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第一章

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「えっ、マジで!?」
 かつての団長と副団長、ギムレットとグレーシャはまだライデン市に居た。

「さようでございます」
 とんだ不良債権を掴まされつつあるシャムロックは、アドラーの質問にあっさり答えた。

「もう来週には新しい冒険者ギルドを立ち上げますな。その資金は、まあこちらから持ち出したものでしょうが」

「シャイロック、お前の証言で法官に訴え出れば幾らなりと資産を取り戻せるか?」
 アドラーの常識では、それくらいのお裁きはあって当然なのだが。

「無理でっしゃろなあ。ギムレット殿は、”宮殿に住まう獅子”団のライデン支部として立ち上げなさる」

「”宮殿に住まう獅子”って、あの帝国御用ギルドの?」
「はい、さようで」

 自由都市は独立した都市と言う意味ではない。
 諸侯の支配を受けず自治はあるが、れっきとしたミケドニア帝国の一部である。

 ”宮殿に住まう獅子”団――通称レオ・パレス――帝国中に120の支部を持ち、有事に際しては傭兵団として参戦する、帝国公認の冒険者ギルド。

 最大最強のフランチャイズチェーンが、このライデン市にも手を伸ばした。

「ならば……ギムレットのとこに殴りこんだら?」
「帝国アハト刑ですな」

 人権停止の追放刑など怖くもないが、今は時期がまずかった。
 まだミュスレア一家は帝国の領内にいるのだ。

『10日は大人しくして……こやつらの動きも封じねばならない』

 アドラーは払う気もない物を払うふりをして、交渉中を保つことにした。
 眼の前に餌をぶら下げ、商人の本能に訴える。

 テーブルに乗せれるのは、アドラー本人しかない。

「シャイロック、俺の力は見たろ? 実は、本気を出せばあんなものではない」
 出せるかどうか分からないが、真実を告げる必要もない。

「それは拝見しましたが……それで……?」
「このギルドが潰れてしまうのは、そちらにしても本意ではなかろう。貸し手が倒れるのは金貸しにとって恥だしな。もちろん俺も避けたい」

 シャイロックは否定も肯定もしなかったが、お先をどうぞと手振りで合図した。

「それでだ、当座の資金を融資して貰えれば再建も可能なのだが……?」

 多すぎる借金は資産と同じと言った名将が地球にいた。
 回収し損ねるのを避けるため、次々に貸さざるを得ないから。

「団長殿の御武勇は身に染み申したが、それだけでは。一代の英傑が立身する世ではございませぬゆえ」

 予想通りシャイロックは断った。
 金貨520枚は個人には大金だが、高利貸にとってはさほどのモノではない。

「ふーむ、そうか。なら、しばし支払いと利子を免除して貰えないか? ギルド戦までに人を集めれば返す算段もあるのだが……?」

「それなら、まあ、検討の余地もございますが」
「そうか! なら考えてくれ、返事は三日後で良い。こっちから店に出向くから、その時に返事を聞きたい。直接だぞ?」

「……分かりました。委細を詰めますので、私はこれにて」

 返り討ちにしてギルドハウスに軟禁状態から交渉してやったのだ。
 シャイロックとしては応じるしかないと、アドラーにも分かる。

 猶予の談判が実るかどうかは知ったことではない。
 要するに時間が稼げれば良い、アドラーは今も踏み倒して夜逃げする気なのだから。

『出来るだけの保険はかけておくか』
 シャイロックらが退散したあと、ギルド本部へと足を向ける。

 運良く、受付にはテレーゼが居た。

「テレーゼさん、話があるんだけど」
「あら、ミュスレアさんに振られたら今度はわたし?」

 何処まで知っているのか、ドキッとする台詞を言われる。
 本部の受付嬢は情報が早い、だからアドラーも頼ることにした。

「もう、聞いてる?」
「アドラーさんがソロギルドになったこと?」

「それもあるけど、ギムレットがレオ・パレスの支部長になるって話」
「あら……お耳が早いのね。大手の参入でこの街のギルドも荒れるわ」

 声をひそめてからアドラーは話を続ける。

「まあ最初の犠牲者がうちの団だったけど……ギムレットがシャイロックって高利貸しと組んでてね。こいつらに動きが、腕が立つのを集めてたら教えて欲しいんだ」

 アドラーは銀貨を一掴みテレーゼに渡そうとしたが、受付嬢は笑顔でアドラーの手を押し返した。

「今は大変な時でしょう? それくらい力になるわ。頑張って団を建て直してね。それに……ミュスレアさんはお友達ですもの」

 全て見透かされてる気がしたが、アドラーは彼女の言葉を信じることにした。

「ついでに、一人で出来るクエストはないかな? 危険でも良いから報酬の高いやつ」
「今どき一人でねえ……。探しておきますから、明日もいらして下さいな」

 護衛や討伐に探索でも、今は集団で動くのが普通。
 ソロの冒険者を求める人はほとんど居ない。

 それでも大陸最高の冒険者ならば依頼も来るが、まだアドラーの名前はここライデン市にも広まってるとは言い難い。

 ひとまずは、本部に併設する飯屋で夕飯を食った。
 安くて味もよく量もあって、情報も集まる冒険者の社交場。

 一杯だけ麦酒を飲んだあと、アドラーは肩に猫を乗せて家に帰る。
 今日から彼の家は、ミュスレア一家の住んでいた魔女の森の掘っ建て小屋だ。

 持ち主が不明で家賃もかからない謎物件だったが、今のアドラーにとっては夜逃げまでの仮住まい、のつもりだった。

 ミュスレアとリューリアが使っていたベッドを使うのは気が引けて、キャルルの部屋を使うことにした。


 深夜――まだ少年の生活感が残った部屋で眠るアドラーの顔を、バシバシ叩くものがあった。

「起きろ、起きろ! おい、話があるにゃ!」と。
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