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五章

解放戦線

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 コルキスへの道中は荒れていた。

 治安はますます悪くなり、ならず者の集団が頻出したが……先頭を行くミグの姿を見て逃げた。

 半年ほど前、銀髪の魔女による山賊狩りが横行したのをよく覚えていたのだ。
 しかもそれが、武装兵を従えて戻ってきた。

 幾つもの国が滅びた南街道沿いに、僅かだが平和が戻る。

 中には、降伏する山賊団もあった。
 彼らも元はコルキスや周辺国で生き残った者ども。

「こちらを通ると聞き、お待ちしておりました。我々も末席に加えてください」

 ユーク達はこれを受け入れる。
 他にも旧コルキスや諸国の義勇兵、滅ぶのを待つばかりだった小国、噂を聞きつけた冒険者。

 王女の帰還に賭けた者が集まり、あっという間に総数は1万を超えた。

「食い物は大丈夫?」
「ぎ、ぎりぎり……でもないわね。余裕で足りないわ」
 ユークとノンダスは別の問題に直面にしていた。

 テーバイは絶えることなく援助してくれるが、到底持たない。

「王都メディアどころか、半分も行く前に尽きるわね」
「じゃあ、半分は解散させるの?」

「血気に逸る武装集団を追い出すと、何が起きるか不安なのよねえ……」
 戦いを前に混乱が起きるのは、ノンダスとしては絶対に避けたいところだった。

 救いはテーバイでもコルキスでもない所からやって来た。
 街道を歩き続ける大集団が、とある国の南端をかすめた時だった。

 誰かが北から迫る土煙を見つけた。
 魔物の襲来かと全員が武器を取った直後、先行する騎兵が現れる。

「あっ、あれは!」
 騎兵の持つ旗を認めたラクレアが駆け寄った。
 ラクレアには懐かしい、祖国トゥルスの旗だった。

「馬上から失礼します」と、トゥルスの騎士は親書を差し出す。
 手紙を一読したミグが意外そうにいった。

「へぇーあのマデブ王がねえ。何でまた急に助けてくれる気になったのやら」
 以前、ユークがぶん殴ってそのまま、何の良い感情もあるはずがない。

 騎士は笑顔で説明した。
「ジューコフ様の説得でして。我が国――トゥルス――もこのままでは、持ち堪えるのも厳しく、コルキスの復興なくして東方の安定は望めぬと」

 魔物の軍勢との戦線を抱える中で、出せる食料をありったけ。
 その命令を受けた一隊が、可能な限り集めて届けてくれた。

「王女殿下には、コルキス再興なった暁には是非とも援軍を賜りたく」
「必ず約束しよう。そなたらの旗に栄光あるように」
 ミグの約束と激励を受けとった騎士は、戦場へと戻る前にラクレアに手紙を渡した。

「ラクレア、これを。お父上からだ」
 それだけ伝えると、騎士は去っていった。
 荷馬車で百数十両の食料を残して。

 ラクレアは、ユークとミグの元へやってきて手紙をみせた。
「見て下さい。お父様が、騎士籍を戻されたと……!」

 手紙には、謹慎を解かれたラクレアの父が騎士団に呼び戻されたとあった。
 優秀な騎士を、無能な王の一存で閉門させておくわけにもいかぬ。
 軍の実権を握ったジューコフが、ラクレアの父を呼び戻した。

「良かったね……と言っていいのかな?」
 前線に赴くことになった父に不安もあるだろうと、ユークは喜んで良いか彼女に聞いた。

「もちろんです! 喜んでください。謹慎中の父は、生きてるのか死んでるのか分からぬ状態でしたから……」

 ミグは、貴重な友人の手を取っていった。
「そうよね、さっさと片付けて手伝いにいきましょうね!」

 充分な補給を得た一団は、東へ東へと進む。
 遂にコルキスの民が『海』と呼ぶ湖にぶつかった。

 コルキスは内陸国だが、この湖に海軍があった……既に全滅しているが。
 湖に沿って北上すると、ミグの母国に入る。

「ようこそ、コルキスへ」
 ミグは、仲間達を歓迎した。


 国境では、老臣達や生き残った貴族、そして軍勢が一行を迎える。
 王女の帰還を聞きつけ、一日ごとに増えたその数はおよそ4万。
 後方を支える者達や、ユークが連れてきた者達も合わせて十万を超える。

