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海生石の唄2
しおりを挟む海底ではすでに潜り手たちが作業を始めていた。
彼女たちは腕輪だったり指輪だったり、耳飾りだったり、それぞれの持つ海生石に手をかけ、ささやかに唄う。
「”さあ、眠り子よ、目覚めなさい。母はここだ。声を上げて、呼ぶと良い。母にそなたが分かるように”」
彼女たちの歌は、初めはばらばらだったが不思議とまとまり、昇華され、心地よく水に染み渡っていく。
自分は加われないけど、手助けをしようと、アーシェもその唄に加わった。
高く、低く、どこまでも響くように。眠れる海生石が目覚めるように語りかける。
すると、海底全体から、淡く輝く筋がたちのぼりはじめる。
潜り手たちの持つそれと共鳴した海生石が放つ光だった。
「よかった。少しはあるみたい」
儚く散る燐光にアーシェはほっとしながら、呆然とする王子の腕を引いて潜り手たちの作業の邪魔にならない程度に近づく。
唄が終われば、光は消えるが、潜り手たちはほかの仲間と唄いだしのタイミングを微妙にずらしているから、とぎれることはない。
弱々しく揺らめくようなそれを目印に、潜り手たちは唄いながら、そっと砂をかき分けて岩の隙間をのぞきこんでは、少しずつ拾っていった。
海の中で唄う。海生石の力があるとはいえ、それは人の自然の摂理にはないものだ。
だから、こうしている間にも顔をゆがめた潜り手が、海面を目指して帰って行く姿もある。
でも彼女たちの表情は輝いている。自分のこの身で生きているという誇りがある。
入れ替わり立ち替わり、潜り手達が唄う声は、海流のさざめきによって彩られ、そこに青とも緑ともつかぬきらめきが飾る。
本来の海生石採りはこういうものだ。
アーシェが特殊なのである。
唄い終えたアーシェが、一息つくと、その光景に見入っていた王子がぽつりと言った。
「君がなぜ、この仕事を愛しているか、わかったような気がする。これは過酷だが、とても美しい」
その横顔の真摯さに、アーシェはじんわりと胸に広がる温もりを感じた。
街の外の人なのに認めてくれた。それが、無性に嬉しい。
「なあ、私もさがしてみて良いか?」
「どうぞ。見つかるかどうかは、あなた次第だけど」
だからたちまちうずうずとしだす王子に、アーシェは素っ気なく返しつつも、つき合ったのだった。
結局王子は一つも見つけられず、時間切れで船に戻ってきた。
「何であれほど明確な目印があるのに見つからないんだ!?」
「だって、あのフレーズは肉眼で見えないほど細かくなった粒子まで反応するから。光っているところを探しても見つからない事のほうが多いのよ」
そこは潜り手達の勘と、海生石の導きに頼るしかない、といえば、濡れて張り付く淡い色の髪を乱暴にかき上げた王子は、決意の表情である。
「こうなったら、自分でとれるようになるまでやるぞ! また明日も頼む!」
「はあっ!?」
その言葉通り、王子は翌日もそのまた翌日も潜り手達に混じって海に潜って海生石を探した。
反対してくれるかと思った船長は完全に面白がり、潜り手の女達は見目麗しい王子がムキになって探し回るのをからかいつつも代わる代わる面倒をみていた。
「あった、あったぞ!! とうとう見つけた!!」
4日目にしてようやく砂粒ほどの海生石を見つけた王子が海の中で全力で喜べば、潜り手達はあきれつつも、拍手をしてやっていた。
「まあ、がんばったほうじゃない? 根性は認めるさ」
「確かに、あなた方にはかなわないな。大変さが身にしみた。令嬢達を飾る海生石がこれほどの労力を払われて採られるものだとは」
秀麗な王子に真摯にほめられた潜り手達は、海の中でもわかるほど照れた顔をしていた。
「まあでも、あたい達じゃそれくらいが精一杯だよ」
「アーシェは親指サイズをごろごろ採ってくるもんねえ」
「アレは、あたし達じゃ真似できないよ」
「そうなのか?」
急に注目されたアーシェは、思わずどきりとして、砂から海生石の粒を摘んだまま固まった。
アーシェははじめの一日以外はいつも通り海生石探しに加わっていたのだが、さすがに王子をおいて別行動をとるわけにもいかず、潜り手達に混じっていたのだ。
「ええと、まあ、ここじゃないところで採ってるんだけど」
「私も連れてってくれまいか!!」
そう言うと思ったから言わなかったのだ。
何せあそこはクラーケンとの逢瀬の場、誰にも知らせたくないし、万が一にでもクラーケンの姿を見られるのがまずいことぐらいアーシェは百も承知だ。
だからアーシェは顔を怒らせて断ろうとしたのだが、その前にトキが笑って否定した。
「アーシェがいくのはあたしたちだって運が良くなきゃついていけない深みだよ。あんたには無理さね」
「なんていったって海底都市の近くだし。命がいくつあっても足りやしない」
「あそこはアーシェだけが行ける、特別な場所なんだよ」
女達が口々に言うのに、王子の雰囲気が少し変わった気がして、アーシェは少し意外に思った。
どんなにぞんざいに言われても、飄々といなしていたのに、今さら癇に障ることがあったのだろうか。
「……海底都市、とは?」
「ああ、大昔に栄えたらしい古代の都市があるんだよ。この海底を東へずっとたどっていくとあるらしいんだけど、あたしも見たのは一度かそこらだ。あそこは複雑に海流が絡み合っているし、なんていったって、あのクラーケンが守ってるからね。下手に近づくべからず、なんだよ」
「そのようなものが」
「まあ、街の古い住人なら誰だって知ってる話だよ。要は近づかなければ安全さ」
からからと笑って皆に船へ戻るよう、指示をし始めたトキに従い、王子を連れて海上を目指すアーシェだったが。
王子がひどく真剣な顔をして考え込んでいる姿に、妙に胸騒ぎがしたのだった。
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