上 下
12 / 214
第二章

ソロギルドの団長さま

しおりを挟む

 アドラーは、マントを買った。
 団長らしく威厳を出してかっこ付け、と言う訳ではない。

 柔らかく暖かいヤクの革は、バスティが爪を立てるのにぴったりだった。

「まあ、実用性も高いからなあ。一人だとテントも運べないし」
 遠出をしても、焚き火を横にマントに包まれば眠れる。

「バスティ、おいで」
 膝を着いて左手を伸ばすと、そこを伝ってバスティが駆け上る。

「にゃあ!」
 準備は良いぞの合図で、アドラーは立ち上がった。
 いよいよ、団長としての初仕事が始まる――。


 三日前の明け方。

「分かったよ。やってみるよ」
 バスティの説得に、遂にアドラーも折れた。

「ほんとか! ところでお腹が空いたぞ、餌をくれ」

 人型だと味覚も変わると言われ、アドラーが台所に立った。

『さすがは猫神、皿一つ運ばねえ!』
 一から十までアドラーが用意した。

「まあまあだな」
 しっかりと冷ましてから口に運んだバスティの感想は今ひとつ。

「なんだよ、せっかく鶏肉を使ってやったのに」
 口ではそう言ったが、アドラーの気分は悪くはなかった。
 一人ぼっちになると思ってたところに、手のかかる同居人が増えたのだから。

 ひと眠りしてから昼に起きる、ソロギルドは気楽なものだ。
 バスティが猫型に戻ってアドラーのベッドに潜り込んできた。

『ミュスレアかリューリアのベッドを使え』と言っても聞きやしない、きままな猫だ。


「あら、さっそく重役出勤ですか?」
 太陽が頂点を回ってから訪れたギルド本部では、テレーザに嫌味を言われる。

「がつがつ働くなら冒険者なんかになりませんよ」
 アドラーの心からの本音。
 危険と隣り合わせのスリルや、心踊る冒険、それに一攫千金が冒険者の本分だ。

「建前でも、みんなの安全を守るとか言ってくださいね。これ、人数不問の依頼です」
 テレーザが適当に返事をして、クエスト一覧を見せてくれた。

 ・オトギリソウの収集20個  銀貨15枚
 ・池のヌシの捕獲      銀貨10枚
 ・放牧した羊の見張り    銀貨13枚
 ・新しく見つかった洞窟探索 銀貨18枚
 ・魔法の実験台一名     銀貨30枚
 その他、採集系のものがちらほら。

「ろくなもんがねえ!」
「まあ、これでもある方ですよ」

 今は春の初め、半年に一度のギルド戦が終わった直後。
 地下から次々に現れる魔物を討伐しダンジョンを探り、何処のギルドも一番裕福な休養期間。

 雑多な仕事は何処も誰も引き受けない。

「まあ今日は諦めます」
 アドラーはあっさり引き下がった。
 ギルドの借金は銀貨換算で62400枚、ちまちまやっても埒が明かない。

「いや、ギルドハウスの整理がまだ終わってなくて! ははは……」
 呆れて半目になったテレーザに言い訳をしてから、冒険者食堂へと逃げ出した。

「今日のおすすめ定食一つと、焼き魚を一匹。こいつの分ね」
 足元に居座ったバスティを指さして注文を済ませる。

 冒険者の間で噂が広まるのは早い。
 メシを待つアドラーに、早速となりの席から声がかかった。

「あんたかい? 太陽と鷹の新団長って?」
 悪気のある言い方ではなかった。

「そうだよ。たぶん最後の一人だ」
 周囲のテーブルから笑いが起きる。

 ライデン市の登録ギルド数は178。
 市内ギルドランキングで16位の”太陽を掴む鷲”の大崩壊、笑ってやるしかないといった反応だったが。

「何がおかしい!?」
 突如、若い女の声が響き渡った。
 ガタッと椅子を蹴って立ち上がった女冒険者は、アドラーにも見覚えがある。

 青いプレートメイルに長い金髪と長剣、まるで女騎士といった出で立ちは、ライデン市のランク1位ギルドの副団長。

 ”シロナの祝祭”団、青のエスネ。
 彼女を知らぬ冒険者はこの街には居ない。

 つかつかと歩み寄ったエスネは、アドラーにも厳しい言葉を浴びせる。

「そなたもそなただ、団を預かる長がへらへらと。団長ならそれに相応しい振る舞いがあろう!?」

『別にバカにされていた訳ではないし……一人でも頑張るよ!』
 アドラーにも言いたい事はあったが、黙って頷いた。

「名門ギルドがたかがシード落ちくらいで!」と説教を始めたエスネを見上げながら、アドラーはやってきた定食を食べ始めた。

 周りの冒険者からは、団が潰れると言った時の10倍の同情を感じる。
 相当な実力者で人望厚く、ついでに見た目も良いエスネが、くそ真面目で融通が効かないとの噂があることをアドラーは思い出していた。

「聞いておるのか?」
 食事の八割が終わったアドラーを青のエスネが睨む。

「そう言われても、ギルドはもう破産寸前なもので」
「借金がなんだ! 仲間と力を合わせる時ではないか!」
 ド正論を続けるエスネに、噂は本当だったとアドラーは思い知る。

「それが、金貨で520枚もあるんですよ」
「はぁ!? なんだそれ、前団長は何をやっていたのだ!」

 ついでだ、バラしてしまえとアドラーはぶっちゃける。
「ギムレットは、レオ・パレスに移籍しましたよ。この街に支部を建てる気のようで」

「なんだと!?」
 今度は他の冒険者達が反応した。

 ライデン市のギルドは全て独立系。
 それぞれが一本でやってきたところへ、最大ギルドの進出。
 中堅ギルドの存亡よりも遥かに大ニュースだった。

「マスター、勘定!」
「こっちはツケておいてくれ!」
 次々に食堂を飛び出し、それぞれの本拠へ報告に向かう。

「エスネさん、俺達も」
 ”シロナの祝祭”団の者が、ようやく副団長をアドラーから引き離してくれた。
 その時に『ごめんね』と合図され、アドラーも『気にするな』と返した。

「くっ! 重大事なれば仕方ない。アドラーとやら、まだ話はあるからな! しかと覚えておけ!」

 青のエスネも去り、アドラーはやっと静かに食事をすることが出来た。

「バスティさんも、終わったかい?」
「にゃお!」

 一人と一匹は、連れ立ってギルド本部を出ようとした。

「そうだ、忘れてた」
 アドラーは懐中から一枚の紙を取り出すと、受付のテレーザに聞いた。

「これを掲示板に貼っても良いかな?」
 書いてある文章を確かめたテレーザは、最初は驚き、次に許可をくれた。

 アドラー手書きの紙にはこうあった。

『太陽を掴む鷲団 人員募集!
 アットホームな職場です!
 未経験者歓迎! 研修なし!
 今なら直ぐに幹部候補生!
 やる気さえあれば大丈夫! 一緒に夢を追いかけませんか』

 地球で培った経験を元に、アドラーのよく知る募集要項を並べた渾身の作。
 何故か……テレーザにバスティでさえ不安そうな顔をしていたが、アドラーは気にも止めなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

処理中です...