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第三章

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「魔女は14で生まれた故郷を離れる……」

 森の魔女マレフィカは、誰も知らない魔女の生態について語り始めた。

「まあ私は18まで親元にいたけどね。見ず知らずの街になんて、怖くて行けるわけがない」
 マレフィカは大きな胸を張って言い切った。

 背丈は低いがトランジスターグラマー。
 最初は年齢不詳か三十代かと目星を付けたアドラーも、張りのある胸を見て二十代かもと改めた。

「それで、いい加減にしろと実家を追い出され、この森の大叔母のとこに直行したわけさ。大叔母様は、魔法の事は厳しかったけど、それ以外は優しくてね。遊びに来る子供たちと戯れたり、大叔母様の焼いた菓子を食べたり……楽しかったなー……」

「その話、何時まで続くにゃ?」
 アドラーは慌ててバスティの口を塞ぐ。

「あれ? 今、喋った?」
「気のせい気のせい。魔女の家に来て使い魔気分なんだよ、この猫!」

「にゃー」
「まあいいか。けどね、ここで過ごす内に気付いたのさ。子供たちは大きくなると、森の家も大叔母様も私の事も忘れてしまう……」

 アドラーも、多くの別れを経験した。
「忘れるよりも良いじゃないか、自分が覚えていれば」

 アドラーの言葉に、マレフィカは少し驚いたようだった。
「君は若いのに良い事を言うなー」

 マレフィカは、今度は普通に笑ったが、気付いたように手で顔を隠す。

「あまり見ないでくれ。ここ何年も日の光を浴びてない、それでいて炉や窯と睨めっこで肌は焼けてる。まさか部屋まで突撃されるとは思ってなかったからさー」

 本当に申し訳ありませんと、アドラーは土下座の勢いで謝った。
 笑って許してくれたマレフィカは、魔法の研究者だった。

 魔法は、基礎理論の研究者――地球の学者にあたる――と、次に応用して魔法道具などを作る者達と、そして実践で使用する魔法使い。

 厳密ではないが、大まかに三段階に別れる。

 数が多いのは医術系の魔法使い、もちろん需要が多いから。
 特に歯と目の治癒師は、小さな街にも必ず居る。
 この世界では、虫歯と近視や乱視は魔法で治る病気だ。

「お昼に起きたら子供たちの菓子を焼く、お庭で遊ぶ少年少女の無垢な姿を眺め、夕方から魔法の研究を進めて朝方に寝るの。これが悪くないんだなー」

 悪くないどころか、羨ましいと思う者もいそうな生活。
 希少な研究畑の魔女マレフィカは、とんだ変わり者であった。

「ところで、その大叔母様はご在宅ですか? 出来れば物件について事情を説明したいのですが」

 話を聞き終わったアドラーは、ようやく本題に入れた。

「うーんとねー……。キャルルくん、お菓子美味しい?」
 話は聞かずに菓子を頬張っていた少年にマレフィカが聞いた。

「美味いよ!」
 キャルルはかろうじて聞き取れる声で答えた。

「前みたいに美味しくなったかな?」
「そうだなあ、ちょっと味が落ちてたけど最近良くなった!」

 キャルルの答えにつられて、マレフィカは笑顔になる。

「大叔母は二年前に亡くなってね。いやいや、128歳の大往生だもの。それで私がお菓子作りも継いだけど、最初はもう下手くそで……えへへ。この二年間、ひたすら勉強してやっと美味しくなってきたのだ!」

 魔法の研究とお菓子作り、グラム単位で調整するのは似てるのかなと、アドラーは余計なことを考えた。

「えっとでは、この森はマレフィカさんのもの?」
「まー誰のって訳でもないけど、私が管理してるよ。あとマレフィカで良いから」

「マレフィカ、俺達の話も聞いてもらって良いかな?」
「いいよー。なんたって他人と話すのも二年ぶりだから……えへへ……」

 何処まで話すかアドラーは迷ったが、この魔女は悪い人ではないと判断した。
 せいぜい、家に篭って毎日小学校のグランドとプールを眺めながら研究する科学者くらいの、まともな人だろうと。

 生まれたのが別の大陸、ライデン市に流れ着き、ミュスレアのとこで世話になり、借金ごとギルドを背負う。
 おおよその事を素直に話した。

「はーそれであの家に住んでたんだ。キャルルくん、それにミュスレアもリューリアも、私はよく覚えてるよ。だから変な奴に乗っ取られたかと心配したんだよー、良かったぁ」

 やはり貼り紙の主はマレフィカだった。

「あれ、噂をするとだ」
 マレフィカは鏡を指さした。
 鏡の中では、ミュスレアが森の中で迷っていた。

「ミュスレアの事も知ってるんですね」
「そりゃね。私がここに来た時はもう遊びに来てたし、ほんの二、三年前まではお菓子を食べに来てたんだ。昔は一緒に遊んだよ、けどもう私のことは覚えてないだろうなあ……」

 マレフィカは、アドラー達が森に住むのを快く許してくれた。
 そして送り出そうとした。

「ミュスレアが心配して探しに来たよ、もうお帰り。キャルルくんとそっちの変わった子も、またおいでね」

 キャルルとブランカは、頷いてから残った菓子を服に詰め始める。

「マ、マレフィカさん!」
「マレフィカ」

 アドラーは言い直した。

「マレフィカ、ミュスレアをここに入れてやってくれませんか?」
「……知ってる人に、初めましてって言われるのは辛いんだよ?」

「もし、ミュスレアが覚えてたら?」
「……そりゃ嬉しいけど……私は森の魔女で満足なのさー」

「一つ、賭けをしませんか?」
「賭け?」
 アドラーには、この森にかかってる魔法が、かなり強力だと分かる。

 今ここで別れて森から出れば、アドラーも彼女のことを忘れてしまう。
 魔法の研究が出来るほどの、力と血筋を持った魔女のことを。

「ミュスレアがあなたの事を覚えていたら、頼みを聞いて欲しいのです」
「ほぉー……貴様は、なかなか残酷なことを言うのだな……」

 魔女の家の暖かくふわっとした空気が急に変わった。

『顔を合わせて覚えてるか試して欲しい』
 アドラーの不躾な提案に、マレフィカの紅い瞳が怪しく光る。

 黒髪紅瞳の魔導種族、アドラクティア大陸でもこの一族は最高の魔法集団だった。
 恐らくは人族に属する、だが知識に裏付けされた魔力は魔神級とさえ言われる一門の末。

 一族の力を軽んじる無礼な男に、マレフィカは尋ねた。

「貴様は何を天秤に乗せるか。魔女を怒らせた者の末路、味わいたくはあるまい」

 アドラーは、足元から猫を抱き上げて言った。

「この猫は、こう見えても神の猫です」
「にゃ!?」

 マレフィカの助力を得るために、全てのカードを使ってレイズする。
 アドラーはまたも大勝負に出ると決めた。
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