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五章

戦争の時代へ

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 エルダリアに向かったは良いが、あれほど平穏だった海上も様子が変わっていた。

「なんだ、あれ?」と、船乗り達が慌て始める。
 そのあたりに島は無いはずで、船長以下が海図とにらめっこする。

「動いた!」
 島を見ていたユークが気付く。
「動いたわねぇ」
 隣に立っていたノンダスも確認した。

 突然、数百メートルはあろうかという”長いもの”が水中から起立する。
 ゆったりと左右にふるそれを見て、全員がようやく理解する。

「カメの頭だ!」
「おい、こっちへ来るぞ!」
「帆をあげろ、魔法陣を全開で風を呼べ!」

 歩いてるのか泳いでるのか、全長が2キロを超える巨大カメ。
「た、タイリクカメだぁー!」と、誰かが叫んだ。

 ユーク達も卵を食った、陸と海に住む大カメ。
 だが、これまではどんなに大きくてもせいぜい50メートル。
 その気性は、キャラバンが上で寝泊まり出来ると言われるほど大人しい。

 世界の均衡が崩れ、ありえない程に巨大化したタイリクカメは、真っ直ぐユーク達の乗る船を目指す。
 甲羅には木々が生え、鳥が何百と飛ぶ動く島だ。

「いよー、ご客人。あれ、倒せるかい?」
 船長が余裕をもって聞いた。

「まあ、無理だね」
 ユークも余裕万端で答えた。

「だろうな」と船長が笑い、ユークも笑い声を揃えた。
 余裕があったのはここまで。

 二本マストの快速連絡船、これで逃げ切れなければ、人の船で振り切るのは不可能。
 大商人バルカの用意してくれた船が、全てのマストに3枚ずつ帆をつけた。

 魔法の位置確認装置もあるが、エルダリアからはどんどん離れる。
 もう一つの魔法装置、微風を倍化させて帆に送る。
 こちらは全力で運転される。

 夜までかかってやっと振り切ったが、ここで舵を西――エルダリア――に戻すわけにもいかない。

「すまんが、このまま東に進む。いや東が安全とは限らんが、西にはいけぬ」
 船長は、心底申し訳なさそうにユーク達に告げた。

 これに反論しても、どうにもならない事はユークにも分かる。
 手元に広げた地図をじっと見る。

「ランゴバルト聖王庁か、初めての国だけど……」
 北の大陸からまっすぐ南へ伸びる領土を持つ、神権政治のランゴバルド。

 海軍力では列強随一と言われる大国だが、このところ良い報告がない。
 ”魔王の卵”が一つ流れ着いたのだ。

 即座に燃やそうとしたが、人の火では効果がなかった。
 毒か魔法か有効な手段を探してる間に、さらなる災厄が襲ってきた。
 魔王城が上陸したのだ。

 一進一退の攻防と他国には伝わった。
 援軍を求める報せも数え切れないほど発信された。
 だが、聖都ヴァーンに迫るとの報告を最後に、公式の伝聞は途絶えた。

「南部は無事のようだがな」
 船長が付け加えた。
 聖都ヴァーンは、島とも半島とも呼べるこの国の北部にある。

「港に入って、情報を集めないとさっぱりか」
 ユークはエルフの二人、ミュールとティルルにも確認した。
 あの怪物カメが、彼らの国を襲うかもと思ったのだったが。

「いや、僕らの住処はあれよりもずっと高い位置にあるからね。あんな大物が登れるような山でもない」

 寒冷地を好むエルフ族は、島中央の高山に寄ってるから心配しなくても良いと、ミュールは言い切った。

「ランゴバルド南部の港へいってみよう」
 ユーク達は結論を出した。

 本当に魔王城がここまで来ているなら、ユークは確かめたい。
 東方にあるユークやミグの故郷を取り戻すに、これほどの好機はないからだ。
 その期待の代わりに、新たに犠牲が増えるが。

「ランゴバルドって強いんでしょ? 魔王を退治したりしないかな?」
 ユークは軽く聞いてみた。

「そうね、精強よ。倒せると良いわねえ……」
 ノンダスが答えてくれたが、彼も、他の仲間達も望みはほとんど無いと分かっていた。


 ユークが魔王城から逃げ出して半年。
 世界の情勢は変わっていた。

 魔物の侵攻は、東部から西部へ移る。
 大国が並ぶ西部地域で、まだ崩壊した国はない。
 だが避難民は三百万を超えた、これは人口の二十人に一人。

 既に安泰な地方はない。
 滅亡を予言する者も現れたが、悲観するには早い。

 人族は、まだ組織的な戦闘が充分に可能で、オークを除く周辺種族との同盟や共闘も動き出していた。

 そして、十数年前から魔族と魔物の攻撃を受け、衰退の一途だった東方から反撃が始まる。
 時代の天秤は、まだどちらにも傾いていない。


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