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第一章
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しおりを挟む潰れかけのギルドに突然の来客。
アドラーは無視したかったが、仕方なく招き入れる。
「いやー、すいませんな」
ずかずかと入り込んで来たのは、カナン人の商人。
カナン人とは、人身売買から武器や毒薬の密輸まで、儲かることなら何でもする悪名高き商業民族。
そして、なんと言っても……。
「ところで、わしが貸してる金のことなんですがな」
カナン人は良く言えば金融業、悪く言えば高利貸し。
民族単位で金貸しを営むことで有名だった。
『どうすれば良い?』と、ミュスレアが目でアドラーに聞く。
今更隠し立ても出来ない、素直に事情を話すしかないとアドラーは決めた。
「まあまあ。どうぞこちらへ」
ギルドの応接室へ案内すると、金貸しの後ろには3人の屈強な護衛がついてくる。
『うーん。これは一筋縄ではいかないか……』と、アドラーは覚悟した。
「実はですね。一晩の内に団長以下、ギルド員の大半が……」
アドラーがあらましを説明すると、意外な事にカナン人の金貸し――シャイロックといった――は素直に聞き入った。
「それは大変でございましたなあ」
シャイロックは、穏やかな表情のまま同情した。
予想外の反応にアドラーも「ほっ」としたのだが……シャイロックが一枚の紙切れを持ち出してミュスレアに向き直った。
「それでは、しばらくお支払いを猶予致しましょう。こちらへ団長様のサインをお願いできますかな?」
その言葉に、ミュスレアが何の疑いもなく契約時に使う魔法ペンを取り出した。
「ちょ、ちょっと待ったー!」
アドラーが気付く、これは罠だと。
「な、なんでしょうかな?」
シャイロックは驚いたフリをしたが、でっぷり太った顔からは『余計な事をするな』と不快感と脂が滲み出ていた。
「いやいや。契約書は読まないとですね」
アドラーは世間知らずのエルフ娘から契約書とペンを取り上げる。
「なんだ? せっかく待ってくれると言うのに?」
ぷりぷりと怒るミュスレアは放置して、アドラーは契約書を読み進める。
アドラーは、日本語の読み書きが出来る。
だがそれはもう役に立たない。
アドラクティア大陸に生まれて、勉学の重要性を知る彼はまず文字を覚えた。
こちらの大陸に飛ばされた時も、読み書きの習得を優先した。
幸いにも、1万キロ以上離れてるはずの二つの大陸の言葉と文字は、双子のようにそっくりだった。
『水』や『木』、『目』や『手』、『白』や『黒』といった基礎語彙はほぼ共通する。
経済や軍事などの新しい用語は共通性がなく苦労はしたが、この2年でアドラーはそれらも頭に入れた。
「こちらのですね……」
アドラーは静かに反撃する。
「ギルドが返済不能や解散になった後も、署名者とその家族が無限の返済責任を負う。これは受け入れられませんね」
アドラーが契約書を突き返す。
「なんだそれ!?」
ここで初めてミュスレアは自分に迫っていた危険を知った。
クォーターエルフの娘は、アドラーの裾を軽く引っ張って囁く。
「それは困る。妹と弟に迷惑はかけれない……。アドラー、わたしはどうすれば良い?」
ミュスレアは素直に隣の男を頼った。
「お任せ下さい」
アドラーは自信満々に答え、シャイロックに向き直る。
「ところで、借り入れはお幾らですか? ギルドは、まだ建て直せます」
シャイロックが鼻で笑い、机に借用書を投げ出す。
その額を見たアドラーは流石に驚く。
総額で金貨520枚。
一ヶ月で5%の利子、それ以上の返済をしてようやく元本が減る。
この契約はよくある形式だったが、利子がかなり高い。
「こんなに? うちのギルドが?」
「うちとこで一本化したんや。何ならそっちでも確かめてみればよろし」
アドラーが出納帳を取りに行くが、その前にミュスレアにきつく注意した。
「何か差し出されても、勝手にサインしたら駄目ですよ?」
「わかった」
赤っぽい髪を上下させ、ミュスレアはこくりと頷く。
学校に通えなかったミュスレアは、字が読めない。
ハーフエルフとヒトの合いの子は、精霊には愛されたが戸籍がなかった。
だから、自由都市にしか住めない。
ここライデン市に居る限りは、市民でなくとも自由民として扱われるが、それには条件がある。
犯罪を犯さぬこと、そして借金を返せなければ罪になる。
借財は首かせと同じという言葉があるが、ミュスレアとその弟妹は文字通り奴隷に落ちる。
若く美しいクォーターエルフの姉妹と少年には、身体だけでも価値があるのだ。
団長室で出納帳と元帳を見たアドラーは、この団がシャイロックから金を借りたことと、ほとんど資産が残ってないことを確認した。
「それにしても……ギムレットとグレーシャの奴ら、ミュスレア達を売りやがったな!」
誰に聞かれるでもなく、アドラーは怒りの声をあげた。
ギルドが大金を借りれた理由は、保証人が団長とその家族になっていたから。
しかも、今ギルドを潰しても責任は現団長が取ることになる。
ギルドと個人が別人格とはならない。
この都市の法律はそうなのだ。
『ミュスレアにサインさせようとしたのは、ギルドの連帯保証人になるものだった。こじれる前に彼女の身柄を押さえに来た』と、アドラーも理解した。
こじれるとは、別の者がギルドの団長になってしまうこと。
その者が金もなく、また商品にならないような者だと、借金を回収できなくなる。
「うってつけの人材が居るじゃないか、ここに」
アドラーは一言呟くと、大量の書類を抱え応接室へと戻った。
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