフらしい名前の二本マストの中型船。
 帆は五枚張られていたが。

「これはまた……速いなあ」
 甲板から海を見るアドラーは不安になる。

 スヴァルト国製の快速船は、帆にあしらった文様で風の精霊の助けを全力で受け、外板には金属を貼り付けた貨客連絡船。

 地球における大航海時代の帆船よりも、性能はかなり上。
 世界一周も可能なレベルの技術があった。

「そう、遠い話ではないな」

 こちらでのアドラーの生まれ故郷、アドラクティア大陸が見つかるのも、時間の問題だと思われた。

 今住んでるメガラニカ大陸は、アドラクティアよりも人口で十倍。
 技術レベルや富の蓄積も数世代は差がある。

「まあそう心配するな、どうせ外洋には出れないよー」
 マレフィカが隣にやって来た。

 彼女は、アドラーの変わった生い立ちを信じている。
 かつて拾われた時に、ミュスレア達にも話したのだが聞き流された。

「大陸から離れれば、魔物や海獣が海を支配する。ホウキで世界を一周した、伝説の魔法使いイルル・バツータも、海にひしめく巨大な魔物どもを見たという」

「このクラスの船を数十隻。充分な火力と兵を備えれば……」

 お主は心配性だなといった顔をマレフィカはする。

「大型の帆船を何十と揃えてる国はある。だが、それを果て知れぬ冒険に出すのは訳が違う。この大陸は、そんな隙を見逃すほど平和ではないぞ?」

 ほどよい平和とほどよい戦争を繰り返すのが、メガラニカ大陸。
 ライデン市が属するミケドニア帝国には、匹敵する大国が二つある。

 その内の一つ、アビシニア連邦が右手に見えてきた。
 細く伸びた岬と海峡を挟んで対岸がミケドニア。

 アドラーには、メガラニカ大陸の地図を見た時、気になる地形があった。

 一つは、東の大山脈オロゲンの背骨。
 そしてもう一つは――ポリオル王とケテス帝が開いた海の道――通称”大運河”。

 亜大陸と呼べるほど大きな島と大陸との間を、幅2キロと長さ20キロに渡って削った水平式運河。

「これを二百年も前に造ったとはねえ……」
「百年以上かかったけどな。当時のミケドニアとアビニシアは平和だった。土木魔法を結集した文明の最高傑作だ」

 マレフィカが自慢そうに教えてくれた後、一言付け加えた。

「大運河の利権を巡り、両大国はその後の二百年で、三度もどでかい戦争を起こしたけどなー」

 現在のミケドニア帝国の選挙で選ばれた皇帝は、ケテス8世。
 アビシニア連邦の世襲王は、ポリオル6世。

 名を受け継いだ両陛下時代のような平和な御代になると、もっぱらの噂である。

 潮の流れを待つ為に、船は運河の手前で停泊して夜を明かす。

 アドラーが船室に戻ると、キャルルがお勉強の真っ最中。
 教師は大使ファゴット。

 一般教養から宮廷儀礼、言葉使いから人名辞典、会釈に笑顔の方式まで叩き込まれていた。

「さあキャルル殿、次は椅子の座り方ですぞ! あー、違います! 椅子は見ずに後ろの者がすっと寄せたら自然に座って下され」

 アドラーを見つけたキャルルが、涙目で訴えた。

「兄ちゃん……ボク、こんなことまでするとは聞いてないよ!」
「キャル、男には学ばねばならん時がある」

「女言葉でスピーチの練習もですの!?」

 今回のクエストの成否は、キャルルの細い肩にかかっている。
 アドラーは目を閉じて、静かにエルフの男の子にわびた。

 礼儀作法を教え込まれる弟を、リューリアがじーっと眺めていた。
 アドラーはその横に腰掛けた。

「キャルが心配? 大丈夫、あの子は賢いからちゃんと覚えるよ」
 アドラーの言葉に次女は首を傾けた。

「心配? なんで? 将来、貴族や王子様のとこにお嫁に行ったら、役立つかなーって見てるだけよ」
「あ、はい」

 クォーターエルフの三姉弟は、助け合って生きてきて、とても仲が良い。

「ねえ、アドラーって良いとこの生まれなの?」
「突然だね、なんで?」

 リューリアは妙な質問をした。

「最初、わたし達の文字も読めなかったでしょ? それが半年くらいで本を読んでたし、魔法も使える。高い教育を受けるには、名門かお金持ちでないと無理でしょ?」

 リューリアも賢い、とても良く見ている。

「確かに、本があって魔法教育を受けれる家には生まれたかなあ。けどあっちの大陸は、例の虫みたいな魔物集団が定期的に襲ってきて、世襲の貴族階級なんて存在してなかったよ」

 逆に、優秀な戦士や魔法使い、そして軍の指揮官を引き上げる制度が徹底されていた。
 でなければ、文明を繋ぐことすら難しかった。

「ふーん、そうなんだ……。じゃあ頭が良いの?」
「いやそれはどうかなあ。学習方を徹底的に叩き込まれた、前世でね。これが大きいかな」

「ふーん、前世ねえ。アドラーって、時々変な嘘でごまかすわよね」
 リューリアに傷ついた様子はなく、穏やかに微笑んだ。

「いやいや、嘘じゃないんだよ?」

「まあどっちでも良いわよ。学べるのは良い事よね。わたしもお姉ちゃんが学校に行かせてくれなかったらどうなってたか。キャルルを育てる為、街角に花を持って立ってたかも」

「そういう事を言うんじゃありません。ミュスレアも、それに俺も、そんなこと絶対に許しませんからね?」

「はーい、ごめんなさい。けどね、ここだけの話よ? 最初ね、お姉ちゃんが冒険者になったって聞いた時、いかがわしい仕事だと思ったの。わかる?」

 確かに、冒険者は広くいろんな人材を受け入れ、農工業と比べると真っ当なお仕事からはちょっと離れる。

「当時ね、わたしが十でキャルルが七つ。わたし達の為にお姉ちゃんは体を売って稼いでるって、ぼんやりとだけどそう思ってたの。まあ実際に体は張ってたけど……今ね、お姉ちゃんと同じ仕事が出来て凄く嬉しいの」

 リューリアは特訓中の弟を見てから、アドラーを見た。

「たぶんあいつも同じね。お姉ちゃんのこと本当に尊敬してるのよ、わたし達。あとアドラーにも感謝してるわ。ギルド守ってね? わたし達の居場所だから」

 それだけ話すと、恥ずかしくなったのかリューリアは顔を背けて立ち上がった。
 部屋を出る前に、綺麗で大きな緑の瞳をアドラーに向けて言った。

「今の話、お姉ちゃんには絶対に内緒よ?」

 今日で航海は三日目。
 海路の半分まで来て、驚くほど順調だった。

 ※地図
 緑の部分に人族の国家が連なる。
 スヴァルト国は南の森の中。

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