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三章
おんせん!
しおりを挟むテーラ王女の邸宅には、温泉がある。
当然、皆で疲れを癒やすことになった。
女性陣は、一段高いところに掘られた広い湯殿へ。
ユークとノンダスは、そこから見下ろせる小さい湯に通された。
エンリオは、一目テーラと会えたあと、追い出された。
客人と家臣の扱いが違うのは、当たり前の世の中だ。
ユークは、見上げる位置にある女湯が気になって仕方がない。
漏れてくるはしゃぎ声に、反応しそうになる。
「まあまあ。そんな恨めしそうに見なくても。男だけで楽しみましょ」
ノンダスは満足そうだった。
二人は互いに背中を流し、体に残る傷を自慢し合った。
ユークの腕は、治ったとはいえ、日焼けした他の部分とは色が違う。
「不思議なものねぇ」
ノンダスがその腕をしげしげと見る。
「やっぱり、あの肉のせいかなあ。これからも、傷が治るのかな?」
「わからないわね。けど、一晩はかかったのでしょ? 試しに自分で切ったりしちゃ駄目よ」
『やってみようか』と、考えていたところに釘をさされたユークは、顔まで湯に浸かり見えない女湯を見上げる。
その目の先に、ラクレアが現れた。
茶色の髪を濡らせたラクレアは、人懐っこい笑顔を浮かべて手を振ると、「ほれっ」と言って立ち上がった。
小さなおへそに引き締まった腹筋、それに二つ連なる大山脈がそびえ立つ。
ラクレアは怪力だが、筋骨隆々というわけではない。
逞しいが、女性らしい丸みをしっかりと残している。
「まあ、はしたない」
ノンダスは特に興味はない。
「ちょっと! 何してるの!!」
奥の方でミグが騒ぐ声が、ユークにも聞こえた。
「あら、なんですの?」
テーラ王女まで出てきて、身分柄か恥じる様子もなく手を振る。
四つ並んだ丘陵地帯を眺めながら、『生きてて良かった』と、ユークは心の底から神に感謝した。
元王女で、今は一般人の感覚も備えたミグは、全力で二人を引き戻す。
「二人とも、軽々しく裸を見せるなんて!」
怒りも心頭だ。
「まあまあ。ミグさまも、散々見られてるでしょう?」
「見られるのと、見せるのは違うわよ!」
「なら、見られてみますか」
ラクレアが子猫でも抱き上げるかのように、簡単にミグを持ち上げる。
今の彼女の力は、その五倍だって担げるだろう。
「きゃあ! やめて! それだけは、舌を噛むわよ!」
細い足を必死でバタつかせて抵抗しても、ラクレアはびくともしない。
一段と騒がしくなった女湯を尻目に、ノンダスは風呂を上がる。
何種類かの地酒が、彼を待っていた。
「ボクは……もう少し……」
ユークは粘ることに決めた。
湯を蹴散らしながら暴れた後、三人の少女は、また肩まで浸かって温まる。
テーラ王女が改めて礼を述べた。
「大怪我までされたようで、ありがとうございました。それに、ミグさまの御髪まで」
焦げが入ったミグの髪は、テーラの侍女が総掛かりで綺麗に揃えていた。
「まあ終わり良ければよ。思ったより強敵で、尾羽根なんて取れなかったけどね。足でも良かったの?」
「さあ……先例がないので分かりませんが、悪くはならないでしょう。それに、私が受け継ぐ加護はこの国に必須なので、お父様だって話を聞いて下さるはずです」
王家や大貴族ともなると、祖先が優れていただけでなく、その力を代々継承する事も多い。
「ふーん。どんな力なの? それとも秘密?」
「いえ、お祭りの時には披露してますわ。今、ちょっとやってみますわね」
テーラ王女は、全裸で立ち上がると、手の振りを付けて歌い始めた。
ミグとラクレア、離れた湯殿で次の幸運を待つユークにも分からない言葉だったが、歌声は朗々と響き渡り天へ吸い込まれる。
「素敵……」と、ラクレアが呟く。
数小節を歌い上げると、青一色だった空が曇る。
それから、小雨が降り始めた。
「これくらいにしておきましょう。今は、水も足りてますから」
「凄い……凄いじゃないの! これだけ役に立つ力は、王家でも珍しいわ」
ミグの称賛に、テーラは素直に礼を言った。
「わたくしの祖先は、雨呼びの巫女ですの。ご先祖は分かりませんが、今でもこの島になら雨を呼べるんです。そういう約束を神と結んだのでしょうね。ですから、いざとなったら『歌わないわ』と、お父様を脅す予定ですの!」
この国の王女もたくましい。
雨で冷える前に、三人は温泉を出た。
最後に、静かになった女湯を確認して、ユークも諦めた。
翌日、南の大陸へと出港する。
テーラは見送りには来れなかったが、大きな木箱に詰まった果実を届けてくれた。
エンリオは、別れを告げに桟橋まできた。
「お世話になりました」と。
綱も解き終わった段階で、船を呼び止める集団があった。
「おーい、兄貴! 待ってくれ、ついでに乗せてくれ!」
帰り路で待ち伏せしていた、冒険者の一団。
船長が応対する。
「なんだぁお前ら。この船はテーバイの商船団御用達だ、他を当たりな」
冒険者もめげない。
「南へ行くんだろ? あっちで魔物の大群が出たそうだ。一稼ぎしに行くから、乗っけてくれよ!」
船長がノンダスを見て、ノンダスはユークを見た。
「詳しく聞きたい。乗せてやれませんか?」
ユークの言葉で、船長はもう一度”はしけ”を降ろした。
「ありがとよ、兄貴。どーせ行くなら強い人と行かないとな」
いきなり九人も増えたが、元々荷が少ない。
船は変わりなく帆を広げ、南へ走り出した。
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