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四章
告白
しおりを挟むギルドに併設する闘技場を借りた。
これは見ものだと、多くの冒険者が集まってくる。
一人のベテラン冒険者が、誰にでも聞こえる大声で語った。
「見ろ、やつらぁ素人だ。あんなピカピカの鎧で戦うやつはいねぇ。いや、戦った事があるのかも怪しいもんだ」
これは一面の事実。
出陣する時は輝く鉄鋼に身を包んでも、慣れた傭兵は戦場に着くまでに汚す。
戦場で、目立って得になることは何一つない。
ユークは、ドワーフに作ってもらった鎧を、これまで大事に大事に扱ってきた。
毎日寝る前に磨いては、枕元に置いて寝る。
ミグに貰ったカウカソスとは少し違う、初めて自分の為に作られた道具だったから。
一方のミュールは、一族の倉庫から体に合うものを適当に選んできた。
だが、魔法に優れるエルフの持ち物、全てが一級品。
その中でも、氷の時代から受け継ぐ、氷霜の巨人に由来する”ヨトゥンの槍”。
背の高いエルフ仕様の蒼い槍は、その名に恥じぬ名品だった。
「よいこと? 相手を傷つけるのが目的ではないわ。お互いの技と誇りに恥じぬ戦いをするように。それでは、始め!」
ノンダスの合図でユークとミュールが、武器を構える。
ユークが捉えた戦闘力は、7000と8000の間。
『数字では俺が上!』
良い装備で体を守り、カウカソスが倍化させたユークの力は1万を超える。
重量軽減の魔法がかけられた鎧は軽い。
ユークは何時も通り身軽に飛んだが、予想を遥かに超える射程から槍の穂先が出てきた。
長身の槍使い、それに氷の武器。
ユークは、苦戦を覚悟した――。
互いの力に引きずられるように”訓練”は激しさを増し、遂には両者の武器から炎と氷が吹き出す。
見守る冒険者たちも、最初は歓声を上げていたが、何時しか観戦モードに変わる。
「な、なかなか……やるようだな……」
ベテラン冒険者も認める。
三十分ほど、両者とも休み無く打ち合ったところで、ノンダスが止めた。
「まだ戦える!」と、二人揃って抗議したが、ノンダスは問答無用。
二人の腕をむんずと掴むと、手甲を剥ぎ取る。
「やれやれねぇ。熱くなるのは良いけど、ここまでやれとは言ってないでしょ?」
ユークの手は火傷、ミュールの手は凍傷間近。
二人ともに、同じ問題をかかえていた。
武器を握っていた四つの腕に包帯が巻かれて、訓練は終わる。
「貴様、なかなかやるな」
「お前もな!」
ノンダスの狙い通り、戦った二人には多少の友情が芽生えた。
戦闘能力の半ばを失ったユークとミュールを見て、ラクレアがぽつりと呟いた。
「男の子って馬鹿ですねぇ……」
「本当にすいません」と、ティルルは頭を何度も下げていた。
何故か、ミグも恥ずかしさの余りに顔を上げられなかった。
その日は、冒険者ギルドに泊まった。
街中で怪我人が出て、臨時の病院となった宿が溢れそうなのが一つ。
もう一つは、安く安全に泊まれるから。
翌朝、起きた頃にはユークの腕は動く。
だが、『治りが前より遅い』と感じていた。
リリンの言ったとおり、ポイニクスから奪った加護が弱まっている。
『もう一度トリーニ国へ行って、ポイニクスを狩るべきか』
ユークにとって生死に関わる問題、叶うならばそうしたいが……。
『強いんだよなあ、あの夫婦』
簡単な話ではない。
問題を先送りして、ユークは共同の洗面所で髭を剃る。
そこへ、目が覚めたばかりのミグがやってきた。
「……? なにしてるの?」
「髭、そってるんだけど?」
「えっ、あんたも生えるの!?」
どれどれと、ミグは近づいて遠慮なく見る。
童顔のユークに髭があったのが意外だったのか、「なんか嫌だわ」とまでいう。
「毛くらい生えるだろ!」
「わたしは生えないわよ」
突然の告白に、ユークは動揺した。
思わず、寝間着を透かしてミグの裸を見ようとして失敗する。
「どこ見てんのよ!」
一発蹴りを入れてから、ミグは説明した。
「サラーシャがね、使える魔法が一つあるの。サラーシャの加護が花の神って知ってるでしょ?」
これは以前、リリンから聞いた。
「それでね、除草の能力があるんだけど、それを発展させた除毛の魔法が使えるの! ほんと便利よ!」
この世界の魔法は、実生活に寄り添う形で発展している。
「へー……それは、侍女を辞めてもお店が開けそうだね……」
ユークは、当たり障りのない発言をしてから、顔を洗おうとするミグの腕を取った。
彼にしては珍しく勇気を出して、ミグに告白する。
「ちょっと、見せて」と。
「へっ?」
真剣な顔での告白に、ミグの思考が止まる。
「いやいや、何言ってるの!? こんな朝っぱらから!」
「なら夜なら良いの?」
「そういう問題じゃないでしょ! 冗談はやめて!」
「いやいや、見るだけ! 見るだけだから!」
なぜこんな事にと混乱しながら、ミグはユークの熱意に負けた。
育ちの良い彼女は、押しに弱い。
「ちょっとだけよ……?」
そう言いながら、片腕を上げる。
昨日の百倍の羞恥が襲ってきて、直ぐに腕を下ろす。
『なんで脇なんか見せてるのだろう』
最もな疑問を持つミグを、ユークは逃がさなかった。
寝間着の裾を引っ張り、「もっと」と要求する。
赤く染まったミグの耳を見て、ユークはこのチャンスを最大限に活かそうと決意していた。
「無理!」「お願い!」
「絶対駄目!」「見るだけ!」
言い争いの最中、共同の洗面所の扉が開いた。
入ってきたエルフ族のティルルは、寝間着の裾を引っ張りあう二人を見て、辛辣な一言を浴びせた。
「人族が、年中発情するというは本当だったのですね」と。
狼狽えながら、ミグが言い訳する。
万が一にも、例え祖国を取り戻しても、こんな醜態が社交界に広まれば生きていけない。
それを聞きながら、ティルルは有名なエルフの微笑を浮かべて言った。
「エルフには、男でも髭が生えませんの」
大恥を見せたユーク達に、ミュールとティルルが『エルダリアへ来ないか』と提案した。
エルフの島で役立つ物があれば提供するとも。
ユークはこれに乗った。
大商人のバルカが、直ぐに船を用意してくれる。
五人とリリンとアルゴ、それに二人のエルフは、今度は北を目指して帆を立てた。
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