シンデレラと豚足

阿佐美まゆら

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幼馴染と月《月ヶ瀬視点》【過去編】

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「ちょっとーー!!修!!待てよ!」


空港で、親友の絶叫が聞こえた。


美玖にアメリカに行くと告げた次の日。
俺の交友関係には昨日メールでアメリカに行く事と日本を発つ時間は伝えてあったが、忙しい中見送りする人が来てくれるとは思わなかった。

俺はゲートに向かう足を止めて、ゆっくりと振り返る。


「弘樹か」


真中弘樹は俺とは家が近いことで仲良くなった幼馴染だ。
奴とは違う病院に研修医として入っていたので事の経緯は知らない。
あまりに突然の事で彼も驚いたのだろう。
息急き切って駆け寄る真中の表情は眉をしかめて険しい表情をしている。


「おい!いくらなんでも急すぎるだろ!何でまた突然アメリカに行くなんて言い出したんだ!!」

「色々あってな。自分の技量のなさを痛感したから武者修行に行ってくる。自分が納得出来るまでは帰らないから何年になるかわからん。全て考えた結果だ」

「武者修行って、日本でもできるだろ!見知らぬ土地でツテはあるのか?」

「アメリカには俺の祖母がいる。前々からあっちで雇ってやると打診があったから行くだけだ」


打診があったのは本当だ。祖母は何かにつけて俺をアメリカに呼びたがっていた。
祖母の孫は俺だけだから、きっと会いたいのもあるのだろう。
俺からしたらその話は渡りに船だった。物理的に距離を置くなら国外の方がいい。


「…お前に何があったのかわからないけど、そんな思い詰めた顔してるお前をそのままアメリカに行かせられるか!お前の事だからきっと何でも抱え込もうとしてるんだろうが、そんなの自己満だ。心配してるんだ、悩んでる事全て吐いちまえ!」


長年友達をしている真中には全てお見通しらしい。
今の今までこいつには嘘はついたことがないし、自分も嘘は嫌いだ。
真中には正直に打ち明ける事にした。


「…弘樹はいつもそうだな」

「それが親友、だろ?」


歯を見せて笑う奴は小学生の頃から変わらない。
変わらないものはそれだけで、いつの間にか変わったものは山ほどあった。
俺たちはもう大人で、それぞれ世の中を知るべく変わっていくのだろう。
俺が変わったのなら、それは彼女のためだ。


「…すべては、惚れた奴のため。俺は彼女に人生を捧げる事にした」


真中の目を見てそう告げる。
奴の顔は見る見るうちに険しい顔から目を皿のようにして驚愕の色が浮かぶ。


「…は?いつ!?誰に!お前が人を好きになったなんて初耳だぞ!俺の知ってる奴!?って言うか、お前人間好きになれたんだな!」

「相変わらず失礼な奴だな。確かにこんな感情は初めてだ。一昨日初めて会って、昨日好きになった。弘樹は知らない人間だ。俺も話した事はない」


自分でも馬鹿な事を言っていると思っている。
だが、俺は至って真剣だ。


「何だよそれー!ますます気になるー!話した事ないって、何で!」

「俺が執刀した。今はICUに入っているからな。喋りたくても喋れない」

「それってお前…まさか患者!?てか、それは同情とかなんじゃ…」

「同情なんかでこんな思い切った事はしない。彼女は大切にしたいと純粋に思っている。俺の恩師の娘さんだ。まだ14だったか…」

「じゅっ…14!?うわぁ、それって何だか犯罪くさい…」

「まだ手は出してないぞ」

「当たり前だって!俺も親友が警察に捕まるなんて願い下げだ。でも何で近くにいてあげないんだ?好きだったら側に居たいだろう?」


人それぞれ愛の形はある。
俺の愛の形は普通には理解されないだろう。
離れる事も時には必要なんだ。


「それだけは出来ない。俺は彼女の父親をみすみす見殺しにしたんだからな…」


壱久の顔が脳裏に浮かんだ。
きっとあの人なら治療を拒否した自らの責任だと笑って許してくれるのだろう。
医師は患者が拒否すればそれ以上踏み込めないことを理解して、壱久はあえて検査を全力で拒否した。



