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第12話 うらやむ。
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鶏団子は、かみしめるとごまとネギの香りと共に鶏のうまみがあふれた。美味くはあるし肉が嫌いな訳ではない。ただ鍋ものの出汁を吸ってくたりとなった野菜のほうが好ましいと言うだけだ。
だがおかわりをすれば良い話なので箸を使い続けていると、いつもどおり娘がにこにこ話し始めた。
「静真さんにはまだお話してませんでしたね。久次は拝み屋? と言うのをやっていて術者さんの所に弟子入りしてもう働いているんですよー」
「ばっ姉貴! 何で話すんだよ!」
ちまちまと野菜をかじっていた久次が愕然と娘を見たが、娘はきょとんとした。
確かに、隠している様子はなかったが、こうもあっけらかんと明かすことでもない。
拝み屋と妖である静真は実体はともかく、狩るものと狩られる者の関係だ。
たかが人間ごときに天狗の妙技が破られることはないが、それでも妖と見れば絡んでくる頭の悪い輩はかなり居た。
術者にはなぜかやたらと静真にすり寄ってこようとする者も多く、静真も絡まれれば適宜排除するくらいには煩わしく思っている。
だから静真は顔には出さずとも久次と同じように驚いていたのだが、娘はただ顔をほころばせるだけだった。
「ええでも自慢したいじゃない? この間もお師匠さんにね『久次は筋が良い』ってメールで教えてもらったよ」
「いつの間に師匠と連絡取ってるんだよ!?」
「えへへ良いお師匠さんだねえ」
久次が絶句していれば、娘は静真に向けてにっこりと笑う。
「しかも私のためにお守りとか札とか届けてくれる良い子なんですよー。静真さんが褒めてらっしゃったこの家の結界もこの子が張ってくれてるんです」
「んぐっ」
奇妙な音をさせて久次は喉に物を詰まらせた。
この家に張ってある結界は徹底的に妖の目から娘の気配を覆い隠す物だった。よほど力がある妖でなければこの家に入れば娘を見つけられないだろう。
静真が偶然落ちたように絶対的な防護ではないがその若さでは充分だろう。
「所々荒いが、低霊力で発動させるための細かい術のくみ上げの執拗さには驚いたな。天狗はああはやらん」
「くっそ馬鹿にしやがって……じゃなくて! なんで天狗が姉貴の部屋に入り浸ってんだよ! 姉貴のお人好しにつけ込んで何かするつもりだったら容赦しねえからな!」
ぎりぎりと歯がみしながらも、久次が敵意丸出しでにらみつけてくるのに静真は何かに似ている気がしてゆるりと瞬いた。
静真が延々と相手をしている呪詛や怨念の塊から漂う瘴気や殺気、憎悪などに比べればたいしたことはない。けしてこの青年が弱い訳ではないが、静真を殺そうとするには意気が足りない。つまりはじゃれつかれているような気分だ。
「お前は人のくせに犬のようだな。きゃんきゃんとうるさい」
「んだとこら天狗だからって人間様をなめんじゃねえぞ!」
けんか腰でかみつくように言う久次はますます犬らしい。どちらかというと小型犬だろうか。胸に溜まった鬱憤を発散しようと、静真がふんと鼻を鳴らして応じようとすれば、娘がくすくすと笑い出した。
場違いなまでに明るく楽しげな声で娘は言った。
「さっきも言ったでしょ。静真さんはどんくさい私を心配してきてくれてるの。私も一人ご飯は寂しいし助かってるんだよ」
「姉貴、だからそれがうかつすぎるって言ってるだろうっ」
「別に心配などしていない」
「ほら本人もこう言ってるぞ!」
なぜお前が勝ち誇ると静真は呆れたが、娘は久次に向けてにっこりと笑った。
「久次は私のこと心配してくれたんだよね。ありがとう大好きよ!」
手が空いていればきっと抱きついて居たであろう満面の笑顔を向けられた久次はじんわりと顔を赤く染めて明らかにうろたえだした。
「ばっか姉貴そんなこっぱずかしいこと人前で言うんじゃねえよ!」
