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1巻
1-3
しおりを挟む「もしやこの外見で一人旅は無理くないか」
子供に全力で過保護なこの国じゃ一人で出歩けないだろ。たぶんほっつき歩いていたら保護されちゃうぞ。盗賊に拉致られるならまだしも、養護施設に放り込まれたら簡単に出てこられないじゃないか! なんで法律作っちゃったんだよ。でも子供は守るべきだろ!
こっほん。まあともかく子供ってやつは不便なんだなあ。
というか、常時監視状態ってこれ王様やってた時とそう変わらなくない?
遠い目になる私に、屋台のおっちゃんとお客さんの世間話が聞こえてくる。
「なあ知ってるかい。うちの王様、城を飛び出したらしいぜ」
「おお、とうとうか! 数年前にはナイラ地方に出た魔物を追っ払ってくれたって聞いて羨ましかったもんだが。この街を通ってくれねえかな」
「ははは、まさか。あんな目立つお方が来たら、すぐ噂になるさ」
その目立つ王様は、目立つ美少女になってここにいます。
内心どや顔かました私は、そそくさと広場を離れた。
セルヴァの行動が意外と早いな。ナキの目が覚めるまでは時間が稼げるだろうけど、なるべく遠くに行っておきたい。
しかたがない認めよう。旅に出るには大人が必要だ。
けれども、あくまで私の目標は悠々自適なお忍び旅。外見は子供だとしても心はアラフォー、かいがいしく世話を焼かれるのは勘弁だ。
私が自分のペースで楽しんでいる間はほど良くほっといてくれる、都合の良いすっきりさっぱりとした関係を築ける物わかりの良い人はいないものか。
いるわけねえよなあ! そもそもこんな完璧美少女を子供扱いすんなというのが無理だ!
「あ、でも昨日の青年はかなり良い感じだった」
唇についたケチャップをなめとりつつ、私は昨日会った黒髪の青年を思い出す。
彼は忠告はしてくれたけれども、わざわざ店についてくることまではしなかった。
お金も出そうとしなかったし、根掘り葉掘り事情を訊いてこようともしなかった。
必要な事だけを必要なだけ手伝ってくれたのは、おひとり様希望な私的に大変気楽だったのだ。
「しかも私の名前を正確に発音してくれたし」
あれは地味に嬉しかった。
とはいえ、彼でなくとも誰かを雇うのは悪くないな。できれば気の合う人が良いけれども。
たしかあの青年、傭兵ギルドにいるって言ってたな。
「あー。道のり、誰に訊こう」
行動方針を決めた私だったが、またすごい詮索されるんだろうなあと、肩を落としたのだった。
☆ ☆ ☆
傭兵ギルド、と称されているけど、その内実はまあ日雇い職斡旋所だ。
もちろんひとたび戦争になれば、所属した者は、クランごとに国に雇われて従軍することもある。だが普段は魔物や盗賊の討伐や護衛が主な仕事だ。
仕事の仲介をしているから一般人でもわりと気軽に護衛や荷物運びを頼みに来る、地域密着型の人材派遣所でもある。さすがに私みたいなお子様が頼むのは、珍しいだろうけど。
というわけで、親切な街の人に場所を訊いてやって来た傭兵ギルドのドアを開けたとたん、私は思いっきり視線を浴びた。
中はお役所の窓口と酒場を一緒くたにしたような造りだ。手続きを待つ間に一杯引っかけるためですね、知っていますとも。
だってギルドで飲み比べやって意気投合した元傭兵が、今うちの将軍やっているからね。
ムザカってば将軍になった今でもギルドに出入りしてるっぽいのに、私はさせてくれないんだよなあ。くすん。私だって勇者時代は新進気鋭の傭兵としてめっちゃギルドに貢献してたんだぞ。ちょっとお酒飲むくらいいいじゃないかと思うのにダメなんだぜ。王様って不便すぎる。
はーやっぱりこの猥雑な雰囲気はいいもんだなー!
そう思いつつ一応見回したけど、残念ながらあの黒髪のライゼンの姿はなかった。
まあ予想の範囲だと、私は現役を引退してのんびりやってます風なおじさまの座っている受付に向かう。彼の居場所を訊いてみるほうが早いと思ったからだが、新たな難問が立ちはだかった。
う、受付に顔が出せない、だと……⁉
こんなところで躓くなんて。くっそう、この世界の人間の背が高すぎるんだよこんちくしょう!
「あのお嬢ちゃん。無理しなくても隣にドワーフ用のカウンターがあるから。そこで聞くよ」
八つ当たりしつつ限界まで背伸びをしてぷるぷると震えていると、身を乗り出してくれたおじさまが一段低いカウンターを指し示して教えてくれた。
……気付いてなかったわけじゃない。そうだ、ついうっかりいつもの癖で忘れてただけなのだ。
無言でドワーフ用の低いカウンターに行った私は、何事もなかったようにおじさまを見上げた。
おじさまの表情が生温かいのは気のせい。気のせいだ。
「すみません。ライゼンという傭兵さんはこの街にいますか。黒髪に、緑の瞳の」
「それは銀級のライゼン・ハーレイかね」
ハーレイ。ハーレー! 名字だろうけど、あの私的に大陸間の旅に一番似合いそうな乗り物と似た響きなんていいな!
