上 下
47 / 214
第三章

47

しおりを挟む

「他の二隊にも、大蛇は出たようだ」

 アドラーは連絡球に浮かんだ文字を皆に伝えた。

『新しい傷がある。こいつが犯人かも』
 左側の隊から報告が届く。

 腹を開けば、犠牲になった教官の遺体がまだ残ってるかもしれないが。

『まだだ。先に進め』
 右側を進むシルベートは放置の命令を出した。
 アドラーと、同意見だった。

 不思議なことに、魔物は集まる。
 野生生物なら、エリアのボスが定まると弱いものは逃げ出す。

 だが魔物やモンスターと呼ばれだすと、一匹の強力なボスの周りにピラミッドを作る。

『うーん、魔物だから集まるのか。それとも魔物の影響で凶悪化するのか。まだまだ謎なんだよなあ……』

 アドラーにも答えは分からない。
 魔物学という分野は、確立さえされていない。

『魔物の起源』と呼ばれる学術書が数十年後に出る。

 そこには野生種と似た魔物、ナフーヌと呼ばれる群生体、そして竜の生体まで書かれた名著であるが、作者の詳細は不明。

 この物語には何の関係もないが。


「まだ奥に大物がいそうだ。気を付けるように」

「はーい!」
 先頭を歩くミュスレアとブランカが、元気よく返事をした。

「リュー、平気か?」
 最後尾のアドラーの前、最も安全なところにリューリアはいる。

「蛇は……苦手……。けど平気よ。お姉ちゃん、こうやってわたし達を育ててたのねぇ」

 リューリアが十歳の時に母親が亡くなり、それからはミュスレアが親代わりで妹弟を育ててきた。

 苦労人だが、ミュスレアには鬱屈したところがない。
 リューリアもキャルルも世間を恨んだり、すねたりすることもない。

 命の恩人でもある三姉弟が、無事に暮らせることがアドラーの願い。


「げっ!?」
 アドラーが尊敬する、強く優しいエルフの長女が汚い声をだした。

 海賊砦の最奥、ボスが居るならここと思われた大広間は、床が抜けていた。

「地図にはないな。先は洞窟か?」
「大物の出入りはこっちだな。防壁の穴は小物の通り道だ」

 タックスとアドラーが急いで確認した。
 床の大穴からは、磯の生臭い香りが吹き出していて、海に繋がってると分かる。

「どうする、引く?」
 ミュスレアが聞いた。
 ここは足場が狭く脆い、戦うにはよろしくない。

「駄目だ。ここで両翼の隊と合流する。くそっ、こんなところで襲われたら……!」

 アドラーの心配も虚しく、ブランカが四方を見渡しながら言った。
「団長、いっぱいくるぞ?」

「げぇ、本当だ!」
 タックスの持つ動態レーダーに、上下左右のあちこちに赤い輝点が光り始めた。

「二十、三十、いやもっとだ。囲まれてるぞ! 穴だけじゃない、壁や屋根裏から染み出してきやがる!」

 タックスが悲鳴をあげた。

 擬態――海の生物は岩や砂に紛れる――住処となった廃城のあちこちに、小型のモンスターが潜んでいた。

 ぼとりと落ちてきた巨大なカニを、ブランカが掴んで廃城の外へ放り投げた。

「竜は弱い物いじめはしない」
 出てくるカニやエビの化け物を、掴んでは放り投げる。

 次にはタコやイカ、頭足類の魔物が現れたが……ブランカは剣を使って真っ二つにした。

「こ、こういう、にゅるにゅるしたのは駄目なんだ!」
 竜はとても気まぐれだった。

 シルベートと副団長の部隊は無事だろうかと、アドラーが連絡を取ろうとした時、左右の扉が開いた。

「やばい、めっちゃ出た!」
「急にモンスターが現れて!!」

 五人ずつ、合計十人が飛び込んでくる。

「お、早かったな。けが人はどうだ?」
 アドラーは人数を確認して声をかけた。

「こっちは二人、軽傷だ」
「こっちは一人、だが深い」

「リューリア!」
 部隊で唯一のヒーラーを呼びながら、アドラーは冒険者共通の手信号でシルベートに合図を送る。

