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海無き日々 1
しおりを挟むどうやって帰ったかは覚えていない。
王子に寄り添われていたことだけは頭の隅にあった。
だが、いつの間にかたどり着いていた家で父の憔悴した顔に迎えられたときは、ずくりと胸が痛んだ。
「しばらく家にいなさい。海に潜ることはしばらくできないのだから」
「これから、どうするの」
「クラーケンを倒すか、封印する手だてを考えることになるだろう。海生石は、この街ひいてはこの国の重要な資源だ。王子が国を挙げて対策に乗り出すと約束してくださった」
その言葉に、アーシェは痛いような、悲しいような気分で目を閉じる。
王子は船を出すことを渋る船主達に、身分を明かし、アーシェ達を探すために船を率いたらしい。
そのこともあって街中は大騒ぎになっていた。
今まで存在は知ってたものの、節度さえ守れば害がなかったクラーケンが実際の脅威として迫っているというのだ。
ただ、昔からクラーケンの昔話を聞いて育ってきたこの街の住民の中には勢い込んで戦おう、という者はごく少なく、漁に出られないという身近な実害のほうを心配する声のほうが大きかった。
それでも、クラーケンが今回の災害を巻き起こした犯人だと疑わないものはいなかった。
もちろん潜り手の仕事も休止となり、商会の仕事を手伝うようになったアーシェは、街中に不安が色濃く忍び寄る過程が手に取るように分かった。
毎日遅くまで街の有力者とのまとまらない話合いで疲労が蓄積されていきながらも、父はアーシェを気遣うことを忘れたりはしなかった。
「クラーケンに襲われたことは、悪い夢だと思いなさい」
優しい、優しい痛いくらいに優しい言葉に、ちがうわ。という反論は声になることはなく、代わりにアーシェの口をついたのは別の言葉だった。
「父様。私、お城へ行ってくるわ」
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