若干テンションが上がったが、おじさまの銀級という言葉に落胆する。
銀級、というのは傭兵の階級の一つだ。一人前と認められる銅級のさらに上と言えばそのランクの高さがわかるだろうか。ぶっちゃけ雇うのに、それなりのお金がかかる。
安全な街道の護衛任務なら銅級でも十分だから、資金に余裕がない今は躊躇した。やっぱり、デキる人オーラが出てると思ったんだよなあ。
しょんぼりしている私をどう思ったのか、おじさまは親切に教えてくれた。
「彼ならこの街に滞在しているよ。今日一日はゆっくり休むと聞いたから、夕方頃には顔を出すだろう。彼に何か用かい」
「いいんです。お世話になったお礼が言いたかっただけなので。あの、グランツ国外まで護衛をしてくれる人を雇いたいんですが。いるでしょうか」
「君一人かい⁉ うーん、今はここを拠点にしている傭兵ばかりでちょっと厳しいね。ちょうど街を移動するパーティでもあれば良かったんだが」
おじさまは驚いた顔をしながらも、名簿らしきもののページをめくってくれた。
「乗合馬車に乗せてもらうのが一番なんだが、今は本数が減ってしまっているしなあ」
「え、なんでですか」
そういえばそんなものもあったかと思い出した私は、おじさまの言葉に目を丸くする。
交通は物流と経済の要だし、結構力を入れて整備したんだよ? セルヴァが。
私は魚と肉を食べれば国民が強くなる、食材が増えれば料理のレパートリーが広がって私が楽しい! って力説しただけだがな!
そういうわけで、グランツの警邏隊はまともに仕事をしているはずなんだけど。
「いやね、街道沿いに盗賊が出没しているんだ。盗賊の中には人攫いに手を出している輩もいるらしくてね。今討伐隊を組んでるところなんだよ」
ふんふんなるほど。ちょっと市場に物資が少ないと思ったら、物流が滞っていたんだな。
おじさまの口ぶりは幼い子供相手になってる分穏やかだけれども、一週間以内に大規模な討伐が行われるのだろう。
私はちらりと壁際に張られていた指名手配のチラシを流し見た。
どいつもこいつもむさ苦しい顔ばかりで数が多い。これだけ多ければ城にも報告が上がるはずなのに私が知らないってことは、ここ数週間で急激に増えたということだ。
とはいえうちの警邏隊は優秀である。そう遠からず解決はするだろうが、警備が強化されて抜け出しにくくなるのは困るなあ。
うーんと悩んでいれば、ちり、と首筋の産毛が逆立つのを感じた。
「お金があるんなら一応募集をかけてみるかい」
「ううん、まずは乗合馬車を探してみます」
「なら西門の広場に行ってみると良い。もしかしたら急ぎの商隊に紛れ込めるかもしれないよ」
親切なおじさまにお礼を言った私は、傭兵ギルドを出て西門へ向かった。
十年前の勇者としての旅は徒歩か馬での移動だったから、乗合馬車は完全に盲点だったんだ。
子供の足でえっちらおっちら歩いて西門広場に辿り着くと、残念ながら乗合馬車は運休していた。ですよねー。
うーん。商隊にまぜてもらうか、いっそこのまま強行突破するか迷うな。
道の隅で肩を落として悩んでいると、すっと脇に人が立った。
「お嬢ちゃん、助けてあげようか」
銀の髪を揺らして見上げれば、柔和な顔立ちのおっさんがいる。
いやたぶん三十代だろうけど。どうにもおっさんと称したくなる雰囲気だ。
私が何かを言う前に、おっさんはにっこりと愛想良く続けた。
「君、旅に出たいんだろう? これからおじさん達はレイノルズのほうへ出発するんだよ。良かったら一緒に行かないかな」
「え」
レイノルズ自治区は農業が盛んで、ワインやチーズがおいしい所だ。自治区とはいえグランツ国内だから、関所の管理も緩かったりする。
あーいいな、おいしいワイン飲みたい。
「おじさん一人?」
「いいや、向こうで仲間と合流することになっている。それよりも君みたいな可愛い女の子が一人で旅をするなんて危なすぎるよ」
ふうん、そうか。何人いるのかな。
「さあこれから発つんだ。一緒に行こうね」
にこにことしたおっさんが腕を取ろうとしたのを、私はすいとよけた。
「おじさん、傭兵ギルドから私のことつけてきたよね」
おっさんに張り付いていた笑顔が、わずかにはがれる。
ギルドで感じたねっちょりとした気配は、こいつで間違いない。
身なりはどこぞの商人風を装ってるけど、こいつの立ち振る舞いは戦い慣れた人間のそれだ。
そんな風に素性を隠している奴が善人面して、国外へ連れ出そうとするなんて、ねえ?
