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第三章
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しおりを挟む「他の二隊にも、大蛇は出たようだ」
アドラーは連絡球に浮かんだ文字を皆に伝えた。
『新しい傷がある。こいつが犯人かも』
左側の隊から報告が届く。
腹を開けば、犠牲になった教官の遺体がまだ残ってるかもしれないが。
『まだだ。先に進め』
右側を進むシルベートは放置の命令を出した。
アドラーと、同意見だった。
不思議なことに、魔物は集まる。
野生生物なら、エリアのボスが定まると弱いものは逃げ出す。
だが魔物やモンスターと呼ばれだすと、一匹の強力なボスの周りにピラミッドを作る。
『うーん、魔物だから集まるのか。それとも魔物の影響で凶悪化するのか。まだまだ謎なんだよなあ……』
アドラーにも答えは分からない。
魔物学という分野は、確立さえされていない。
『魔物の起源』と呼ばれる学術書が数十年後に出る。
そこには野生種と似た魔物、ナフーヌと呼ばれる群生体、そして竜の生体まで書かれた名著であるが、作者の詳細は不明。
この物語には何の関係もないが。
「まだ奥に大物がいそうだ。気を付けるように」
「はーい!」
先頭を歩くミュスレアとブランカが、元気よく返事をした。
「リュー、平気か?」
最後尾のアドラーの前、最も安全なところにリューリアはいる。
「蛇は……苦手……。けど平気よ。お姉ちゃん、こうやってわたし達を育ててたのねぇ」
リューリアが十歳の時に母親が亡くなり、それからはミュスレアが親代わりで妹弟を育ててきた。
苦労人だが、ミュスレアには鬱屈したところがない。
リューリアもキャルルも世間を恨んだり、すねたりすることもない。
命の恩人でもある三姉弟が、無事に暮らせることがアドラーの願い。
「げっ!?」
アドラーが尊敬する、強く優しいエルフの長女が汚い声をだした。
海賊砦の最奥、ボスが居るならここと思われた大広間は、床が抜けていた。
「地図にはないな。先は洞窟か?」
「大物の出入りはこっちだな。防壁の穴は小物の通り道だ」
タックスとアドラーが急いで確認した。
床の大穴からは、磯の生臭い香りが吹き出していて、海に繋がってると分かる。
「どうする、引く?」
ミュスレアが聞いた。
ここは足場が狭く脆い、戦うにはよろしくない。
「駄目だ。ここで両翼の隊と合流する。くそっ、こんなところで襲われたら……!」
アドラーの心配も虚しく、ブランカが四方を見渡しながら言った。
「団長、いっぱいくるぞ?」
「げぇ、本当だ!」
タックスの持つ動態レーダーに、上下左右のあちこちに赤い輝点が光り始めた。
「二十、三十、いやもっとだ。囲まれてるぞ! 穴だけじゃない、壁や屋根裏から染み出してきやがる!」
タックスが悲鳴をあげた。
擬態――海の生物は岩や砂に紛れる――住処となった廃城のあちこちに、小型のモンスターが潜んでいた。
ぼとりと落ちてきた巨大なカニを、ブランカが掴んで廃城の外へ放り投げた。
「竜は弱い物いじめはしない」
出てくるカニやエビの化け物を、掴んでは放り投げる。
次にはタコやイカ、頭足類の魔物が現れたが……ブランカは剣を使って真っ二つにした。
「こ、こういう、にゅるにゅるしたのは駄目なんだ!」
竜はとても気まぐれだった。
シルベートと副団長の部隊は無事だろうかと、アドラーが連絡を取ろうとした時、左右の扉が開いた。
「やばい、めっちゃ出た!」
「急にモンスターが現れて!!」
五人ずつ、合計十人が飛び込んでくる。
「お、早かったな。けが人はどうだ?」
アドラーは人数を確認して声をかけた。
「こっちは二人、軽傷だ」
「こっちは一人、だが深い」
