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三章

我が逃走

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 魔物の五列目と六列目は、古代の神像が吹き飛ばした。

「あー、あったわ」
 ノンダスが副官から貰った説明書きに、|人面獅子像《スフィンクス)砲の説明もあった。

「なになに。『太陽ラーの光を一時にまとめて吐き出す。充填に十年はかかるので、二発目はありません』ですって」
 疑うとこなき、最終兵器だった。

「大将、敵の7列目が来る。その後ろに8波から、う~ん、11波までかな。敵さん、今日で決めるつもりらしい」
 遠目の冒険者が、あえて気楽な口調で告げる。

 巨人に見えたのは、サイクロプス。
 主力の一つ目とは別に、虫型の魔物が要塞の周囲を埋め尽くす。

「これは、ちょっと、きついわね……」
 ノンダスは、東へ伸びる防衛線を見ながら、次に起こることを予想していた。

「大将! 本部から連絡だ!」
 二日目の夕刻、マハルバル率いるイリフーキア国軍は、撤退を決めた。
 副官が、冒険者らにも事前に通告してくれた。

「死傷が四割。継戦困難。宵闇にまぎれて後退す。我らはパドルメに籠もる。諸君らは自由に決められたし。勇戦、奮戦に感謝する」とだけ送ってくる。

「端的で分かりやすい。やっぱり出来るオトコは違うわねえ」
 場を和ませる為に軽口を叩くが、ノンダスにとってこれは想像より早い。

『五日目、援軍まで持ち堪えるのは、無理そうね』
 冒険者たちも、進退を考える時が来ていた。

 兵士が守る八つの要塞の放棄が決まる、既に三つは落ちていたが。
 冒険者の五つは健在だった。
 だが、まともに跳ね返しているのは、ユーク達の守る西の端だけになった。

「ノンダス、どうする?」と聞くユークにも、疲れが見える。
 ユークに一番隊を任せるとノンダスが発表した時、他の冒険者から『ざわっ』と、どよめきが起きた。
 あきらかに若い、事実、最年少がミグで次がユークだった。

 経験が実力に比例するのが常識で、ノンダスを指揮官に選んだ理由はそれ。
 苦情こそ出なかったが、冒険者たちに疑問は残っていた。

 だがこの二日間の戦いで、ユークは役割を果たす。
 キマイラもサイクロプスも、この少年が倒した数が一番多い。

「ちょっと待っててね」
 エース級の活躍をした若き仲間を制し、ノンダスは隣の指揮官と合図を送り合う。
 五人の指揮官の意見が合致した。

「みんな、一度中に引いて! 合流するわよ!」
 もう五つ同時には守れない。
 闇夜を退却するより、一箇所にとどまることを、冒険者は選択した。

 その決断と同刻、イリフーキア国軍が最後の持ち札を切った。
 角笛の音と共に、後方に置いていたラクダ騎兵が前線に出る。

「あ、ラクダ」
「撤退支援か」
 幾人かの冒険者も気付く。

 ラクダは馬よりも大きい、四百騎の迫力は相当なもの。
 存分に弓を撃ち込んでから、槍を片手にラクダ騎兵の突撃が始まった。
 一列、二列と魔物を突破し、東から西へ大きく回り込む。

「ありがたいことね。こちらの援護もしてくれるとは。さあ、今よ! みんな急いで!」
 もう一度ノンダスが命令を伝えた。

 一旦要塞内に引いた冒険者たちは、持てる物を持ち、捨てる物は捨てる。

「すまない。本当にすまん」
 もう動けない怪我人も、見捨てない。
「気にしないで。大丈夫よ」
 足を失った仲間を、ラクレアが抱え上げてアルゴに乗せる。
 重傷者だけでも十人を超え、もう無傷の方が少ない。

 ノンダスには大事な役割があった。
「ごめんなさいね。あとで必ず迎えにくるからね」

 四人の遺体を、最深部の部屋に置き、石の戸を落とす。
 ここまでの戦死者は五人、一人はキマイラに連れさられ死体もない。

「寂しいけど、少し待っててね」
「後で、故郷に送ってやるからな」
 彼らの仲間が、思い思いに別れを告げる。

「さあ行くわよ。先頭はユーク、中に怪我人、殿しんがりはあたしがやるわ。二つ先の三角要塞ピラミッドまで、落脱者は許さないわよ!」

 この戦いも、撤退戦になった。
 軽い足取りでミグがユークの隣に立ち、変わらぬ笑顔で話しかける。
「ねえ、これで何度目かしら? 二人で逃げるの」

「そうだなぁ。魔王城、トゥルスの王宮、クラーケンは……逃げずに済んだかな。危なかったけど。あとポイニクスに、これで四度目だ」

「ほんとに、あんたといると命が幾つあっても足らないわね」
「それはこっちの台詞だよ」
 これから先頭で討って出る二人の呑気な会話に、続く冒険者たちの頬も緩む。

「今回は、大勢で生き延びましょうね」
 ミグは、魔王城のことを思い出していた。

「うん。あの時とは違う。行くぞ、俺に続け!」
 ユークの号令で、隊列が動き出す。
 もうユークが先陣を切ることに、異論を挟む者はいない。

「やるぞー!」と、後ろからも声がした。
 幾つかの仕掛けを起動させると、東の斜面に階段が出現する。
 北南西の三面からは、油が吹き出し、火が付いた。

「ほんとに凄い要塞だったな。ありがとよ」
 誰かが高い天井に向かって礼をいった。

 炎をあげる要塞を背に、階段を駆け下りる。
 怪我人が追いつくのを待って、ユークとミグ、精鋭達が退路を開く。

 奮闘を重ねていたが、ラクダ騎兵の奔流は既に薄い。
 負傷者や遺体を引き上げたものが半数以上になっていた。
 ここが限界と、ラクダ騎兵も後退し、退却中の兵士に合流を試みる。

 五つあった冒険者の要塞、その内の四つは放棄され、中央の一つを各隊が目指す。
 一つの距離はおよそ三百メートル、普段なら十分とかからぬ距離を、怪我人を背負い、魔物に追われながら進むのだった。
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