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第二章
ソロギルドの団長さま
しおりを挟むアドラーは、マントを買った。
団長らしく威厳を出してかっこ付け、と言う訳ではない。
柔らかく暖かいヤクの革は、バスティが爪を立てるのにぴったりだった。
「まあ、実用性も高いからなあ。一人だとテントも運べないし」
遠出をしても、焚き火を横にマントに包まれば眠れる。
「バスティ、おいで」
膝を着いて左手を伸ばすと、そこを伝ってバスティが駆け上る。
「にゃあ!」
準備は良いぞの合図で、アドラーは立ち上がった。
いよいよ、団長としての初仕事が始まる――。
三日前の明け方。
「分かったよ。やってみるよ」
バスティの説得に、遂にアドラーも折れた。
「ほんとか! ところでお腹が空いたぞ、餌をくれ」
人型だと味覚も変わると言われ、アドラーが台所に立った。
『さすがは猫神、皿一つ運ばねえ!』
一から十までアドラーが用意した。
「まあまあだな」
しっかりと冷ましてから口に運んだバスティの感想は今ひとつ。
「なんだよ、せっかく鶏肉を使ってやったのに」
口ではそう言ったが、アドラーの気分は悪くはなかった。
一人ぼっちになると思ってたところに、手のかかる同居人が増えたのだから。
ひと眠りしてから昼に起きる、ソロギルドは気楽なものだ。
バスティが猫型に戻ってアドラーのベッドに潜り込んできた。
『ミュスレアかリューリアのベッドを使え』と言っても聞きやしない、きままな猫だ。
「あら、さっそく重役出勤ですか?」
太陽が頂点を回ってから訪れたギルド本部では、テレーザに嫌味を言われる。
「がつがつ働くなら冒険者なんかになりませんよ」
アドラーの心からの本音。
危険と隣り合わせのスリルや、心踊る冒険、それに一攫千金が冒険者の本分だ。
「建前でも、みんなの安全を守るとか言ってくださいね。これ、人数不問の依頼です」
テレーザが適当に返事をして、クエスト一覧を見せてくれた。
・オトギリソウの収集20個 銀貨15枚
・池のヌシの捕獲 銀貨10枚
・放牧した羊の見張り 銀貨13枚
・新しく見つかった洞窟探索 銀貨18枚
・魔法の実験台一名 銀貨30枚
その他、採集系のものがちらほら。
「ろくなもんがねえ!」
「まあ、これでもある方ですよ」
今は春の初め、半年に一度のギルド戦が終わった直後。
地下から次々に現れる魔物を討伐しダンジョンを探り、何処のギルドも一番裕福な休養期間。
雑多な仕事は何処も誰も引き受けない。
「まあ今日は諦めます」
アドラーはあっさり引き下がった。
ギルドの借金は銀貨換算で62400枚、ちまちまやっても埒が明かない。
「いや、ギルドハウスの整理がまだ終わってなくて! ははは……」
呆れて半目になったテレーザに言い訳をしてから、冒険者食堂へと逃げ出した。
「今日のおすすめ定食一つと、焼き魚を一匹。こいつの分ね」
足元に居座ったバスティを指さして注文を済ませる。
冒険者の間で噂が広まるのは早い。
メシを待つアドラーに、早速となりの席から声がかかった。
「あんたかい? 太陽と鷹の新団長って?」
悪気のある言い方ではなかった。
「そうだよ。たぶん最後の一人だ」
周囲のテーブルから笑いが起きる。
ライデン市の登録ギルド数は178。
市内ギルドランキングで16位の”太陽を掴む鷲”の大崩壊、笑ってやるしかないといった反応だったが。
「何がおかしい!?」
突如、若い女の声が響き渡った。
ガタッと椅子を蹴って立ち上がった女冒険者は、アドラーにも見覚えがある。
青いプレートメイルに長い金髪と長剣、まるで女騎士といった出で立ちは、ライデン市のランク1位ギルドの副団長。
”シロナの祝祭”団、青のエスネ。
彼女を知らぬ冒険者はこの街には居ない。
つかつかと歩み寄ったエスネは、アドラーにも厳しい言葉を浴びせる。
「そなたもそなただ、団を預かる長がへらへらと。団長ならそれに相応しい振る舞いがあろう!?」
『別にバカにされていた訳ではないし……一人でも頑張るよ!』
アドラーにも言いたい事はあったが、黙って頷いた。
「名門ギルドがたかがシード落ちくらいで!」と説教を始めたエスネを見上げながら、アドラーはやってきた定食を食べ始めた。
周りの冒険者からは、団が潰れると言った時の10倍の同情を感じる。
相当な実力者で人望厚く、ついでに見た目も良いエスネが、くそ真面目で融通が効かないとの噂があることをアドラーは思い出していた。
「聞いておるのか?」
食事の八割が終わったアドラーを青のエスネが睨む。
「そう言われても、ギルドはもう破産寸前なもので」
「借金がなんだ! 仲間と力を合わせる時ではないか!」
ド正論を続けるエスネに、噂は本当だったとアドラーは思い知る。
「それが、金貨で520枚もあるんですよ」
「はぁ!? なんだそれ、前団長は何をやっていたのだ!」
ついでだ、バラしてしまえとアドラーはぶっちゃける。
「ギムレットは、レオ・パレスに移籍しましたよ。この街に支部を建てる気のようで」
「なんだと!?」
今度は他の冒険者達が反応した。
ライデン市のギルドは全て独立系。
それぞれが一本でやってきたところへ、最大ギルドの進出。
中堅ギルドの存亡よりも遥かに大ニュースだった。
「マスター、勘定!」
「こっちはツケておいてくれ!」
次々に食堂を飛び出し、それぞれの本拠へ報告に向かう。
「エスネさん、俺達も」
”シロナの祝祭”団の者が、ようやく副団長をアドラーから引き離してくれた。
その時に『ごめんね』と合図され、アドラーも『気にするな』と返した。
「くっ! 重大事なれば仕方ない。アドラーとやら、まだ話はあるからな! しかと覚えておけ!」
青のエスネも去り、アドラーはやっと静かに食事をすることが出来た。
「バスティさんも、終わったかい?」
「にゃお!」
一人と一匹は、連れ立ってギルド本部を出ようとした。
「そうだ、忘れてた」
アドラーは懐中から一枚の紙を取り出すと、受付のテレーザに聞いた。
「これを掲示板に貼っても良いかな?」
書いてある文章を確かめたテレーザは、最初は驚き、次に許可をくれた。
アドラー手書きの紙にはこうあった。
『太陽を掴む鷲団 人員募集!
アットホームな職場です!
未経験者歓迎! 研修なし!
今なら直ぐに幹部候補生!
やる気さえあれば大丈夫! 一緒に夢を追いかけませんか』
地球で培った経験を元に、アドラーのよく知る募集要項を並べた渾身の作。
何故か……テレーザにバスティでさえ不安そうな顔をしていたが、アドラーは気にも止めなかった。
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