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四章
大商人
しおりを挟むこの街の大商人や宝石商を呼びつけた。
ユークは、特にすることがない。
「あんたが出たら、逆効果でしょ」
とても機嫌の良いミグが、楽しそうにからかう。
そのミグも、ほとんど出番はない。
広間のバルコニーから、ちらっと姿を見せただけで声もかけない。
王女が本物かはともかく、宰相は本物だった。
貴族や有力者は、固有の印章を持つ。
多くは指輪だったり印鑑だったり、これは魔法で作られたもので、本人しか使えず偽造も不可能。
宰相は、気は進まないが進行はする。
「ご承知の通り、我が国は苦境にあり、王女殿下が民の為ならこの冠を譲って良いとの仰せで」
商人相手に情報を隠しても意味がない、宰相は率直に述べる。
どうせ国の事情は知れているのだ。
お披露目されたティアラは、充分に商人たちの目をひきつけた。
白金造りで細工も装飾の宝石も一級品。
このままでも金貨五百枚にはなる。
商人たちの連れてきた目利きも、品質に太鼓判を押す。
あとは、付加価値だった。
「王女殿下のお品であると、確証の持てるものを頂ければ……」
一人の商人が勇気を出した。
それがあれば、最終的な価値は何倍にも跳ね上がる。
『無礼な!』と怒鳴りたいのを、宰相はぐっと堪える。
姫様が自ら売ったと思われるのは、宰相には耐えられぬ。
あくまで、お国の苦しい時に、姫様の内意を受け臣下が手配しただけのこと。
『ミルグレッタ、17歳です。わたしの大事なものを売ります。買って下さい』
などといった文章を残すわけにはいかない。
「私の添え書きでは足りぬか?」
宰相は、穏便に済ませようとした。
だが、商人が欲しいのは王女の私物である証拠。
本人の一筆がどうしても欲しい。
商談は膠着する……かに思えたが、侍従長が解決策を持ってきた。
「なに? それは!」
「いえ、姫様が」
「しかし」
「構わぬとの仰せで」
宰相と侍従長の密談が終わり、侍従長は懐から水晶球を取り出した。
「これを付けてもよろしい。殿下のお姿を映しとったものである」
少し遡る。
苦戦する宰相に、ミグは助け舟を出そうとした。
魔法で作った自分の立像、あれもまとめて売れと言い出した。
「姫様のお姿を晒すなど!」
当然、侍従長は反対し、ミグもそれは『嫌』だったが、ラクレアが更に舟を出した。
ユークに一枚のメモを渡す。
『これを喋れ』と書かれたメモに、ユークは天を仰いだが旅費の為に覚悟を決めた。
「あー、えっと。大丈夫だよ、実物の方が……かわいいよ?」
ユークは、女の子を面と向かって褒めるのは、初めてだった。
ミグの目が大きく見開き、きょろきょろと見回したあと、照れた顔になったが、作り物よりもかわいいなと不覚にも思ってしまう。
甘酸っぱい空気が流れる中で、言われた方は勝利を確信していた。
これは告白されたも同然と、有頂天のミグは侍従長を笑顔で送り出した。
入札が始まる。
穏やかに美しく作られた王女の魔法立像とティアラ。
どの商人も金貨二千枚以上の値を付けたが、一人だけ外れた評価をした者があった。
キャラバンと交易船を束ねる大商人、バルカ。
彼が付けた値段は、金貨で三千五百枚、しかも手形でなく即金。
大商人バルカは、うやうやしくティアラを受け取ると、宰相に一つ願い出た。
王女に会いたいと。
北と南の大陸中に連絡網を持つバルカは、ミグが本物だと知っていた。
宰相は、もちろん会わせるつもりなど無い。
だがバルカは、大金で恩を着せる訳でもなく、丁寧に理由を述べた。
「私、イフリーキアの生まれでございます。先だって、王女殿下と御一行に国を救っていただきました。それに、当地では私の息子も参戦しておりまして、命の恩人であると手紙にもありました。是非、四名様方へ、お礼だけでも申し上げたいのです」
そういう理由ならば、宰相も断れぬ。
もちろんユークにも断る理由がない。
自己紹介するバルカを見て、ノンダスが気付く。
「あら、ひょっとしてイフリーキアの副官の?」
「そうです。あれは息子です」
有能な副官の父は、これも南の大陸を代表する商人だった。
少し、話はそれる。
かつて魔王城に襲われたトゥルス国。
そこの騎士団の副団長だったジューコフは、今では団長を追い越し王国軍を束ねる立場になっていた。
縦深の防衛陣地を二つの川の間に築き、この二ヶ月の間、ひたすら魔物の侵入を防いでいた。
イフリーキアの副官、彼もまたここから出世を遂げる。
事務仕事も有能だが、将軍としての才は更に優れていた。
各地で、優秀な戦士が産声をあげる時代が始まっていた。
大商人バルカは、ノンダスと多く話したが、ユークにもまた目を止めた。
「いずれは……いや、今でも高名な戦士殿だと伺っております。もし何か入り用があれば、お申し付けください」とまで言った。
ユークは、遠慮しなかった。
「これから、アトラス山脈へ行きます。そこから二週間から一ヶ月もあれば戻るつもりです。北へ渡る船が欲しい」
若者の要請を、大商人は快く請け負った。
三千五百枚の金貨、この内の五百を手元に置いて、五百を冒険者ギルドに預けた。
残りでありったけの食料を買い入れ、老臣達が国へ運ぶ。
それから老人達は、愛する王女と最期の別れをした。
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