 ここから100キロは彼方の首都メディアを目指す。
 道中は全て魔物の支配下。

 ユーク達8人だけでは、切り開くだけで何年もかかる。
 まずは、集まった兵で王都メディアまでの道を取り戻す。

 六年ぶりに、コルキスの大地に軍のラッパと太鼓が鳴り響いた。

「前進、前進せよ!」
「進め! 祖国を取り戻せ!!」
「神も殿下も見ておられる。行くぞ、われに続け!」

 先頭には、コルキスの旧貴族と軍人が立った。
 主街道とその左右、三つに別けた軍団が首都を目指して進軍を開始した。

 出会う魔物全てを斬り伏せながら、北へ北へと進撃する。
 軍団が消耗し痩せ細ると、次の部隊を前に出す。

 軍団が壊滅しかかっても、退却はない。
 その場を拠点にして死守せよの命令が全軍に出た。

 戦士の魂をすり潰しながら前進する。
 死傷者が一万を超えた頃、ユークの居る本陣は、メディアから50キロの位置にあった。

「トロルです。大型のものが二十余り。矢も石も効きません、援軍を!」
 中央を征く部隊の前に、強力な魔物が立ちはだかった。

「俺が行くよ」
 ユークが真っ先に立ち上がった。
 それをコルキスや軍の首脳陣が冷たい目で見つめる。

 主力として温存されたユークは、非常に居心地が悪かった。
 ノンダスは将軍の一人として扱われ、ミュールも王族であり義勇兵の中で最高位と見なされていたが……ユークの立場は微妙だった。

『腕の立つ戦士だとは認めよう。それにミルグレッタ様を守り通した功績は認めるが、なんだあの態度は?』との反感をひしひしと感じ取っていた。

『俺のせいじゃない!』とユークは言いたい。
 王女として忙しいミグに、べたべたした訳ではないのだ。

「ユーク、ユーク」と以前の関係を崩さぬミグに、当然ながら旧臣や旧国民の反発がユークへ向く。

『これ……もしミグを孕ませたら殺されるかも……』
 いっそ前線に出た方がましだと、ユークは思っていた。

「ふむ、ならお任せしましょう」
 比較的ユークに寛容な宰相が許可を出してくれた。

「了解、行ってきます!」
 針のむしろから逃げるようにユークは飛び出した。

「一人で行く気ですか?」と、ラクレアとミュールがついてきてくれる。

「作戦会議とか、居心地悪いんだよね……」
 馬に乗りながら、ユークは愚痴る。

「でしょうねえ。君は、大事な王女をたぶらかした許されざる者ですから。きっと、戦死すれば良いと思われてますよ」
 ミュールの台詞に遠慮はない。

「ですねえ」
 ラクレアまで肯定し、ユークはますますへこむ。
「けど、ユークさまが負けるはずないですよ。役に立つとこを見せれば、認めてもらえますって!」

 ミグを取り巻く環境の複雑さにユークも悩むとこがあったが、戦場に付けばそれも吹き飛んだ。

「中央のトロルから倒す! 左右に別れろ、ここから通すな。真ん中、右、左と順に片付ける。いいな、真ん中、右、左だ。いくぞ続け!」
 ノンダスの教え、命令は全員に聞こえるよう、大声で繰り返すをしっかり守る。

 抜剣したユークは、ラクレアとミュールを従えてトロルの群れに踏み込んだ。

 一時間もせずに、本陣へ早馬が届く。

「トロルは殲滅、中央軍は前進を再開! ユーク殿が先頭に立っておられますが、その、恐ろしくお強いです……」

 報告を聞いたミグは『当然でしょ?』って顔をした後、笑顔を隠せなかった。
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