「ええでも私の弟がこんなに頼りになってかわいいんだもの。気持ちはきちんと伝えないと!」
「せめてかわいいはやめてくれよ! ばっか撫でんな!」
にこにことする娘が手を伸ばしてくるのを久次はよけるが、先ほどまでの勢いはない。
うろたえる久次と、楽しげな娘に、静真は体の奥がきしむようないらだちを覚えた。
ぎゅうと掴まれるような不愉快さと忌ま忌ましさがわき出すようで、静真は酷薄に笑っていた。
「は、女に褒められて喜ぶなんてな。脆弱な人間らしいなれ合いだ」
「なっ」
「そうだろう? 好意なんてもの、ただ弱いものがお互いをごまかし側に居る理由を付けるために錯覚するものだ。群れて寄りかからなければ生きていけん人間どもの戯れ言でしかない」
天狗は掟で情愛を戒めている。すべての天狗は一族を存続させるために行動し、ゆえに妖の中でも最上位に近い格を有しているのだ。
そうであれと言われ、静真もまた血のにじむような努力を重ね、天狗としての技術と性質を身につけた。だからこそ己は強い。人間などとは違うのだ。
久次が絶句し、激高しかけるのに静真はどこか安心しながら侮蔑の眼差しを向ければ、娘はきょとんとした。
「え、私、静真さんのことも好きですよ」
口にあふれていたはずの言葉が消えた。
ぐと、喉までせり上がってくる熱に動揺し結果的に黙り込む羽目になる。
静真が振り向けば、同じように久次も振り向いていた先で娘はのほほんと白菜をつまみながら小首をかしげる。
「じゃなきゃご飯を一緒に食べませんよう」
「姉貴いぃぃ……。なんでそういうことをあっさり言っちまうんだよ」
「言わなきゃ伝わらないでしょー」
それだけで、久次から発せられていた敵意が霧散して、静真は戸惑った。
すでに久次は仕方がないとでも言うように苦笑して、食事を再開している。
天狗であればあれほどの侮辱なら最低でも腕を一本取るまで収まらぬほどのもののはず。にもかかわらず娘は怒った様子もなく、もぐもぐと箸を進めている。
「なにを、言っている」
初めて娘が意味のわからない生き物に見えてひるむ己を許せず、静真はぐつりと煮える胸中のまま眉間にしわを寄せて娘をにらみつけた。ただの戯れ言だと流すことができなかった。
「そのような世迷い言をのたまって俺に媚びて要求でもするつもりか」
それはまた、静真の本心でもあった。便宜を図られたのなら何かを渡さねばならならない。それが静真の当たり前だった。しかし娘はごく初期に要求とも言えぬ要求をしただけで静真を受け入れるだけだ。明確な対価を要求されたほうが安心できるのだ。
しかし、娘は少し困ったように微笑むだけだった。
「んーと、ですねえ。好きだなぁと思う気持ちにあんまり理由はないですよう。きっかけって言うのはあるかもですけど。それで何かを頼みたいって気持ちはないですよ」
「は」
「強いて言うんなら、静真さん優しいじゃないですか。ちょっと意地悪ですけど、私のこと気にして様子を見に来てくれたこととか、ちょこっと家事を手伝ってくれたり。食べたことない料理に戸惑っても食べてくれるところとか、かわいいなあって」
かわいいと称されたこともそうだが、自分でも無意識だった反応を指摘されて静真はかっと頬が朱に染まる。
絶句する静真の前で、娘は眼差しを和ませるように微笑んだ。
「私が静真さんのこと大事にしたいなって思ったから、好きでしていることなんです。つまり私がそうしたいから勝手にしているだけなので、静真さんも勝手にしてくださいね」
その柔らかさに静真は己の内側を見透かされたような気がした。
訳がわからなかった。甘い言葉には必ず裏があり、打算を加味し利用し利用されることが当然だったにもかかわらず、ここではそれが通じない。
ただ唯一確かなのは、この娘は静真がであってきた誰とも違う常識で動いている、と言うことだ。
ひるみ、勝手に後ずさりかける己の体を意地でその場に押しとどめる。ここで逃げてしまえば、この何の力も持たないはずの娘を己が恐れたと言うことになる。
