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四章
エルフの耳
しおりを挟むミカエルの背中から、氷と炎が同時に落ちる。
「うわっ、なんだ!?」
火と氷の雨を避けるように、ユークも数歩退いた。
ユークが、アフロディーテの神殿から出てきた男に視線を移そうとして、ノンダスから叱責が飛ぶ。
「まだよ!」と。
敵から目を離さない、基本を思い出してユークは空を見上げる。
青い槍に貫かれたミカエルの戦闘力が激しく上下する。
上は五万、下に落ちると二万。
魔力を主戦にするものは、戦闘力の上下が激しいと、ユークは経験から知っている。
『まだ油断しては駄目だ』と、気合を入れ直したがミカエルは更に高度を上げた。
「戻れ!」と、神殿の男が槍に命令した。
青い槍は、男の手へと飛び帰った。
翼が四枚になったミカエルは、逃げ口上すら言わずに、リリンが消える時と同じ様に中空に消えた。
周りが歓声に沸いたが、今度はユークも直ぐに警戒を解かなかった。
強い反応は、まず仲間たち。
それから神殿の男、槍を手にした長身の男は15000ほどの戦闘力がある。
その奥、炎に包まれた神殿の中にも高い反応がある。
戦闘態勢のままのユークのところへ、リリンがふわっと飛んできた。
「まぁ、もう来ないよ。あれだけやられれば数年はかかるし。何といっても、あいつの主神は人気がない。使える力も限られるんだな、これが」
槍使いに「助かった。ありがとう」と言うべきか、ユークは迷った。
むしろ、それだけ強いなら最初から手伝えと言いたいところだった。
青い槍の男は、ユークの方へ歩いてくる。
背が高く、長めの金髪が兜から流れて、涼やかな面立ち。
ユークが素直に反感を覚えるほどの、美青年だった。
男は、ユークに近づいたが、周りを見渡してすっと方向を変えた。
そして、ユークを通り過ぎて、彼の仲間の一人に声をかけた。
「ミルグレッタ様でいらっしゃいますね? お会いできて光栄です」
そのまま優雅に跪いて、ミグの手を要求する。
その慣れた動作に、ミグも自然と手を差し出し、男はその手の甲に騎士の接吻をした。
「そなたは?」と、ミグが尋ねる。
「これは申し遅れました。私、エルダリアのエ・ミュールと申します」
金髪のイケメンは、ミグを見上げてにこりと笑った。
「あらまあ」とミグが照れた。
聞いたこともない国だが、身分があると誰が見てもわかる。
しかも、久しぶりに若い騎士から姫扱いされ、ミグの気分はとても良かった。
面白くないのは、ユークだった。
戦いの昂ぶりと、良くわからない感情が混ざる。
鞘にしまおうとした剣を、興奮のままに男に向けた。
「おい! そこのお前! なんだてめえ!」
自己紹介したばかりの男に剣先を向けてしまった。
男の方も引かない、それどころか煽った。
「しつけのなってない従者だな」と。
炎の剣と氷結の槍。
双方とも神話に由来する二つの武器が向き合った……が。
「ちょっと、ユーク! やめて!」
「こらミュール! それどころじゃないのに!」
二つの叱り声が、二人を挟んで飛ぶ。
一つはミグ、もう一つは神殿の中から。
まだ燃える神殿の出口から、これまた背の高い女性が出てくる。
片手で杖を掲げて大きな魔法球を作り、中には何人もの人を炎から守る。
もう一方の手はミュールとやらに向けていたが。
「もう必要なさそうね」と、その腕を下げる。
途端に、ユークの目に映るミュールの戦闘力が半減した。
ユークとミグには分かった。
炎を防ぎながら、強力な付与魔法を駆使する――先ほどユークを強化したのも彼女――強力な魔導師。
単純な攻撃型魔法使いのミグより、技術は何段も上である。
「困るよティルル。これから良いとこを見せようと思ったのに」
ミュールが長身の女性に語りかける。
「はあ? 怪我人も沢山いるのに、私戦にはしる馬鹿が相手されると思ってるの? ねえ、あなたもそう思うでしょ?」
ティルルは、ミグに語りかけた。
「え? ええ、そうね。うんその通りよ!」
ユークが嫉妬したと思い、少し浮かれていたミグも正気に戻る。
気を削がれたユークだったが、別のことに気づく。
ティルルと呼ばれた女性、ミュールと同じ派手な金髪に、このところ美人を見慣れたユークでもため息が出る程に整った顔。
そして、ミュールと違って兜を被ってない頭、そこから飛び出る長い耳。
「エルフ? へー初めて見た……やっぱり美人なんだ……」
何の気なしに感想が漏れた。
「あらそう? ありがとう」
ティルルはにこやかに応対する。
今度は、ミグが面白くない。
記憶にある限り、ユークに直接容姿を褒めてもらったことがない。
ティアラを見せた時の、『お姫様みたい』という間抜けな一言だけ。
そもそも、ユークから告白させるつもりだったのに、未だそれらしき事を囁かれていない。
これらを思い出し、良かった機嫌が急速に悪くなる。
『面白くなってきた!』はラクレア。
『また面倒なことにならなきゃ良いけど』とはノンダス。
そしてサラーシャは、やっと思い出した。
「あーそう言えば、エルダリアにも行きましたね」
「何の用で?」と聞いてからミグも思い出した。
五人の老臣が、あちこちの国へ自分を売り込みに行っていたことを。
ミュールは、槍を背中に収めると兜を外した。
長い耳がぴょんと飛び出し、周りの注目を集めると、素晴らしく爽やかな顔でいう。
「未来の妻を迎えにきたんだ」と。
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