だが、許しとか許されないとか、俺はそんなものは望んでいない。




俺が望むのはただ一つ。





あの子の幸せ、ただそれだけだ。






「それが今回の渡米に繋がるわけね。見殺しにしたって言っても、お前の病院の近くででっかい事故があったから、きっとそれが原因で同時治療が出来なかっただけなんだろ?そんなん、日常茶飯事じゃん」


なかなかに鋭い指摘に、俺も頷く。
日常茶飯事と言えてしまうのは彼もまた医者だからだ。


「だが、患者にしてみれば亡くなった事が事実だ。元凶の俺が近くにいればきっと彼女も憎しみに囚われて周りが見えなくなる。世界はこんなにも綺麗なのに、それが見えないなんて不幸以外の何物でもないし、俺は彼女のそんな姿を見たくない」



言葉は、彼女の心を写し出す鏡だ。



感謝の言葉を述べる美玖の涙の色は今まで見た事もないくらいに透き通り、その心を写し出すかのように集めた光を反射してとても美しかった。




この世には、こんなにも綺麗なものがあったんだと感動すらした。




世界は美しい。
美しいと思う心は、俺の無機質な世界を恋という色で満たした。


それを思い出しながら俺は素直な気持ちを言葉に形成して発すると、その言葉に真中は更に驚いたようだ。


「お前の口から生きてるうちにそんな寒ーいキザな言葉が聞けるとは思ってなかったわ。でも自分一人で罪を抱えて、全部を背負い込みすぎなんだよ」

「それは何時もの事だ」

「わかってるよ。だけど、一つだけ約束してくれ。何かあったら絶対に人を頼れよ。それとあと一つ!お前も幸せになる事!」

「約束が二つになってるぞ」

「相変わらず細かいなー。約束しないなら俺、ここから一歩も動かないでお前の小さい頃の恥ずかしい事叫び続けてやるからな!」

「いや、それは…」

「だったら俺のいう事聞けよ!自分が幸せにならなきゃ、他人なんて幸せに出来ないんだぞ!!好きな人の幸せを願うんだったら、自分も幸せになるこった!!」


自分で言って反芻したのだろう。
真中は目を見開いて、自分でも驚いたような顔をしている。


「あれ?俺、今超いい事言ったんじゃない?」

「あぁ、たまにはいい事言うな。弘樹のくせに」

「いつも一言多いんだよ、修のくせに」


小さい頃からのやり取りを、こんなにも有り難く思わずにはいられなかった。
真中は対等に意見を言ってくれる、唯一の親友だ。
いつも良いアドバイスをくれる。


「お前のいう事は最もだ。そうだな…いい事を思いついた。10年経ったら帰ってくる。そして俺があいつを自分のものにして幸せにする。そうしたら俺も幸せだ」


一石二鳥の考えに思わず口角が上がる。
自分が幸せじゃないと人も幸せにできない。
だったら、二人まとめて幸せになればいい。


「おっし!それでこそ修だ!…でも何だか俺、余計な事言った気がしてきたぞ?まぁ、いっか。お前が元気になったならそれでいい、アメリカ行きを許してやる!」


得意げに真中は胸を張る。
別に真中に許可して貰わなくても自分はアメリカに発つつもりだったが、何故か真中が俺の保護者の様に振舞っている。
自分的には人の心配ばかりして自分の幸せそっちのけの真中に苦笑を禁じ得なかったが、奴は昔からそういう奴だった。



「お前に言われなくとも大丈夫だ」

「あっちに行ってもその調子でな!たまには連絡寄越せよー!」

「あぁ、必ずな」


俺は真中に背を向け、今度こそアメリカに発つためにゲートに再び歩き出した。

それを見送ったヘラヘラ笑う真中には、そのあと10年間に起こる事は予想できなかったに違いない。
自分が月ヶ瀬病院に勤務する事も、指導医として柴宮美玖に関与する事も…


すべてはあの日から、運命の歯車が動き出していたのだ。





全ての事柄は美玖のために。





それぞれの鼓動を描きながら進み出したんだ。











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