箸を握ったまま硬直する静真がなんとか息を吹き返すことができたのは、奇しくも傍らに居る久次の大きなため息だった。
だがおかわりをすれば良い話なので箸を使い続けていると、いつもどおり娘がにこにこ話し始めた。
「静真さんにはまだお話してませんでしたね。久次は拝み屋? と言うのをやっていて術者さんの所に弟子入りしてもう働いているんですよー」
「ばっ姉貴! 何で話すんだよ!」
ちまちまと野菜をかじっていた久次が愕然と娘を見たが、娘はきょとんとした。
確かに、隠している様子はなかったが、こうもあっけらかんと明かすことでもない。
拝み屋と妖である静真は実体はともかく、狩るものと狩られる者の関係だ。
たかが人間ごときに天狗の妙技が破られることはないが、それでも妖と見れば絡んでくる頭の悪い輩はかなり居た。
術者にはなぜかやたらと静真にすり寄ってこようとする者も多く、静真も絡まれれば適宜排除するくらいには煩わしく思っている。
だから静真は顔には出さずとも久次と同じように驚いていたのだが、娘はただ顔をほころばせるだけだった。
「ええでも自慢したいじゃない? この間もお師匠さんにね『久次は筋が良い』ってメールで教えてもらったよ」
「いつの間に師匠と連絡取ってるんだよ!?」
「えへへ良いお師匠さんだねえ」
久次が絶句していれば、娘は静真に向けてにっこりと笑う。
「しかも私のためにお守りとか札とか届けてくれる良い子なんですよー。静真さんが褒めてらっしゃったこの家の結界もこの子が張ってくれてるんです」
「んぐっ」
奇妙な音をさせて久次は喉に物を詰まらせた。
この家に張ってある結界は徹底的に妖の目から娘の気配を覆い隠す物だった。よほど力がある妖でなければこの家に入れば娘を見つけられないだろう。
静真が偶然落ちたように絶対的な防護ではないがその若さでは充分だろう。
「所々荒いが、低霊力で発動させるための細かい術のくみ上げの執拗さには驚いたな。天狗はああはやらん」
「くっそ馬鹿にしやがって……じゃなくて! なんで天狗が姉貴の部屋に入り浸ってんだよ! 姉貴のお人好しにつけ込んで何かするつもりだったら容赦しねえからな!」
ぎりぎりと歯がみしながらも、久次が敵意丸出しでにらみつけてくるのに静真は何かに似ている気がしてゆるりと瞬いた。
静真が延々と相手をしている呪詛や怨念の塊から漂う瘴気や殺気、憎悪などに比べればたいしたことはない。けしてこの青年が弱い訳ではないが、静真を殺そうとするには意気が足りない。つまりはじゃれつかれているような気分だ。
「お前は人のくせに犬のようだな。きゃんきゃんとうるさい」
「んだとこら天狗だからって人間様をなめんじゃねえぞ!」
けんか腰でかみつくように言う久次はますます犬らしい。どちらかというと小型犬だろうか。胸に溜まった鬱憤を発散しようと、静真がふんと鼻を鳴らして応じようとすれば、娘がくすくすと笑い出した。
場違いなまでに明るく楽しげな声で娘は言った。
「さっきも言ったでしょ。静真さんはどんくさい私を心配してきてくれてるの。私も一人ご飯は寂しいし助かってるんだよ」
「姉貴、だからそれがうかつすぎるって言ってるだろうっ」
「別に心配などしていない」
「ほら本人もこう言ってるぞ!」
なぜお前が勝ち誇ると静真は呆れたが、娘は久次に向けてにっこりと笑った。
「久次は私のこと心配してくれたんだよね。ありがとう大好きよ!」
手が空いていればきっと抱きついて居たであろう満面の笑顔を向けられた久次はじんわりと顔を赤く染めて明らかにうろたえだした。
「ばっか姉貴そんなこっぱずかしいこと人前で言うんじゃねえよ!」
「ええでも私の弟がこんなに頼りになってかわいいんだもの。気持ちはきちんと伝えないと!」
「せめてかわいいはやめてくれよ! ばっか撫でんな!」
にこにことする娘が手を伸ばしてくるのを久次はよけるが、先ほどまでの勢いはない。
