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第8話終 「さあ、この人のことをどう話そう」
しおりを挟むセルジュに頼んで、この森の最深部に連れてきて貰う。
正気を保つことすら容易ではないその場所に、さすがのセルジュも顔をしかめていた。
エヴリーヌもさすがにうわぁとなったが、すとんと地面に降りた。
セルジュを守る、浄化の力が途絶えないようにだけ気を付けつつ、一歩二歩と離れた後、エヴリーヌは彼を振り返った。
「ねえ、セルジュさん。私、いままでレティシアが浄化した、と語ってもおかしくないように調整していたんです。だから全力って出したことなかったんですよ」
さすがに驚いた様子で目を見張るセルジュに、エヴリーヌは、にっと笑った。
「だからね。一度だけ、自分の限界に挑戦するの、見ててください」
自分の力が、他の聖女とは段違いだと薄々気づいていた。見せたときにどのような反応が返ってくるか恐ろしさは常にあった。けれど他ならぬ彼なら、良いと思えた。
エヴリーヌは祈りの形に指を組む。
体内に揺蕩う力に呼びかける。いつもなら上澄みに小さくささやく程度だが、今回は、その奥の奥にまで届くように大きな声で。
ぐん、と吹き出す勢いのまま、エヴリーヌは両手を広げた。
全身からあふれ出したのは光の奔流だ。金の中に鮮やかな豊穣の緑が混じるそれは、濁流のように四方へ広がり、穢れ森のよどみを押しながらしていく。
きぃん、と浄化の力が穢れをはらう時に生じる音叉のような音が、そこかしこで鳴り響き、まるで自然の音階のように奏でられた。
力が隅々にまで行き渡るよう、くるりくるりと回るたびに、エヴリーヌの金髪が光とともに踊る。
その中で黒い髪をはためくのも構わず、セルジュがエヴリーヌを見つめているのが視界に入った。
彼の表情が珍しく驚きと感動に染まっているのを見つけて、エヴリーヌは笑み崩れてしまう。
きっと後にも先にも、彼がこんなに驚く顔を見たのはエヴリーヌだけだろう。
そう思うと、なんだかとっても得した気分になったのだ。
その日、穢れ森の中心部から、突如光の柱が立ち上がり、あふれ出した金と緑の奔流が森全体を覆った。光が半日以上続いたあと、穢れ森には一切の穢れが認められず、ただの森になっていたという。
試験的に持ち込まれていた御技の測定器に記録されたのは、「金と緑」。聖女レティシアの「金と紅」ではない御技を行った聖女の名は、エヴリーヌ・アンジェ。
一切の浄化を怠った怠惰の罪によって王都を追われ、穢れ森に赴任していたはずの彼女は、忽然と消えていた。
その行方は誰も知らない。
*
二ヶ月後、エヴリーヌは今もクレール国内にいた。
大きな魔物の亡骸を前に、安らかであれと祈る。そうすれば亡骸に忍び寄ろうとしていた穢れは浄化された。
「はい、選手交代」
振り返る必要もなく、解体を始めるのは黒髪をまとめ上げた男、セルジュだった。
出会った頃よりもずっとなめらかに解体を終えた手にあるのは、透明な魔水晶である。
これが自分の力の影響を帯びているだなんて、今でも信じられなかった。
けれど、セルジュの言うとおり、測定器は反応するのだから、不思議だ。
セルジュが店で手続きをしている間、外で待っていたエヴリーヌは魔水晶をしげしげと眺めてみたが、違いなんてまったくわからない。
戻って来た彼にとうとう取り返されてしまった。
「あっセルジュさんひどい」
「とくに珍しいものではないでしょう」
「珍しくはないですけど、セルジュさんが取った石だから特別なんですぅ」
エヴリーヌが唇を尖らせると、頭を軽くはたかれた。
全く痛くはないし、その気軽な仕草が嬉しくて思わずやに下がってしまう。
「あなたが育った教会はあと街を一つ経由した先ですね」
