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四章

ユークの加護

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「卵を拾ったよ」

 オアシスで女性たちが汗を落とす間、300メートルほど離れたとこに追いやられたユークは、砂に埋れた卵を見つけた。

「なにこれ、大きすぎない?」
「ちょっと怖い大きさですね……」
「この大きさだと、タイリクカメかしら?」

 ユークが両手で抱える、樽ほどもある卵だった。

「食えるかな?」
 ユークが殻を叩くと、カンカンと固い音がする。

「生きてるね。それにまだ固まってないし、いけそう」
 このところ、ずっと付いてくるリリンが太鼓判を押した。

「ねえ。大地母神の末端が、卵とか食べていいの?」
 最もな疑問をミグが聞いた。

「この体は、お前たちと同じ物で出来てるし。維持するのも大変だし、造るのに三十年くらいかかったんだよ?」
 まだ少女の体を強調しながら、リリンがいう。

「へー、人なら十数年でそれくらいまで育ちますよ?」
 今度はラクレア。

「そうだぞ。お前らが新しく一体産むのは、結構凄いんだぞ」
 リリンはあっさり認めた。

「なら、みんなで食べましょうか」と、さっそくノンダスが腕をふるう。
 腰の高さまである卵の上を切り落とし、木の棒を突っ込んでかき混ぜる。

「さすがに目玉焼きは無理ね。オムレツにしましょうか。ベーコンもあったわね、混ぜましょう」
 大味だったが、みんな文句一つ言わずに食べた。

 食事のあと、リリンが何でもない風にユークにいった。
「卵からだと、新しい力を得るのは無理なんだな」と。

「ふーん……えっ?」
 ユーク以外の、ノンダスとミグとラクレアが反応する。
「それ、詳しく教えてちょうだい!」
 三人の声が揃った。

 そういえばと、ユークも思い出す。
 もう当たり前のように使っている、戦闘力を読み取れる右目。
 それと『カウカソス』で無茶をする度に、一晩で治る再生力。

 どちらも、何時の間にか身についたものだった。
 役立つ能力が増えるなら、それに越したことはない。

「教えてくれ」と、ユークも頼む。

「教えるも何も、こいつ(ユーク)が食ったら加護の一部を、ちょっと使えるようになるだけだし」

 ゴブリンの神、火の鳥の再生力、あとタコの力が少し。
 リリンはつらつらと示してみせる。

「お前の場合、アルテミスの加護だな。けど珍しくないぞ? 相手を取り込む程度、わたしでも出来る!」

 自慢のついでに、皆の加護まで解説してくれる。

「ラクレアは、力の人神――アルケイデス――。ノンダスは、料理の神だな。道理でいい仕事をする。そっちのエロメイドは、花の神だ。花壇の手入れに向いてるぞ。それでお前は……」

 もったいぶってから、リリンはミグを見た。

「オケアノスとテテス、二人の血が伝わってる。この地上世界で振るう力なら、何十倍にもする。お前、なぜジヤヴォールに負けたんだ?」

 負けたどころか、ミグはあっと言う間にジヤヴォールに吹き飛ばされ気を失った。
 後は、アレクシスがほぼ一人で戦い、最後にミグを抱えて死んだ。
 答えようもなく、ミグは下唇を噛んだが、脳天気な声が聞こえてきた。

「へー、やっぱミグの力って凄いんだな。まだまだ、強くなるんだろ?」
 ユークの質問は、リリンに聞いたものだった。

「そうだなー、そっか人は成長するのかー」
「そうだよ。俺だってこれからだしな」

 ユークは、キラキラと光る出来たての鎧をぽんっと叩いた。
 さらにユークが質問を重ねる。

「なあ、俺の加護って、どんなものでも受け入れるの?」
「うーん、相手が加護持ちなら多分ねー。けど徐々に消化してるから、永久じゃないね。火の鳥の加護なんか、もう半分消えてる」

 意外な宣告で、ユークも慌てる。
「それは困る! この剣、本気を出すと俺の腕まで焼く……って、アレクシスはどうしてたの?」
 今度はミグへの問い。

「兄さまは、私と同じ”金羊毛の魔力”があったから、それで両手を守ってたかな。多分だけど……」
 まだショックが覚めやらぬ様子で、ミグが答えた。

 ユークは、それを聞いて考える。
 こいつ――カウカソスの剣――を、自由に扱えるようになれば、道が開けるという確信があった。
 強くなるには、それが最短だと。

「もしさ、ミグの生き血を飲めば、俺にも使えるかな。その神の力」
 思い切った質問だった。
「ユーク殿!」と、サラーシャが怒りの声をあげる。
 ノンダスもラクレアも、静かに息を飲む。

 一瞬にして、ミグは悟った。
 もし彼に心臓を捧げればそれが叶うなら、運命だと。
 きっとユークがわたしと一つになって、国を救ってくれるだろうと。

「いや、無理じゃね?」
 だが、王女の自己犠牲は直ぐに打ち砕かれた。

「こーいうのは、相手が生きてるから強く長く使えるんだよねー。全身くまなく共食いしたって、せいぜいその夜までかな」

「いやいや、待ってよ! 食べるなんて言ってないし! ちょっと血を貰って舐めるだけだってば!」
 大げさになった話に、ユークも焦る。
 さすがにミグを食すなど、考えてもいない。

「意味ないと思うけどなー。全身に張り巡らされた力、それを数滴の血を飲んだとこでねえ?」
 リリンは諦めろというが。

「なら、試してみましょう!」
 ラクレアは自分の指先を少し切って、止める間もなくユークの口に突っ込んだ。

 口内に広がる暖かい鉄の味に、ユークは戸惑いながらもごくりと飲み込む。
 ……特に、変わりはなかった。
『人の持つ加護を得るのは、非現実的』と結論を出した。

 一行は再び北へ動き出す。
 途上、ミグがリリンに尋ねる。
「ね、なんで急にぺらぺらと教えてくれる気になったの?」

 リリンは、バレたかという顔をして、小さく答えた。
「実はねぇ、地上に積極的に介入する一派が出たの。うちの主神、レアーなんかが顕現すると、大地ごと吹っ飛ぶでしょ? だからうちらみたいなのが、ちょっと肩入れしてもお咎め無しになったの」

「それって、敵対する神がいるってこと?」
「うん。新興の神でねー、名前は……。あ、ほらあんな感じで」

 リリンが指さした方を見ると、遠くに見えていたシル・ルクの街。
 そこに巨大な火柱が立った。

「なんだあれ!?」
 ユークが叫び、リリンが教えた。

「あれは、ミカエルってやつだね。本気でヒトを殺しにきてる。めちゃくちゃ強いけど、行く?」

「もちろんだろ!」
 ユークは、ラクダに気合を入れた。
 一行は砂煙をあげながら、速度を増す。
 次の相手は、神の使い。
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