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第四章

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 キャルルには姉が二人。
 ハーフエルフの父親は蒸発して、母親も早くに亡くす。

 片方の姉は、エルフらしからぬ豊かな体に身体能力を詰め込んだ、女冒険者でも屈指の実力者。

 もう一方の姉は、近所でも評判の美少女で、料理も上手な新人ヒーラー。

 まるで主人公のような境遇のキャルルは、行き倒れのアドラーによく懐いた。

 アドラーにエルフ族への偏見がないのも大きいが、魔法も剣も使える記憶を失った戦士、というのが男子の心をくすぐったらしい。

「兄ちゃん! 断ってよ? 絶対に断ってよ!?」

 女装して姫の身代わりをの依頼を、男の子は全力で拒否する。
 そこまで言われては、アドラーも応じるわけにいかない。

「いやーこの子は、冒険者ではありませんので。だとしても、危険に晒すつもりもありませんが」
 アドラーは、はっきりと断った。

 しかし高級官僚がそんなことで引き下がるわけがない。

「せめてお話だけでも! 決してお身体に傷が付くようなことはございません。我が国の存亡がかかっておるのです!」

「それは……言い過ぎでは?」
「少し、大げさだったかも知れません」

 優秀な官僚は素直に認めた。

「まあ、話を聞くだけなら……」
 一体どんな事情があるのか、アドラーは気になってきた。

「兄ちゃん……! なんで……!」

 小学校高学年くらいのエルフっ子が、涙を浮かべてアドラーを見上げる。
 歴戦の戦士でも、とても悪いことをしている気分になる。

「話だ、話を聞くだけだから! な?」

 泣き出す前に慰めようとしたが、横からリューリアが楽しそうに弟をからかう。

「今の内にスカート探さなきゃね。わたしのお下がりの」

 誰に対しても優しい次女も、キャルルにだけは遠慮がない。

「リュー、お願いだからやめてあげて。えーっとですね、ファゴットさん。何故に王女の影武者をこんなとこで探すのか。それを知らないと、協力は出来ないんですよ」

 それは重々承知といった風にファゴットは頷いた。

「我が国スヴァルトは、数年前からオーク族との国境争いを抱えておりまして……」

 ファゴットが話を始めた。
 このような争いは、アドラーにとっても不思議はない。

 二足種の大型種族、エルフとオークは生息域が被るのだ。
 どちらも寒冷地仕様の長身で森林を好む。
 オークはさらに寒い地域、氷原の上にまで住み着く。

『だから、伝統的に仲が良くない』と、アドラーは知っている。

「一応の解決に、三年前に仮の和平条約が結ばれました。今年は”仮”の文字を外し、平和を恒久的なものにする大事な会合があるのですが……」

 ファゴットは、出されていたクリュ葉のお茶を一口飲んだ。

「出席するはずの王子殿下が急病で倒れられ、いまだ寝たきり。代わりに妹君に白羽の矢が立ったのですが、オークなどと会うのは嫌だと泣かれる日々でございまして」

「代理で済ませれば?」
 当たり前の意見をアドラーは述べた。

 大使ファゴットは大きく首を振り、宮廷外交の何たるかを語った。

「外交には格と順序と言うものがございます。此度は、スヴァルトの王族が野蛮なオークどもの集落を訪れ、その返礼にオークの首長が我らが王の元へ参る。この段取りを取り付けるのに、我ら廷臣がどれほど苦労したことか!」

 ちょくちょくオークへの蔑視が漏れつつも、ファゴットが熱弁した。

「それなら替え玉なんか出したら駄目でしょ……」
 アドラーは正論を言った。

「いや、それはそうでございますが……。王女殿下はまだ幼く、泣くわ喚くわ結界を張って立て籠もるわで、如何ともしがたく。しかして、幾ら王族とはいえ、わがままで国の和平を危うくするなど許されぬと、聡明な王子殿下が病身を押してオークの元へ参ると申されまして……お分かり頂けませんでしょうか?」

 おおよその流れは分かった。
 王子は動けぬ、王女は行きたがらぬが、オークの面子を立てる為に殿下の称号を持つ者が、顔を見せねばなない。

「しかしだ……仮にも隣国だろ? 替え玉だってバレたらどうするの?」

「バレません! 最初は貴族の子から適当にと準備したのですが、どうしても王女殿下に似た子がおりません。しかし、こちらのキャルル殿はまさに瓜二つ! オークの盆暗な目になど、見分けられるはずがありません!」

 ファゴットはエルフなので、アドラーからは年齢がよくわからない。
 見た目は鋭利な青年官僚風だが、喋りだすと意外と熱かった。

「思ったよりは、安全そうだな」
 和平会談に顔を出すだけで、実務は役人がやる、いきなり戦いになることはないはずである。

「もちろんでございます! 我らスヴァルトが誇るフュルドウェルの一個大隊がお守りします!」

「フュルドウェルって、あれか。大鹿に乗った騎乗弓兵か?」
「よくご存知で。流石は冒険者ギルドの団長殿ですな」

 エルフの伝統的な武器は弓、それにエルクと呼ばれる大鹿だ。

「けどなあ、わざわざライデンから呼び寄せる程かね?」

 スヴァルト国までの日数は、アドラーも詳しく分からない。
 大陸を周り運河を抜けて七日から十日、海路の片道だけでそれだけかかる。

 幾ら大事でもそんなにギルドを空には出来ないが……。

「もちろん、報酬はお支払いします」
 優秀な官僚は、アドラーの顔色を読んだ。

「前金で金貨十枚。会談が終わった暁には追加で三十枚お支払いします、もちろん金貨で」

「キャルル一人では行かせられないぞ?」
「もちろんでございます。随行は何人でも。旅費も滞在費もこちら持ちで」

 即答はせずに、アドラーは団員達を見渡す。
 三姉弟、ブランカ、マレフィカ、あとは猫が一匹。

「うちは、六人のギルドなんだが……?」
「これは気づきませんで。前金は十二枚でいかがでしょう?」

「そなた、話が早いのう」
「いやははは、商人の街で鍛えられたものでして」

 アドラーとファゴットは、同意しかかっていた。

 キャルルが絶望的な目で周りを見渡す。
 最初に視線が合った下の姉は、「キャルル姫」と言って意地悪く笑う。

 キャルルにとって、この姉がモテるとの噂は到底信じられないものだった。

 次に上の姉と目が合う。
 ミュスレカは、とても申し訳なさそうな目でキャルルを見た。
 けれども、大金が手に入る依頼に期待していると、キャルルには分かる。

 キャルルは、母親代わりで学校にも通わせてくれた上の姉は大好きだった。

 アドラーはまだほんの少し迷っていた。
 自分を慕ってもくれる男の子に、酷な役割ではあるまいかと。

「あの、ファゴットさん。しばし猶予があるなら、こちらで検討したいのですが」

「おお! それはもちろんです、まだ日数には余裕が……」

 そこにキャルルが大きな声で割り込んだ。

「兄ちゃん! その役目、やってもいいよ。ちょっと兄ちゃんのことは見損なったけどね。あと、一つだけ条件がある!」

 思わぬ申し出にアドラーは驚いて問い返した。

「ほ、ほんとか!? それで、条件ってなんだ?」
「ボクを、太陽を掴む鷲に入れてくれるならやってもいい!」

 この要求は、アドラーにとって魔物の群れに放り込まれるよりも難題であった。
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