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四章

御前会議

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「ちょっと部屋を借りるわね。あと、お茶を人数分もらえるかしら」
 ノンダスが、銀貨を冒険者ギルドの職員に渡す。
 
 先程出ていった四人組のパーティが、十数名になって戻ってきたが、冒険者ギルドではよくあること。
 パーティ同士の協力や人数集めに、常に部屋を貸し出している。

「ここで話しましょう。さあどうぞ」
 ミグを探しに来ていた老人は全部で五名、お供が四名。

「わざわざ申し訳ないですな」と、老人たちはノンダスに礼を言って席に着く。
 五人の老人が、久しぶりに会う孫を見る目でミグを確認する。
 怪我もなく、健康そうで、少し背が伸びた王女を見て、二人ほどが目頭を覆う。
 その対面にユーク達が座り、お付きの者は外で待つ。

「あー、そうね。うん、自己紹介ね」
 唯一、全員をよく知るミグがそれぞれの正体を明かした。

「こっちが宰相。こっちが侍従長で宮務主管に儀典院長官と、執事長のじいや。まあ全員『元』だけどね」

 全員がコルキス王国の貴族。
 そのまま大きな式典――王族の結婚式でも――を催せそうな高官ばかり。

 代々に渡って短くとも五百年は仕え、能力はともかく忠誠だけは比類がない。
 平時なら宮中会議の上から十番目までに座る面々が、大きく目を見開いた。

「姫様! なんという品のない!」
「そのような喋り方をどこで!」
「やはり、旅になど出すのではなかった……」
 全員が一斉に泣き崩れる。

『面倒くさいわねー』といった顔をしながらも、ミグは昔を思い出しながら聞いた。

「まあ、それは置いておいて。どうしたの? 国元は?」
 コルキス王国は、首都を中心に大きく分断された。
 残った四分の一ほどの土地に、半分の人々が集まってぎりぎりの生活を送っている。
 残りの半分は、国を捨てるか死んだ。

 元宰相が代表して答える。
「そちらは若く有能な者共に任せております。姫様は御案じなされませぬよう」

 混乱の世で、老いた官僚に出来ることは少ない。
 彼らは、国を若者に任せ、最後の奉公のために老体に鞭打って旅に出た。

「恐れながら、アレクシス様が逝去と聞き、我ら最後の願いをミルグレッタ様にお伝えしたく、こうして追って参りました」

 ミグには、想像が付いた。『国元に帰れ』と言うのだろうと。
 もう王族は残り少ない。
 年寄りが数名いるだけで、王家の”加護”を継ぐのはミグだけだった。

 父も戦死して、玉座は空位。
 それでもアレクシス王子が生きていれば、それで良かった。
 若くそして強いアレクシスは、コルキスの民の最後の希望であった。

「わたしは戻らないわよ。まだ」
 そう言い切る決心がミグにもある。
 今のコルキスに、役立たずの王家を養う余裕はない。
 いっそ、何処か遠くでのたれ死んだ方がましだと思っていた。

 だが、老官達の思いは違う。
『ミルグレッタ様だけでも生きてて欲しい』
 国と王家とが、一体不可分の時代を生きた臣下の願い。
 そして宰相の提案は、ミグの予想からさらに一歩進んでいた。

「いえ。ミルグレッタ様には、他国へ輿入れして頂きたく。既に幾つかの王家、貴家に内々に申し入れてございます。良き返事が期待出来るかと存じますれば」

 五人の老人はじっと姫を見据え、王女は息を飲む。
 ミグは、隣に座るユークの反応が気になったが、怖くて見れなかった。
 少しの間、黙って家臣達を見つめてから口を開いた。

「国も持参金もない、今のわたしを貰ってくれるとこがあって?」

 じいや、執事といっても奥向きを取り仕切る宮中の最高責任者が、代わって答える。

「失礼ながら、姫様は麗しゅうございます。それはもう亡き母上様に良く似て……」
 ここで執事は一度涙をぬぐい、懐から水晶球を取り出した。

「姫様のお姿を、魔術師どもが模した物でございます。これを拝見なさった若君の皆さまが、是非とも伴侶にしたいと仰せでございます」

 水晶球から光の全身像があらわれる。
 前で手を組み、黙ったまま微笑むミグの姿は、それはそれは穏やかで美しい王女にみえた。

「あら、綺麗!」
 思わずラクレアも口に出すほどだった。

「い、何時の間にこんなものを……」
 うろたえるミグの隣で、ユークがぼそっとこぼす。
「……だいぶ盛ってるな、これ」

 許されぬ一言を耳にした穏やかで美しいはずの王女は、その御足を振り上げ、隣の少年を椅子ごと蹴り飛ばす。

「るっさいわね! 殴るわよ!」
 王国の重鎮達は、今起きたことが信じられず、床に転がった少年と目の前の王女を目を丸くして眺めていた。

「あら、ごめんあそばせ」
 宮殿で作っていた微笑を思い出し、ミグがはだけたスカートをさっと直す。

「もう……蹴ったじゃないか……」
 不平をいうユークなど一顧だにしない。
 止まった空気を動かすためとユークへの罰のため、ミグは一つの質問をした。

「わたしが嫁にいけば、コルキスに援助してくれるの? それなら考えても良いわ」
 だが、宰相以下五人の時は止まったままだった。
 御前会議はまだ続く。
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