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三章

人類の防衛線

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 イリフーキアの役人がやってきて、一行――ユーク達四人と冒険者九人と馬一頭――を、案内する。
 南国らしく、おしゃべりな役人だった。

「ようこそイリフーキアへ。本来であれば、北の皆々様が寒さを避けていらっしゃる時期なのですが、今年は何を思ったのか魔物の群れがやってきまして。それも、尋常な数ではありません。何やら異常な事が起きてるのではともっぱらの噂で……おっと。申し遅れました。私、ご案内を務めますサファドと申します。元は観光局の者ですが、このような事態で……」

「待って、待ってちょうだい。何があったか、分かりやすく、短くお願い」
 流石のノンダスもこれには参った。
 
 では、と前置きして、サファドはここ十日程の出来事を語り始めた。
 それをまとめると。

 砂漠の魔物――当然、大きく強い――が、集団行動を取り始めた。
 メガラニカ諸国へと、一斉に北上し始めたのが七日前。
 既に境界線は突破され、ここから歩きで三日の距離まで来ている。
 相当数は討ち取ったが、守り手も限界が近い。

「ですので、皆さまのような勇士の到着を、今か今かと待ち望んでいた次第です」
 サファドは、これで一旦は口を閉じた。

 長い話を聞く間に、一行が連れていかれたのは、運河の船乗場。
 またサファドが口を開く。

「これで要塞までお運びします。今は前線に運ぶ人と物が最優先でして、漕ぎても交替しながら、一晩で到着いたします。運河ですので、船中ではゆっくり眠れるかと存じます。もちろん、お食事もご用意しております。あとは諸々の契約の案内も中で」

 何にせよ、切羽詰まってるというのは、ユークにも分かった。

 喫水の浅い川船だが、かなり広い。
 ユーク達以外にも、雇い入れられた冒険者や傭兵が多数居た。

 乗り込むと、ユークの想像よりも安定していた。
 帆船の方がずっと揺れる。

「あーあ。これで待ってるのが魔物退治でなければ、優雅な川下りなのにね」
 緊張感もなく、ミグがぼやく。
 余程の相手でなければ遅れを取ることはない、ミグはそう確信していた。

 百名以上の義勇兵を乗せて、数隻の船が運河を滑る。
『こりゃ楽だ。戦う前に、疲れなくて良い』
 ユーク達は体力温存、寝ることにした。

 翌朝、船ではしっかりと朝食が出た。
 温め直したスープに干し肉といったものだが、戦うに十分な食料を準備するだけの余裕が、まだあった。

 そのあたりから、船内の冒険者の間で、主導権争いが始まった。

「おれはダキアの生まれだが、東へ足を伸ばして魔物と戦ったことがある」
「グラフォスの戦士団に居た。期待してもらって良い」
「ボクはエトナの領主の息子でね。ま、三男坊だが、貴族として戦いの何たるかは学んでるつもりだ」
「俺はツガイの森から来た、ユークっていうんだ」

「どこだよ!?」
 男達の声が一斉に揃うが、これは致し方ない。
 ユークの故郷は、同じ地方のミグでさえ知らなかった程の、辺境のど田舎。

「坊主、心意気は買うがなあ……今回はやばいぞ?」
「正規軍が2個軍団分は、壊滅したって聞くしな」
「何処だよ、その森」

 散々に囃し立てるが、ここの男達の口ぶりは優しかった。
 だが、堪えきれなかった者も居る。

「おいおい、兄貴のことを舐めてもらっちゃ困るぜ?」
 ユークに付いてきた冒険者達と。

「はん! 大したことないじゃないの。わたしは、コルキスおう……」
 参戦しようとしたミグと冒険者の口を、ノンダスが塞いだ。

「失礼。あたしは、ノンダスっていうの。テーバイの生まれで、神聖隊に十五年。そこの隊長を勤めたあとに、戦術と戦技の教官をやってたわ」
 口調はともかく、堂々たる体躯と軍歴は本物だった。

 男達が一斉にざわめいて、静かになり、ノンダスが続けないので一人が代表して聞いた。

「あんた程の戦士が、何故冒険者で? いや、傭兵の大隊を率いててもおかしくないだろ」

「今は、この子達の旅の仲間ね。リーダーは、そこのユークよ。名乗ったのは、皆も分かってると思うけど、秩序立てて戦う必要がありそうだからね」

 ほーとか、なるほどと言った声の後に、周囲で静観していた冒険者達も、会話に混ざりだした。

「なあ、ノンダスさんよ。やはり集団戦になるのか?」
「要塞で防衛と聞いたが、その経験はあるかい?」
「何処に組み込まれるか知ってないか? 軍の下に付くのは嫌だぜ」

 それぞれが持つ地図を持ち寄り、臨時の作戦会議が始まった。
 すっかり弾き出されたユークとミグだったが、先程の冒険者が話しかけてきた。

「坊主、さっきは坊主って言って悪かったな。あれだけの戦士が付いてるんだ、あんたもそれなりのモノなんだろう。よろしく頼むぜ、ユーク」
 何となく釈然としなかったが、ユークも無難に応じた。

 ノンダスは、イリフーキア国の軍隊が押し負けた事で、強く警戒していた。
 ユークは、知らない国の軍なんて信用していない。

 どちらが正しいかは、明日になれば分かる。


「見えたぞー、あそこが防衛線だー」
 船頭が大声で報せ、皆が一斉にその声の先を見る。

 小さな三角が、乾いた大地から突き出していた。
 船が進む度にそれがどんどんと高くなる。

「あれが有名な、メガラニカ大陸の 三角要塞ピラミッドか……」
 誰かが大きな声で呟いた。

「へー、あれが」
 ミグもラクレアも、一般教養として知っていた。
「変な形だな」
 ユークは初耳だった。

 高さはまちまちだが、大きなものは百メートルを超える。
 岩石造りの四角錐で、下部は魔物が登れぬよう滑らかに、上部は足場を備え、内部は水や食料を蓄える。

 大型の魔物に特化した、要塞。
 これが見る限りでも十数基が東西に連なり、人の領域を守る防衛線を作っていた。

「もう直ぐ着くぞー!」
 再び船頭の声がして、冒険者たちは黙ってそれぞれの武器を確かめた。
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