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第11話 訪れる。

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 静真はちらりと視線をやって青年を観察する。娘が家に入れたことは驚きだったが、ここは娘の家でもあるため自分がとやかく言うことではない。
 あんぐりと口を開けて驚きをあらわにしている青年は、まだ若かった。
 娘が20をいくつか越えていると言っていたから、おそらくまだ10代だろう。どこか線の細さを残しながらも男性としての骨格を有している。
 娘よりもずっと背の高い体を町中でよく見る若者の服に身を包み、少々目つきの悪さが目立つが精悍な顔立ちには甘ったれた気配はみじんもない。
 さらに言えば青年からは静真が慣れ親しんだ匂いを感じていた。
 静真の胸中を知ってか知らずか、娘はのほほんと青年の腕を引き寄せた。

「静真さん、この子が私の弟の久次ひさつぐです。今日はこの子も一緒で良いですか」
「俺に伺いを立てる必要はない。ここの主はお前だ」
「いやまってくれ姉貴。いろいろ突っ込み所が多すぎる」

 特に興味もなかったため静真がそう返して本に目を落とそうとすれば、青年、久次が頭を抱えながら割り込んできた。
 が、娘は不思議そうに首をかしげるばかりだ。

「姉貴がほいほい妖を拾って餌付けするのはいつものことだけどそれも全然良くないけど! 今度のはでかすぎるし大いにくつろいでるし、しかも何で女子みたいに髪を編み込んでんの!?」
「久次、フィッシュボーンって言うのよ。髪が長いと映えるよねえ」
「姉貴いいい!!! シブローはともかくこいつはだめだぞ! 何かわかってんの!?」
「なにって、静真さんは天狗さんでしたよね」
「いやこいつは天狗でもっ……!」

 久次が言いかけたところで、はっと静真を見ると口をつぐんだ。言葉を探すように葛藤していたが、娘は気づいていないようだ。が、少々気になったことがあったため娘を向いた。

「おい、この髪は女の結い方なのか」
「正確には髪が長い人がやる結い方ですよう」
「そうか」
「いやそれで納得するなよ!?」

 やかましい青年を睨み付けようとしたが、ふりに娘がきりっと表情を引き締めた。

「なんだ。俺に不満なら出て行けば良い。俺はいつも通り食事をしたら出て行く」
「はあ!? ちょっと待ててめえ姉貴の家にいつから通ってやがる!」

 久次が目をつり上げて問い詰めようとするのに、静真は娘と顔を見合わせた。

「ええと、もう二ヶ月くらいになりますか?」
「俺が山ごもりしてる間になにしてんだよ姉貴!?」
「それよりも今日は私特製鶏団子鍋だよ。もちろん食べていくでしょう」

 ほのぼのとマイペースに話を進める娘に、久次は深々とため息をついてふてくされたように言った。

「ったりまえだろう」
「うん! じゃあ待っててね」

 当然のごとく一人で去って行こうとする娘に、久次はうろたえた顔をしたが静真のほうを見ると、挑むようににらみつけて、含む笑みを浮かべた。

「……いや手伝うぜ姉貴」
「えっ、疲れてるんじゃない? 最近これなかったってことは忙しかったんでしょ」
「せっかく姉貴と一緒に居るんだ。いいだろ?」

 青年はぱっと娘を見たときには無邪気な表情をしていたため、娘は気づいて居ないだろう。すこし勝ち誇ったような笑顔は気に障ったがこちらに手をだして来る様子もないため、害はないと放置することに決めて、ページに目を落とす。

 しかし、この部屋では必ず娘の話し声が聞こえているが、今日は男の声が混じることに違和を覚えた。娘ほどではなくとも饒舌な質なのかとはじめは考えた静真だが、時折感じる強い敵意の視線に、これはけん制かと気がついた。
 だが、呪術も乗せられていない視線など、実害もない。里でさらされる侮蔑の表情や外で標的に向けられる呪詛などのほうがよほどやっかいだ。