「リューリア!」
部隊で唯一のヒーラーを呼びながら、アドラーは冒険者共通の手信号でシルベートに合図を送る。
こくりと頷いた”銀色水晶”の団長が命令を下す。
「集まれ! リューリアちゃんを中心に陣を組め。雑魚は俺たちで全部片付けるぞ!」
「じゃあ、こっちも仕掛けるか。ミュスレア、ブランカ、行くよ」
”太陽を掴む鷲”の団長は、床の大穴から洞窟へ飛び降りた。
すぐ右の後方にミュスレア、左にはブランカ、綺麗な三角形を保って奥へ進む。
「大きいなあ」
「不味そう」
右と左の二人は、それぞれの感想を述べた。
三人の視線の先には、二階建ての家ほどの塊がある。
塊から、一本の太く長い首が生えた。
次いで二本、三本と増える。
一本首ならモノコンダ、二本首ならディアコンダ、三本首ならトリコンダ。
「四本首か、テトラコンダだな。あと一本あればヒドラに昇格だったのに」
多頭の大蛇、この近海では滅多に出ない大物をアドラー達は見つけた。
「右と左で一本ずつ相手をしてくれ。逃がすなよ、こいつは軍艦でも手こずる」
アドラーは指示を出しながら、二人に攻防とも三倍する<<特殊強化・特大>>の魔法をかけた。
「良いなこれ、力が溢れてくる」
ミュスレアは確かめるように静かに動き、ブランカは目にもとまらぬ速度で跳ねた。
アドラーだって、色々と考えて作戦を練っていたのだ。
蛇は毒には強いが火には弱い、油を一樽持ち込んである。
閃光魔法丸もあるし煙幕魔法丸もある、視界を塞いで正当な狩りも出来る。
海辺らしく動きを止める網や縄、それにマレフィカから貰った温冷毛布。
敵が蛇種だと知れた時から、冷やして自由を奪おうと考えていた。
だが、その必要はなさそうだった。
ミュスレアとブランカは、首を引きつけて左右に大きく別れる
両方に引っ張られた真ん中の二首の動きは鈍い。
「お前も、あたしと同じにしてやろう!」
牙が一本抜けた歯を見せてブランカが喋った。
手だけを竜の鱗と爪に変化させて、テトラコンダの口に突っ込むと一番大きな牙を引きちぎる。
テトラコンダの物理防御は、普通の刃物など通さない。
ブランカの剣は既になまくらになっていたが、竜の爪は易々と鱗と肉を貫通した。
ミュスレアの剣も、突き立てた時に先が曲がった。
身体の強化に比べて、武器が貧弱なのだ。
「あねさん、これを!」
銀色水晶団の面々も、見てるだけではない。
一人の冒険者が、自分の斧を投げ渡す。
「ありがと! こっちのが良さそうだな」
刃物と鈍器の中間の斧は、パワータイプのエルフ娘に良く似合った。
二本の首を相手にし、目と鼻先を潰したアドラーは、遁走し始めたテトラコンダの四本の首の付け根に飛び乗った。
「すまんが、逃がせんのだよ」
このテトラコンダは、ボートを襲った魔物ではない。
それはこの大ボスの眷属か子らの仕業。
だがこの洞窟には、最近のものと思われる船の破片が散らばっている。
船一隻をまるごと捕まえ、乗員と積み荷ごと食ったはあきらか。
蛇の心臓は、首の付け根にある。
普通の蛇は何処までが首かわかりにくいが、多頭種の場合は簡単に分かる。
「せいやっ!」と気合を入れて鱗を引き裂き、傷口に手を当てるとアドラーは魔法を打ち込んだ。
「爆轟!」
余り得意ではない攻撃魔法だが、ゼロ距離から十数発も連射すれば充分。
四つの首と三本の尻尾を、痙攣させるようにしてテトラコンダは倒れた。
魔物は集まるが、頼りとするボスが消えれば散る。
小型の魔物どもは、潮が引くようにいなくなった……。
代わりに、沖の方で二隻の軍艦が戦闘を開始した。
逃げ出した魔物への追撃戦。
これだけ痛い目を見れば、魔物がこの海域から離れて行くのは確実であった。
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