「そうですよ。噂が届くのが遅いから、もしかしたら私が悪逆聖女って言われていることと、穢れ森の浄化をした聖女って呼ばれているの両方届いちゃってるかも。おじーちゃんたち心臓が止まっちゃわないといいけど」
「その前に、私たちがたどり着けば良い」
セルジュの言葉に、エヴリーヌは「ですね」と同意して笑った。
だが、セルジュの表情は変わらないが、なんとなく浮かない様子である。
ずっと二人でいるのだ。それくらいの機微はなんとなく悟れるようになっていた。
「どうしたんですー? 私は話してくれないと分からないたちなので言葉で教えてくださいよ?」
「……逃げずに、とどまって良かったのですか」
「クレール国にいて、ですか? もちろん良いに決まってるじゃないですか。だってセルジュさんのおかげで私は『穢れ森を祓った稀代の聖女』になったんですよ! それなら逃げる必要なんて全然ありませんもん」
悪逆聖女の噂こそまだ残っているが、きっと時間が経てば薄れていくだろう。何より今は、ずっと悪習として続けられていた聖女のからくりが暴かれ、大聖教はエヴリーヌを追うどころではない。
「レティは、図太く悲劇の聖女を演じて民意を味方に付けてますし、むしろ私がこうして自由にほっつき歩いていて良いのかって思うくらいですし。まあ、それはおいといて、クレールにいた方が、セルジュさんといるには都合が良いでしょ」
にへへ、とはにかんで見せると、不意に彼の顔が近づいてくる。
ここ最近で慣れてしまったエヴリーヌは、反射的に目を閉じて受け入れた。
けれど、ほんの少し離れたあと、甘くとがめるように言うのは忘れない。
「セルジュさん、恥ずかしくなったり照れたりしたら、物理的に私の口を塞ぐの、ちょっとずるくありません?」
「……もう少ししますか」
相手もさるもので、そのまま後頭部に手を回されかけたため、エヴリーヌは白旗を挙げた。
「わかりましたちょっと黙ります! ってセルッ」
しかしすぐに口を塞がれ、息も絶え絶えになる頃にようやく解放される。
セルジュが言葉よりも態度で雄弁に語ると思い知らされる日々だったが、今回は極め付けた。
さすがにエヴリーヌは恨めしく見上げるが、セルジュはいつもと変わらない生真面目な表情でふと言った。
「あなたのおじいさま方にお会いしたら、正式に申し込みます」
「ん? 何をです?」
「婚姻を。私に両親はいませんから省略しますが、あなたは手順を踏めるでしょう」
エヴリーヌはすべてが腑に落ちて、目をまん丸にしてセルジュを見返した。
「あっえっもしかして今までベッド別なのそれが理由です!?」
「……あなたのあけすけさは多少は改めた方が良い」
渋面を浮かべるセルジュがかなり怒っているように思えた。
「うわごめんなさい。嫌いにならないとは思いますけどちょっと驚き過ぎてこらえきれなくて」
言葉は戻ってこないが、それでも精一杯謝罪をすると、セルジュの目元が緩んでいることに気がついた。
「冗談です」
「セルジュさんが、冗談!? あっまってまってビックリしましたけど嬉しいですから!」
こんなに気軽に冗談を言えるようになるとは思わなかった。顔を上げて、自分の仕事だと語れるようになるとは思わなかった。
なにより、好きな人の側にいられるとは、思わなかった。
胸いっぱいに息を吸う。
そっと、片手に絡んできた大きな手を握り返したエヴリーヌは、ぐんっと引っ張った。
セルジュは微かに驚いたようだが、黒髪の尻尾を揺らしてついてきてくれる。
さあ、おじいちゃんたちに、この人のことをどう話そう。
エヴリーヌはわくわくとした昂揚のまま、その案を愛しい人に向けて語り出した。
〈おしまい〉
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