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五章

魔王城、見るだけ

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 戦いの終わった夜、ユークとノンダスとミュールが作戦会議に呼ばれた。

 僅か8人の小集団から3人も。
 これは、昼間の戦いでそれだけ目立った結果だった。

 作戦会議は二箇所に別けられた。
 役割の違いでなく、身分の違いで。

 ミュールは、貴族や将軍、それに各騎士団の長が集まる方へ案内される。
 ユークとノンダスは、前線部隊の指揮官級と、傭兵や冒険者の頭が集まる方へ。

「慣れてたものだが、こうなると嫌なものだな。君は今日、二番目に活躍したのに」
 ミュールの言葉にユークは反論できなかった。
 本日、ミュールは巨人を5体倒し、ユークは4体だったのだ。

「くそっ、明日は負けねえからな!」
 ユークにとって、会議の席次などどうでも良かった。

 ここから押すか引くかは、お偉いさんの会議で決まるので、実戦部隊の指揮官は現実的な話題に終始する。
 敵の強さや動きはどうか、有効な武器に戦術などだが、新顔のユークは最初に自己紹介させられた。

「ユーク・ヴァストーク、冒険者。東の端から南大陸を経由して流れ着きました」
 ざっくりとしたものだったが、ユークを知ってる者がいた。

「お前さんが生還者か。噂通りに若いな」
 参戦している傭兵団の隊長の一人が知っていた。

「なんだ、有名人か?」
「最近名をあげてる。パドルメの戦い、聞いてるだろ?」

 正規軍でも、パドルメでの防衛戦のことは知っていた。

「しかし何故に”飛び入り”なんだ? 何ならうちに来るか?」
 傭兵団の隊長がユークに聞いた。
『飛び入り』とは文字通り報酬もなしに参加すること。
 ただし命令系統に属さないので、何時離脱しても良い。

 ユークは、戦いに関係のない話ばかりで良いのかと思ったが、ランゴバルドの軍人も先を促す。

「気にせずに続けてくれ。あっちの会議は現状維持に決まってる。なんたって総司令官の領地は、ここの南にあるんでな」

 その発言で一同が軽く笑う。
 総司令官の領地が魔物の支配下なら、全力で取り戻しにいったはずだから。

 ユークは先を続けた。
「この国へ来たのは偶然なんだけど、首都ヴァーンに出た魔王城が本物か見たくて。もし本物なら、東へ行って故郷を取り戻すつもりだ」

 二十に満たぬ少年から大それた発言が出たが、笑う者はいなかった。
 今日の戦場で、巨人を相手にする少数の冒険者を全員が見ていた。

「ヴァーンへ行けるのか?」
 これは別の傭兵がランゴバルドの軍人に聞いた。

「海は厳しい。船が何十と沈められた。だが陸の方が可能性がある、山を行く」
「このご時世で山歩きだぁ?」

 傭兵が異議を唱えたのも当然で、元々魔物は山や谷や沼地など、人が少ない所に多い。
「ところがだ」と軍人は地図を拡げて、国の真ん中を貫く山脈を示した。

「このアペニン山脈は岩山が多くてな。道は険しいが北まで行ける。魔物どもは山地よりもむしろ、平地に集まって襲ってきやがる」

 ユークとノンダスは互いに見合って頷く。
 最近の魔物の行動はいつもそうだ。

「なあユークとやら、北へ行くならこの地図をやろうか?」
「え、良いの?」
 かなり詳細に山道や砦まで描かれた地図、平時でも機密扱いの物になる。

「実はなあ……」
 言い難そうに、軍人は一度話を切った。

「まだ山伝いに避難してくる民がいるんだ。あんたらみたいなのが、この道を行ってくれるだけでも有り難い」

 戦場も避難民も両方の面倒まで見れず、軍人達は皆がつらそうな表情になった。
 もちろん、ユークに迷いはない。

「分かった。なるべく多くの魔物に見つかるようにするよ」
 にやりと笑って手を出すと、笑い返した軍人がユークの手に地図を乗せた。

 偉い方の作戦会議で、現状の維持が決まった。
 不満も出たが、ここ以上に有利な地形がないのと、想像以上に魔物の数が多く無理が出来なかった。

 この狭い戦場での戦いは、これから三十年程続くことになる。
 もう一度ユークが、己の子供たちを連れて上陸してくる時まで。


 北行のお墨付きを貰ったユークは、早速翌朝に出発した。
 特に見送りもない、誰もが防衛陣地の設営に忙しくそんな余裕はなかった。

「遠くから見るだけかい?」
 なんだかんだで付いてくるミュールが尋ねた。

「突入しても喰われるだけからな」
 ユークもあっさり答えた。
 急激に差は縮まったが、城の地下のあれに勝てるとは思っていなかった。

 まだ雪の残る山脈を縫うようにして北に向かう。
 途中で幾度も避難民に出会い、励ましては別れ、それ以上の数の魔物を倒した。

 山から降りずとも、聖都ヴァーンは見えた。
 秩序立った大都市を食い荒らすように城が一つ見える。

「本物だな……」
「ええ、本物ね……」
 ユークとミグには、それが魔王城だと分かった。

 リリンはもちろん、魔力の強いエルフの二人にも感じとれていた。
「へーあれか。想像以上にやばいの飼ってるなディアボロスの奴」
 ティルルは、「信じられない……」とだけ言って見るのをやめた。

 ミュールは首を振ってから、呆れとも称賛とも分からぬ口調でユークにいった。
「お前、あそこに入ったのか? 人間って馬鹿だなあ」と。

 聖都の上に鎮座し、動かぬ様子の魔王城を見届けたユークが言った。
「戻ろう。そして東へ」

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