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第三章

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『これは駄目かもな』と、アドラー達は直感した。

 ミュスレアは頭の中の『?』を顔に浮かべながらやってきた。
 とてもマレフィカの事を知っている感じではない。

『なんでこんなに素直に顔に出るのだろう。賭け事は絶対に弱いな……』
 アドラーは今更ながら確信した。

 ミュスレア・リョース、人と同じ数え方で25歳のクォーターエルフ。

 容姿端麗・健康快活ながらも、男勝りの近所のガキ大将で、恵まれた身体能力を活かし、17歳から冒険者ギルドに入り幼い妹弟を育てた苦労人。
 だが、その苦労を他人に見せない明るい笑顔が人気。

 戸籍がないとか革のブーツで歩き回るので足のニオイが気になるとか、そういった事を除いても魅力的な女の子。

 そのミュスレアが『此処どこだ……?』と顔に出しながらやってくる。

「行け、キャルル!」
「りょうかい!」
 小声の命令で弟が走る。

「ね、姉ちゃん! 遅くなってごめんよ。このお菓子貰ったんだ、食べて?」
「あんたね! まあ無事で良かったけど。お菓子は貰ったの? ならお礼とご挨拶を先にしないと」

『そりゃそうか』
 アドラーは己の迂闊を呪った。

 幾らミュスレアでも、手渡されたものをほいほい食べるわけがない。
 ああ見えても二人の立派な保護者だ。

「やはり……駄目か……」
 マレフィカがぽつりと呟いた。

「まだだ……まだ諦めては駄目だ……!」
 アドラーはマレフィカにそっと話しかける。

 足取りからは少し警戒する様子のミュスレアだったが、こそこそと話す二人を見て目つきが厳しくなった。

『もうダメー!』
『何故そんなに睨む!?』

 魔女と団長は絶望した。

「お前、バカかにゃ? それともわざとか?」
 バスティの声が二人の足元から虚しく響く。

 並んで立つ二人の前に来たミュスレアは、血統の魔女を震えさせるに充分な迫力があった。

「あらあら、うちの弟にうちの団長がお世話になったようで、ごめんなさいね。おほほっ!」

 アドラーを一睨みした後に、グレーシャのような高笑いを付け加えた。

「あの……ミュスレア……さん? 何か怒ってますか?」
「べっつに! なんにも!?」

『やはり、夕飯の前にキャルルにお菓子を食わせたのがまずかったか……』
 アドラーは心の底から反省する。

「悪かった、今度から気を付けるから」
 アドラーは責任感のある保護者に一言きちんと謝った。

「はぁ? 謝るようなことをしてたの!?」

 何故か分からないが、ミュスレアはさらに怒る。
 マレフィカはもう涙目だった。

「じゃ、私はこれで……」
 地面を見つめたままで、魔女はそっと踵を返した。

「あらあら本当にすいません。折を見てまたこちらへご挨拶に……こちら……?
 うん?」

 辺りを見渡したミュスレアが、大きく首を曲げる。
 もう一度、公園のような広場と蔦に巻かれた緑の家、そして小柄な魔女の背中を見た。

「ここ、どこだっけ?」
 頭の中が『?』から『!?』くらいに変わったようだった。

「ねえ、そこのあなた?」
 呼びかけはぴたりと魔女の足を止めた。

「あの、ありがとう! 少しお顔を見せてもらえる?」

 身軽なエルフ娘が小柄な魔女の正面に回り込むが、マレフィカは裾で顔を覆った。

「み、見せられるような顔ではない! か、鍛冶の真似事をしてて焼けてる! 小さな火傷がいっぱいあるんだ、見ないでくれ……」

 顔を突き合わせて『あなた誰?』や『初めまして』と言われるよりはと、マレフィカ最後の抵抗だった。

 ミュスレアは隠れた顔を見通すかのように数秒見つめた後、何時ものように大きな笑顔を作って言った。

「良いものがあるの。これ、あげる!」

 服の内側のポケットから取り出したのは、銀色の容器に収められたマジカルコスメ。
 アドラーが買わされた魔法の薬。

「これを飲むとね、日焼けもばっちり! 目の下のクマやくすみに毛穴の汚れから小さな傷まで、お肌のことなら一発解決! さあどうぞ」

 銀の筒から真珠のような白い粒を取り出す。
 確か十粒で銀貨六十枚、一粒が銀貨六枚だったとアドラーは思い出した。

 丸薬を見たマレフィカは、すぐに断った。

「これは魔術で作った薬だろう? 高いはずだ、ほいほいと知らない人に与えるものではない」

 流石は黒髪紅瞳の魔女、ひと目で魔法だと見破った。

「知らない人じゃないよ、マレちゃんだからあげるんだよ?」

「えっ!?」
「にゃ!?」
「姉ちゃん!?」

 一同揃って驚いた。
 ミュスレアも自分の口から出た言葉に驚いていた。

「い、今、な、なんて……?」
 マレフィカは顔を隠していた手をそっと下ろした。

「あー、マレちゃん。うんマレちゃんだ。久しぶりだね」
「私のこと……覚えてる……?」

「えへっ、ごめんね。今まで忘れてた、何でだろ?」
 余り悪いとは思ってない笑顔でミュスレアは言った。

「あーほんとだ。これそばかすでなく火傷だね。昔のマレちゃんはかわいかったのに、これじゃあ台無しだよ?」

「ミュ、ミュスレアと遊んだのはもう七年か八年も前だ。私だって変わるさ」
「そっかーそんなに前か、わたしが忘れても仕方ないね、うん! さあ、これ飲んで!」

 ミュスレアは摘んだ白い丸薬を口の前に持っていく。
 そして唇の隙間からマレフィカの口に押し込んだ。

『へぇーこれは凄い!!』
 アドラーはまたも驚いた。

 ごくんと飲み込んだマレフィカのお肌が、見る見る内に修復されていく。
 小さな火傷は見えなくなり、不健康な肌にツヤが戻り、目の下の黒いのが消えて、目鼻立ちまではっきりしたかのような、劇的な効果があった。

『地球で売り出せば一粒五万か、いや十万でも売れるな……』
 行き来が可能なら、ギルドの借金など吹っ飛んだであろう。

「ほら、かわいい!」
 エルフ娘が天使の笑顔でいった。

「えへへ……そ、そうかな? か、鏡見てもいいかな?」
 
 マレフィカは家に向かって走り出した。
 何年も高速回転してなかった魔女の足はすぐにもつれそうになったが、ミュスレアがひょいっと支えた。

「ありがとー、相変わらず運動神経いいね」
「まーね! あの木のてっぺんまで登れるの、男子を含めてもわたしだけだったものね!」

 ミュスレアが庭の木を指さす。
 何十年かそれとも百年以上か、魔女と共に子供たちを見守って来た木には、満月がかかり始めていた……。


「おっそい! キャルルとブランカどころかアドラーに姉さんまで! 夕食抜きにしてやろうかしら」

 森のはずれの家では、リューリアが激怒していた。
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