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五章

王都の戦い2

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 滅びた都市をユークは走る。

 ユーク達を援護するように、500人は少人数に別れて建物や通りを警戒する。

 時折、家を住処にした魔物と戦闘になったり、人の臭いを嗅ぎつけた魔物がやってくる。
 それらを全て排除するのが彼らの役目。

 突発的な遭遇が多く損害も出たが、開けたところで空から襲われるよりは”まし”だった。

「辛気臭いね、ここ」
 人の住まぬ都市に対しては、控えめな感想をユークが述べた。

「昔は綺麗だったのよ。湖を見下ろす宮殿と、賑やかな市場。三十万人くらいは住んでたの」
 ミグにとっては生まれ育った故郷。

「また人が戻るといいね、っと!」
 討ち漏らしたのか、脇道から現れた小型の魔物をユークが喋りながら両断する。

 もう右目の能力は使ってない。
 使えてもあと一度か二度とリリンから聞いて温存していた。
 それでも、今のユークにはこの程度の不意打ちなど、もう問題にならない。

「どうかしらね。石材だけもらって、別のとこへ新しく作ろうかしら……」
 この戦いに勝っても、首都の再建は不可能に思えた。
 首都メディアは、それほどに廃墟だった。

 目的地の王宮は半分以上崩れていた。
 6年前に魔王城が突っ込み、その上に卵を置いていったのだ。

「姫様!」と、前方を警戒していた兵士から合図がくる。
 大物が来たが、食い止めるので先に行けと。

 前衛がユークとミュール、後衛はミグとティルル、ラクレアとノンダスとサラーシャがそれを守る。
 ついでにリリンが空を飛んでついてくる。

 王宮正門の跡地を一行は通り過ぎた。

「リリン!」と、ユークが叫ぶ。

「はいはい、任されましたよー」
 リリンが卵の羽化を促す。
 直径が十メートルほどの紫の球体が、幾度か激しく脈動してから割れた。

 しばらくはドス黒い液体が漏れ出るだけだったが、やがて中から何かが出てくる。
 今度は竜種ではなく、人型の怪物だった。

「バビルサか!」
「バビルサね……」
 エルフの二人、ミュールとティルルの声が揃う。

 エルフの宿敵といってもよいオーク。
 二足の大型種の中でも物理的な力はずば抜けていて、攻撃性も高く知恵もある。
 人族が北方に住めないのは、単にオークの生息地であるから。

 そのオーク族でも、最強の種族と言われるのが”バビルサ”。
 二本の大牙と二本の角を持ち、屈曲したそれは、戦って摩耗せねば自らの頭蓋に刺さると言われるほどの戦闘種族。

 魔王の卵から生まれたのは、この大陸で最強のオークだった。
 背丈は3メートルを超え、手には体格に合った斧を持ち、その目は生気もなく濁る。

 オークにも通じる言葉でミュールが語りかけたが、返事は知性を感じさせぬ咆哮だった。
 このバビルサは既に魔王の眷属。
 形態と戦闘能力は生前のものを受け継いでいた。

 巨体に似合わず、バビルサは素早く動いた。
 右から左とユークとミュールを牽制して、下がると見せかけて一気に飛び込む。

 あきらかに後衛の魔法使いを狙った動き。
 戦斧の一撃をラクレアの盾が受け止めたが、その一撃で左腕にヒビが入る。

 ユークの右目に、警戒信号が自動で出る。
 戦闘力はおよそ19万、黒竜のユランと変わらない。

 ノンダスが左に持った剣で足を狙うが、斧の柄で受けられる。
 その隙にサラーシャが渾身の当て身で吹き飛ばし、ほんの数歩だがバビルサが下がった。

「挟むぞ!」
「うむ」
 ユークとミュールが仕掛けた。

 前後から挟み込んだが、バビルサは長身の間合いを活かして器用に捌く。
 ミグの魔法が頭部に炸裂しても、ほとんどダメージがない。
 このオークの戦士は、彼らの神から魔法の大半をレジストする加護を受けていた。

『生前は優れた勇士だったのだろう』とユークにも分かる。

 実力も経験も、ユークがこれまでに出会ったどの戦士よりも高い。
 このオークは、かつては部族の英雄として縄張りに入ってきた魔王城に挑んだ。
 そして魔王に喰われた。

 実力者があれに挑めば挑むほど窮地になるのだと、ユークにもようやく分かった。

 オークの手にした斧は、ユークの剣もミュールの槍も受け止める。
 銘は伝わってないが優れた武器だった。

 ニ対一での膠着が続き、兵士の一隊がユークに追いついてくる。
 兵士らも見ただけで分かる、手の出せる戦いではないと。

 だが、彼らにも誇りと勇気がある。
 じわりと包囲網を伸ばし死角から槍を投げつけたが、空中で奪い取られ投げ返された。
 一人の兵士が胸から背中へ槍に貫かれて死んだ。

「下がりなさい」と、ミグが兵士に命令した。

 バビルサは二人を相手にしても動きが止まらない、ミグの強い魔法を叩き込むには一瞬の間が必要だった。

「ラクレア、サラーシャちょっといい?」
 ミグが作戦を立てる。
 腕力に優れる二人に投げ槍を任せ、もし投げ返されたら兵士には盾になれと伝えた。

 非情な作戦だが他に手がなく、ミグは初めて兵に死ねと命令した。
 兵士達は躊躇なく命令を受け取った。

 ユークもミュールも、後ろで魔法使いが集中し始めたのを感じた。
 後は合図が来るのを待つだけだったが……。

「気をつけて! 何か来るわ!」
 突如、ミグが警告を発した。
 他の誰も気づかなかったが、何故かミグだけが接近する気配に気付いた。

 一歩下がったユークが、右目の能力を使う。
 隠れた敵が居るならそれで確認できるはず。

 小さな戦闘力が王宮の中にある、ほとんど気にしなくて良いレベルの敵。
 だが反応はかなり速く動き、崩れた王宮から飛び出ると真っ直ぐバビルサに向かって落ちてくる。

「上から何かくるぞ!」
 ユークが傍らのエルフに警告した直後、人影がバビルサの背後に降り立った。

 バビルサが反射的に攻撃したが、人影は斧を受け止めて戦闘力が跳ね上がる。
 それから人影は、丸太のようなバビルサの胴体を素手で貫いた。

 腹を破られて暴れるバビルサから、その者は力を吸い取っていた。
 ユークの右目の数字が三十万を超えたところで……ゴブリンから奪った能力に寿命がきた。

 ユークとミグの前に、見覚えのある者が立っていた。
 それは魔王の三番目の卵から孵ったモノだった。

「アレクシス……」
 ユークの口から、一ヶ月ほど旅した人物の名前が出た。

「お兄様……」と、ミグも呟いた。

「殿下……!」
 コルキスの古参兵からは、一瞬の歓喜が広がる。
 だが、彼らの見知った王太子の姿ではなかった。

 白く美しかった肌は紫に染まり、黄金色だった瞳は闇をたたえる。
 わずかに、ミグとおそろいの銀髪だけが生前のまま。

 人の中で最も英雄に近かった者が、魔王の眷属として現れたのだった。
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