 こくりと頷いた”銀色水晶”の団長が命令を下す。

「集まれ! リューリアちゃんを中心に陣を組め。雑魚は俺たちで全部片付けるぞ!」

「じゃあ、こっちも仕掛けるか。ミュスレア、ブランカ、行くよ」
 ”太陽を掴む鷲”の団長は、床の大穴から洞窟へ飛び降りた。

 すぐ右の後方にミュスレア、左にはブランカ、綺麗な三角形を保って奥へ進む。

「大きいなあ」
「不味そう」
 右と左の二人は、それぞれの感想を述べた。

 三人の視線の先には、二階建ての家ほどの塊がある。

 塊から、一本の太く長い首が生えた。
 次いで二本、三本と増える。

 一本首ならモノコンダ、二本首ならディアコンダ、三本首ならトリコンダ。

「四本首か、テトラコンダだな。あと一本あればヒドラに昇格だったのに」

 多頭の大蛇、この近海では滅多に出ない大物をアドラー達は見つけた。

「右と左で一本ずつ相手をしてくれ。逃がすなよ、こいつは軍艦でも手こずる」

 アドラーは指示を出しながら、二人に攻防とも三倍する<<特殊強化・特大>>の魔法をかけた。

「良いなこれ、力が溢れてくる」
 ミュスレアは確かめるように静かに動き、ブランカは目にもとまらぬ速度で跳ねた。

 アドラーだって、色々と考えて作戦を練っていたのだ。

 蛇は毒には強いが火には弱い、油を一樽持ち込んである。
 閃光魔法丸もあるし煙幕魔法丸もある、視界を塞いで正当な狩りも出来る。

 海辺らしく動きを止める網や縄、それにマレフィカから貰った温冷毛布。
 敵が蛇種だと知れた時から、冷やして自由を奪おうと考えていた。

 だが、その必要はなさそうだった。

 ミュスレアとブランカは、首を引きつけて左右に大きく別れる
 両方に引っ張られた真ん中の二首の動きは鈍い。

「お前も、あたしと同じにしてやろう!」
 牙が一本抜けた歯を見せてブランカが喋った。

 手だけを竜の鱗と爪に変化させて、テトラコンダの口に突っ込むと一番大きな牙を引きちぎる。

 テトラコンダの物理防御は、普通の刃物など通さない。
 ブランカの剣は既になまくらになっていたが、竜の爪は易々と鱗と肉を貫通した。

 ミュスレアの剣も、突き立てた時に先が曲がった。
 身体の強化に比べて、武器が貧弱なのだ。

「あねさん、これを!」
 銀色水晶団の面々も、見てるだけではない。
 一人の冒険者が、自分の斧を投げ渡す。

「ありがと! こっちのが良さそうだな」
 刃物と鈍器の中間の斧は、パワータイプのエルフ娘に良く似合った。

 二本の首を相手にし、目と鼻先を潰したアドラーは、遁走し始めたテトラコンダの四本の首の付け根に飛び乗った。

「すまんが、逃がせんのだよ」

 このテトラコンダは、ボートを襲った魔物ではない。
 それはこの大ボスの眷属か子らの仕業。

 だがこの洞窟には、最近のものと思われる船の破片が散らばっている。
 船一隻をまるごと捕まえ、乗員と積み荷ごと食ったはあきらか。

 蛇の心臓は、首の付け根にある。
 普通の蛇は何処までが首かわかりにくいが、多頭種の場合は簡単に分かる。

「せいやっ!」と気合を入れて鱗を引き裂き、傷口に手を当てるとアドラーは魔法を打ち込んだ。

爆轟ブラスト!」
 余り得意ではない攻撃魔法だが、ゼロ距離から十数発も連射すれば充分。

 四つの首と三本の尻尾を、痙攣させるようにしてテトラコンダは倒れた。

 魔物は集まるが、頼りとするボスが消えれば散る。
 小型の魔物どもは、潮が引くようにいなくなった……。

 代わりに、沖の方で二隻の軍艦が戦闘を開始した。
 逃げ出した魔物への追撃戦。
 これだけ痛い目を見れば、魔物がこの海域から離れて行くのは確実であった。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

処理中です...