うろたえる久次と、楽しげな娘に、静真は体の奥がきしむようないらだちを覚えた。
ぎゅうと掴まれるような不愉快さと忌ま忌ましさがわき出すようで、静真は酷薄に笑っていた。
「は、女に褒められて喜ぶなんてな。脆弱な人間らしいなれ合いだ」
「なっ」
「そうだろう? 好意なんてもの、ただ弱いものがお互いをごまかし側に居る理由を付けるために錯覚するものだ。群れて寄りかからなければ生きていけん人間どもの戯れ言でしかない」
天狗は掟で情愛を戒めている。すべての天狗は一族を存続させるために行動し、ゆえに妖の中でも最上位に近い格を有しているのだ。
そうであれと言われ、静真もまた血のにじむような努力を重ね、天狗としての技術と性質を身につけた。だからこそ己は強い。人間などとは違うのだ。
久次が絶句し、激高しかけるのに静真はどこか安心しながら侮蔑の眼差しを向ければ、娘はきょとんとした。
「え、私、静真さんのことも好きですよ」
口にあふれていたはずの言葉が消えた。
ぐと、喉までせり上がってくる熱に動揺し結果的に黙り込む羽目になる。
静真が振り向けば、同じように久次も振り向いていた先で娘はのほほんと白菜をつまみながら小首をかしげる。
「じゃなきゃご飯を一緒に食べませんよう」
「姉貴いぃぃ……。なんでそういうことをあっさり言っちまうんだよ」
「言わなきゃ伝わらないでしょー」
それだけで、久次から発せられていた敵意が霧散して、静真は戸惑った。
すでに久次は仕方がないとでも言うように苦笑して、食事を再開している。
天狗であればあれほどの侮辱なら最低でも腕を一本取るまで収まらぬほどのもののはず。にもかかわらず娘は怒った様子もなく、もぐもぐと箸を進めている。
「なにを、言っている」
初めて娘が意味のわからない生き物に見えてひるむ己を許せず、静真はぐつりと煮える胸中のまま眉間にしわを寄せて娘をにらみつけた。ただの戯れ言だと流すことができなかった。
「そのような世迷い言をのたまって俺に媚びて要求でもするつもりか」
それはまた、静真の本心でもあった。便宜を図られたのなら何かを渡さねばならならない。それが静真の当たり前だった。しかし娘はごく初期に要求とも言えぬ要求をしただけで静真を受け入れるだけだ。明確な対価を要求されたほうが安心できるのだ。
しかし、娘は少し困ったように微笑むだけだった。
「んーと、ですねえ。好きだなぁと思う気持ちにあんまり理由はないですよう。きっかけって言うのはあるかもですけど。それで何かを頼みたいって気持ちはないですよ」
「は」
「強いて言うんなら、静真さん優しいじゃないですか。ちょっと意地悪ですけど、私のこと気にして様子を見に来てくれたこととか、ちょこっと家事を手伝ってくれたり。食べたことない料理に戸惑っても食べてくれるところとか、かわいいなあって」
かわいいと称されたこともそうだが、自分でも無意識だった反応を指摘されて静真はかっと頬が朱に染まる。
絶句する静真の前で、娘は眼差しを和ませるように微笑んだ。
「私が静真さんのこと大事にしたいなって思ったから、好きでしていることなんです。つまり私がそうしたいから勝手にしているだけなので、静真さんも勝手にしてくださいね」
その柔らかさに静真は己の内側を見透かされたような気がした。
訳がわからなかった。甘い言葉には必ず裏があり、打算を加味し利用し利用されることが当然だったにもかかわらず、ここではそれが通じない。
ただ唯一確かなのは、この娘は静真がであってきた誰とも違う常識で動いている、と言うことだ。
ひるみ、勝手に後ずさりかける己の体を意地でその場に押しとどめる。ここで逃げてしまえば、この何の力も持たないはずの娘を己が恐れたと言うことになる。
箸を握ったまま硬直する静真がなんとか息を吹き返すことができたのは、奇しくも傍らに居る久次の大きなため息だった。
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