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四章

優しい嘘

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『ほう! 面白くなってきたわ!』
 ラクレアが食いついた。

 ラクレアにはミグの考えてることが、おおよそ分かる。
 身分の高い者は本心を隠すものだが、大国の姫まで突き抜ければ、逆に周りにぶつけるのだと旅の中で知った。

『支援があるなら嫁にいく』これはミグの本音だと分かる。
 だが昨今の世界事情で、おいそれと助けを出せる国があるはずがない。
 少なくとも東方の国家には無理だ

 ラクレアは――魔王を知らなかったが――ユークとミグが倒すまで待てば良いのにと、心の底から思っていた。
 この二人ならやってくれると、成長著しい仲間達を信じていた。

 そして、ミグが願う行動にユークが出るか、椅子をずらして見守ることにした。

 ミグの発言を聞いたユークの動きが止まる。
 ユーク本人も驚いたが、意外なほど動揺していた。

 宰相が表情を崩さずにこたえる。
「急な話でありますので、そういった交換条件は御座いません。ただ、ミルグレッタ様がご無事あれば、我らも安心して国の復興に邁進することができますので」

 安堵したユークが、立て直した椅子に腰掛けた。
『違うだろー!』と、ラクレアは心の中で叫ぶ。

『ここは、ミグさまの手を引いて、俺が魔王を倒すと言って二人で逃げるところでしょー!』
 ラクレアの知識は書物から得たもので、とても偏っていた。

 ミグは断ろうと決める。
 穏便に済ませる言葉を探すが、生まれた時から姫様を見守ってきた老臣達は、当然それに気付く。

「姫様! それがしめの最期の願いでございます!」
「もう先は長くありませぬ、最期に姫様の花嫁姿を……!」
「ごほっごほっ! うっ、持病が。神よ、姫様の結婚式までは……!」
「姫様がお嫁ぎになれば、安心して死ねますじゃ!」
「ミルグレッタ様だけでも……せめて……!」
 一斉に泣き落としにかかる。

 ミグは、今でも老臣達の忠誠を疑わない。
 領地も爵位も官位も意味のないものになったが、彼女が民を裏切らないように、ここにきて彼らが裏切るはずもない。

「領民の生活の為に」と強いられれば、旅も終わる。
 自分を慕うユークには申し訳ないけれどと、覚悟していた。
 しかし、身の安全が理由ならば断れる。

『さて、何と言って……』と、ミグは視線を巡らせる。
『なにやってるの! 出番ですよ!』と、ラクレアもユークを見る。

 ユークは二人の視線に気付くと、すっと天井を見上げて逃げた。
『役立たず!!』と、ミグとラクレアの意見が揃う。

 二人の視線に、執事長が気付いた。
 姫様の隣に座る若い男。
 恐ろしい可能性を排除する為に、あえて無視してきたのだが、ユークの腰の物に視線が止まる。

「そこな若者よ。そなたの持つ剣を見せていただけぬか?」
「これですか?」
 旅用にと、鞘には布が巻き付けてある。

 それでも細工を尽くした柄は隠せない。
 ユークは剣を持ち上げると、少しだけ抜いて刃を見せた。

「あっ! 馬鹿ドゥラク!」
「その剣は!!?」
 ミグと執事長の声が揃う。

「ミルグレッタ様、これは王家の宝剣でございます。なにゆえこの御仁が扱えるのですか?」
 執事長は泣き真似を止めて、かつていたずらをしたミグを叱った時と同じく、静かに威厳正しく王女を問い詰める。
 二度、三度、ミグは視線を泳がせてから、観念した。

「あー、えーと。あげちゃった」
 それを聞いた儀典院長官が、椅子ごとひっくり返った。
 執事長は、倒れそうな体を机で支え、気丈にも質問を続けた。

「あげた、とは貸したのですか? まさか」
「うん。もう王家との契約も切っちゃった」
 侍従長も倒れた。

 王家に伝わる数ある秘宝の一つではない。
 家祖が振るい竜を倒し、国を切り開いた王権の象徴。
 即位式では必ず王が帯びる、王冠と並ぶコルキス家の至宝。

「それを、何処の馬の骨とも知れぬ若者にくれてやったですと……」
 執事長はぎりぎりの所で耐えた。

 ユークは、『馬の骨』と言われても、まあその通りとしか思わなかった。
 もっと激怒される事もミグにしていたので黙っている。

「失礼ね。ユークは……まあ普通の田舎者だけれど、わたしの命を救ったのよ。剣の一本くらい良いじゃない」
 代わりにミグが言い返す。

 瀕死の宰相が、ユークに商談を持ちかけた。
「そ、それは幾重にも感謝致します。本来なら口出しすべきことではございませぬが、何卒、プロメテウスの剣はお返し頂けませんか。謝礼なら千金万金でも、お望みのままに!」

 執事長も付け加える。
「その剣は秘めた力があります。失礼ながら、王家直系以外では到底扱えぬかと」

 ユークは、この剣は絶対に手放したくなかった。
 自分が生き延びてきたのもカウカソスのお陰だし、最近は僅かだが剣も応えてくれる。
 だが、それを言ったとこで老人たちが信用してくれるだろうか。
 それと、ミグに振り回される忠臣の姿にはいたく同情していた。

「別に、お礼なんていりません。ミグが、王女が直接くれたものですから、彼女が返せと言うなら……」
 歯切れの悪い返答だったが、前の持ち主はまずまず満足した。

「それに、ユークは兄さま程ではないけど、剣の力を引き出せるもの!」
 自慢げに告げた王女の言葉に、宰相も執事長も驚きを隠さない。
 好機を掴んだミグは、最後の追い打ちをかける。

 自分の下腹に手をあてて、恥ずかしそうに宣言した。
「わたしのお腹には、ユークとの子供がいるの!」

 老臣達は、全員倒れ込んだ。
 余りの軽薄な嘘に、黙って聞いていたノンダスも頭を抱える。
 ラクレアは笑いを堪え、ユークは青くなった。

「さ、行きましょ」
「行きましょって、駄目ですよ。放っておくんですか?」
「共の者に任せれば良いから。あとでまた手紙を書くわ」

 その場を乗り切る嘘にしてはたちが悪いが、アトラス山脈へ向かえば追って来れないのも事実。
 精神的衝撃から立ち直れない五人の老人を残し、三人も渋々といった感じでミグに続く。

 冒険者ギルドから路上に出たところで、ユークがミグを諭す。
「やっぱり駄目だよ、さっきのは。せめてきちんと納得してもらってさ」
「そうは言っても……どーせ聞かないわよ。頭、固いんだから」

 ここでユークは、やっと本音を言った。
「ミグ。俺はミグと一緒に旅をしたい。だから、せっかく追いかけて来た爺さんたちを嘘ではぐらかさなくも良い。俺が、旅に必要な仲間だと説明する」

 金色の瞳を真っ直ぐ見つめ、ユークは言い切った。
「いいね?」と確認すると、小さく「うん……」とだけ返事が帰ってきた。

『ユークさま、九十五点!』とラクレアが採点し、ノンダスも頷く。
 ギルドへ踵を返そうとしたユークの前で、扉が開く。

 出てきたのは一人の女性。
 邪魔にならぬように束ねた髪と、黒の長衣に白い前掛け。
 この世界でも共通の侍女の制服。

 その女性は、呆れたようにため息を一つ付くと、ミグを見ながらいった。
「ミルグレッタ様にも困ったものです。少しお仕置きして差し上げます」
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