 台所から聞こえてくる会話で、娘が久次に対して簡単な説明しかしてこなかったらしいことを知り、娘の抜け具合に静真は密かに呆れた。危機管理能力が甘い。
 娘がのんびりと静真について語るのに、久次が大げさなまでに呆れたりとがめたりしているのを聞くともなしに聞く。
 ただ普段親しげでありながらも丁寧な口調を崩さない娘が、砕けた口調で話すのに違和を覚える。

 身内であれば言葉くらい砕けるのは当然だ。静真が気にするようなことではないと理性ではわかっていても、なんとなくもやりとしていた。仲むつまじそうに、台所に並ぶのが無性に気にくわなかった。
 そうしたら、ひょこりと娘が居間へ顔を出した。

「静真さーん。鍋敷きと深めの取り皿三つとお箸を準備してくださいませんか。あ、今日はご飯茶碗はいらないですよー」
「え、ちょっ姉貴!? そんなの俺がや……」

 久次がどことなく焦った調子で言いかけるのに、静真は無言で立ち上がった。
 台所にある小さな戸棚に向かうと、娘に言われたとおり取り皿三つと箸を取り出す。
 箸は静真がここを訪れるようになってからいつの間にかそろえられていたものだ。茶碗も汁椀も気がついたら静真のものが取りそろえられていた。
 それでいいですか、と聞かれて是と答えただけであったが、娘がほっとしたように口元を緩めたのを覚えている。
 ふと思い出して、静真はちゃぶ台をふきんで拭き、鍋敷きと取り皿を並べる。
 これでいいか確認するために振り返れば、肯定するように微笑む娘と、あんぐりと口を開ける久次がいた。

「教育されてる天狗……」

 つぶやかれた言葉を静真は無視して己の箸の前に座れば、すぐに娘がミトンを付けた手で土鍋をもって来ていた。
 静真が置いた鍋敷きの上に土鍋が置かれ、娘がふたを取ったとたん、ふわりと出汁の香りを含んだ湯気が立ち上った。

「むふふ、今日は団子も追加具材も沢山ありますから安心して食べてくださいね。〆にはうどんを用意してます」

 娘が箸の前に座り、久次もまた娘に若干近い位置に陣取る。
 おかげで久次とほとんど真正面から顔を合わせることになったが、気にするほどのことでもなかった。
 静真がここを訪れ始めたころに使っていた箸は、この青年のものだったかと思った。
 顔色を変えなかったことが気にくわなかったのか、久次がますますとげのある空気を醸し出してきたが、娘はまったく気づいていないようにぱちりと手を合わせた。

「じゃあいただきますっ」
「「……いただきます」」

 娘の声で反射的にいつもの挨拶をすれば奇しくも久次と声が重なり、目を丸くする彼に凝視される。
 少し決まり悪く静真は目をそらし、娘が静真の皿に勝手に具を乗せて行くのに眉をひそめた。

「……じぶんで取るぞ」
「静真さん、下手するとお野菜ばかり食べるんですからお肉も食べてくださいね。熱いの苦手でしたら先にとっちゃっておくのもいいですよ」

 鍋物は二度目なため、要領はわかっている。しかしそのときに野菜ばかり要求したことが尾を引いて居るらしい。

「あ、姉貴なにしてんだよ!?」
「久次はちゃんと野菜を食べるのよ。ほら、取り皿ちょうだい」
「うわ、ちょっ姉貴! 勝手に入れるなよ! ちゃんと食うからっ」

 騒ぐ久次になど動じず、娘は静真とは真逆に青年の取り皿には野菜が山盛りにしていた。
 交換すればちょうど良さそうだが、言い出すほどのことでもないため、静真は黙々と肉まみれの皿の中身を消費する。
 娘に括られた髪は、顔に落ちてくることはなく意外と快適だった。
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