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三章

火の鳥の倒し方

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 火の鳥は、魔物ではない。
 分類するとなると、土地神が最も近い。

 活火山を一つ占拠する代わりに、山の力を吸い上げ、破局的な噴火を抑制する。
 ポイニクスが住みつかなければ、このトリーニ島は、とっくに大噴火で海に沈んでいた。

 攻撃的ではないが、優しくもない。
 人に手加減もしないが、好物はバジリスクだ。
 そして今はとある理由で、侵入者に厳しかった。

「うわっ! こっちにきたっ!」
 ユークが逃げ回る。

 ポイニクスは、空中を歩くように蹴爪を繰り出す。
 馬でも握り潰せそうな鉤爪は、ラクレアならば受けれるが、ユークは避けるしかない。

「いい加減にしろ!」
 くるりと足元をすり抜けたユークが、ポイニクスの爪に剣を合わせた。
 カウカソスが勝ち、僅かだが爪を削り取る。

 遥か遠い東、別の文化圏では不死の象徴とされる火の鳥は、思わぬ反撃に高度を取る。
 自慢の鉤爪に傷を付けられた火の鳥は、最も脅威になる目標を選んだ。
 密かに魔法に集中していたミグへと、狙いを定める。

「あ……目が、あった」
 ミスリルの篭手のお陰で、以前の倍以上の攻撃力を備えたミグも、身体能力では並み以下。
 ポイニクスの起こす烈風に煽られながら、よたよたと逃げ回る羽目になる。

 何とかラクレアの盾の影に潜り込んだものの、二人と三人に分断されてしまう。

「滅茶苦茶強いじゃないの……」
 火山のぬしは、ノンダスも驚く強さだった。

「ひ、引き付けてくれれば、僕が弓で!」
 エンリオが震える手で弓を構えるが、射ったところで当たるはずもない。

「もう一度地上に降りてきたら、今度は足でなく尻尾を狙う。尾羽根が落ちたら、近い人が拾って、全力で逃げる!」

 ユークが再度作戦を立てる。

「まあ、それが無難ね。怪我人が出る前に、終わらせないとね」
 一撃離脱に同意したノンダスだが、まだ火の鳥を侮っていた。

 ミグとラクレアを見据えながら空中に静止した火の鳥が、その名前の由来を証してみせた。

 気付いたのはミグだけ。
 足元から、凄まじい量のマナが吹き出してくる。

「まずい! ラクレア、逃げて!」
 重装備のラクレアを思い切り蹴飛ばして、自身も反対側に飛ぶ。

 火の鳥は、二人の足元を目掛けて、大地の底から熱と炎を呼び出した。
 下から上へ流れる火炎の滝が、ミグを包み込む。
 火口の外から見れば、噴火したのかと勘違いする勢いだった。

 ミグは、炎の中でまだ生きていた。
 持ち前の高い魔法防御で隙間を作り、壁をすり抜けてくる熱波を操って逃がす。

 だが、何処へ逃げてもポイニクスの魔法は追ってくる。
 髪の先や衣服が少しずつ焼け焦げ、煙が防御壁の中に貯まり始めた。

『このままだと息が、出来ない!』
 外から空気は呼べない。
 体に合わせて僅かにまとった大気は、急速に純度を下げ、目も開けていられない。

『何時死ぬか分からない』と、覚悟を決めたつもりだったが、やはり死の恐怖は襲ってきた。
 失われた故郷の風景と、散々に甘やかしてくれた両親と廷臣、そして先に逝った兄と仲間達。

 最後に、今の仲間の顔が浮かぶ。
 もう、魔法防御は切れかかっていた。

『ごめん……こんなことなら、あの夜ユークに……』
 煙の染みた目を強く閉じ、そこに浮かんだ少年の顔を見て、これで――笑顔で死ねる――と。

 紅蓮の炎をに飲み込まれたミグの居場所を、ユークは把握していた。

 ユークはこれまで、プロメテウスの剣に頼り切りだった。
 生まれた山から『カウカソス』と名付けられた宝剣は、持ち主に大きな力を与え、振るう度に数倍の攻撃に変える。

 だが、ユークは初めて、カウカソス本体の力を必要としていた。

「お前の、前のご主人さまが危ないんだ」
 剣に語りかけ、しっかりと正面に構える。

「お前の名前、カウカソスだっけ。俺の部族も、その山のことは知ってる。クロ―カシスって呼んでるよ、白い雪って意味だ」

 大きく息を吸い込んで、ノンダスが止めるのも聞かずに、ユークは全力で駆けた。
 右目が、徐々に弱るミグの数値を捉えていた。

 何処に飛び込めば彼女が居るか、ユークだけは分かる。
『最悪でも、真っ直ぐいって突き飛ばす!』

 無謀な――死にに向かう――新しい主人に、神話の剣がどう思ったのか知る術はない。
 しかし、使い手としては未熟過ぎる主に、剣は少しだけ本来の力を出した。


 うっすらと開いたミグの目に映ったのは、見慣れた王家の剣が、炎を切り裂く姿だった。
 そして、割れた炎の間をユークが走ってくるのが見えた。

 ミグを抱えたユークが、片手で剣を振り上げると、また火炎に道ができる。
 今度はそっちへ走った。

 ドサッと、二人が倒れ込む。
 もう熱波は来ない。
 下敷きになったミグが見上げると、ススで汚れたユークの顔は、彼の髪と同じように真っ黒だった。

馬鹿ドゥラク……無理しちゃって』と言いたかったが、喉がやられて声にならない。

 信じられないモノ――自らより遥かに上の神格――を感じ取ったポイニクスが、大きく動揺する。
 その隙を付いて、鋼鉄の矢じりがポイニクスの右足を貫いた。

「やった! やった、やりましたよ!」
 エンリオが右手を突き上げる。
 鉄で作った矢には、鉄糸を練り込んだ縄が付いていた。
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