「誘拐でもする?」
にこ、とずいぶん上達した美少女スマイルを向けてやると、おっさんは表情をこわばらせた。
けれどすぐさま笑顔に戻り、私の手を引こうとする。
「いやいや、そんなことあるわけないだろう。だがね、俺達についてこなければ、君は旅に出られないぞ」
「ふーん?」
まあ、見た目は美少女ですし? こういうこともあるんじゃないかな、とは思っていた。
というか二日連続で誘拐犯に遭遇するなんて、いま流行ってるの?
本性を現したおっさんが、有無を言わさない力でつかんでくる腕をちらっと見る。
これを振り払うのは簡単だ。
けどね、自分の国でこういう輩が堂々としているのは大変気分が悪いわけですよ。
にしても、十歳児の肩に男の手が乗ると、かなり大きく見えるんだなあ。というか私の腕細っそ!
「なんにも心配いらないからね。おじさん達がいいようにしてやるから」
うつむいておとなしくなったと見るや、おっさんは私を抱き込んで移動しようとする。
強化魔法発動。
きらーんと目を光らせた私は、おっさんの腕を取ると同時に足を引っかけて投げ飛ばした。
彼は何が起こったかわからないといった表情で宙を舞い、にやあと悪魔のような笑みを浮かべる私を逆さまになって見ている。
「ぐほぉっ!」
見事に一回転して地面に叩きつけられた彼に、周囲の人間の注目が集まった。
「な、何を」
さすがに鍛えているのか、おっさんは怒りのままにすぐさま起き上がる。
だが、その時にはすでに準備を整えていた。
さあ私、美少女の仮面をかぶるのよ!
「いやぁこわぁい! 触らないでっ! 変なおじさんに連れ去られるっ!」
私は、自分の体を抱きしめてよろめいてみせたのだ。
うわあ、絹を裂くような悲鳴ってけっこう喉に来るのね。
いやだって私いま十歳児だし。このまま叩きのめしたらおかしいことくらいわかるもん。
ならばと、うちの国民の面倒見の良さを頼ることにしたのだ。
精神力ががりがり削られるけど、頑張れ私! いたいけな美少女を演じきるんだ!
「おじさんのことなんて知らないもんっ! お父さんもお母さんもいないのに、私をどうするつもりなの⁉」
思いっきり叫びつつ、うるうると目を潤ませて震えてみせれば、周囲の優しい人達が殺気立ちはじめるのがわかる。
はっはー! うちの国民は子供には最高に優しいんだぞー!
ちょっと良心が痛むけど、ほかの子供も助けてくださいねー!
あともう一押しだなと考えていた時、息を吹き返したおっさんがいびつながらも笑みに見えるものを顔に貼り付けた。
「ああもう、そんなわがまま言うんじゃないよ。リタ、商隊のみんなを待たせてるんだから。お騒がせしてすみませんね。この街から離れたくないってだだこねてるんですよ」
ちっ、考えたな。子供のわがままだと思い込ませて野次馬を散らす作戦か。
というかリタって誰だよ。
へこへこと周囲に頭を下げつつ再び捕まえようとする男の手から逃れた私は、次の策を考える。
よし、サクッとぶっ飛ばす路線に変更!
「私、リタなんて名前じゃないもん。お兄ちゃん、助けて――!」
とりあえずそれっぽいことを叫び、バレない角度で拳の狙いを定めていた時、名前を呼ばれた。
「祈里っ」
この姿で私の名前を知っている人なんて、ましてや正確に発音できる人間なんて一人しかいない。
誘拐犯な男の背後から駆け寄ってきたのは、黒髪に緑の瞳の青年ライゼン・ハーレイだ。
え、まじかよ助けが来ちゃったよ。
だがチャーンス!
「なっ」
誘拐犯も驚いたんだろう、突然現れたライゼンに気を取られた。野次馬の気もそれている。
目を輝かせた私は、素早く強化魔法を利かせた右拳を男の腹にめり込ませた。
そして声もなく崩れ落ちる誘拐犯には目もくれず、暫定お兄ちゃんであるライゼンに抱き着く。
ふっ野次馬には、私が兄に再会できて喜びのあまり駆け寄ったようにしか見えないだろう。
こんな時、拳が小さいっていいね! え、喜ぶところが違う? 細かいことは気にするな。
「お兄ちゃんっ会いたかった!」
「あ、ああ……」
ライゼンの顔が引きつってる気がするけど、まあいっか!
私は再会を喜ぶ美少女を演じつつ、なんでこの青年が来てくれたんだろうと首をかしげていたのだった。
☆ ☆ ☆
どう見ても保護者な「お兄さん」が来たことで一気に形勢が傾き、街の人の非難の眼差しと手が出た結果、件のおっさんはお縄についた。まあ気を失ってたしね。
簡単な事情聴取から解放された私とライゼンは、ひとまず腹ごしらえにとご飯屋さんに入った。
彼は私が出てすぐにギルドへ行ったらしく、そのまま追いかけてきてくれたそうだ。
「また助けられたね。お礼におごるから食べてよ」
「いや、さすがにその外見の君におごられるのは」
「いいからいいから、あ、おねえさーん!」
微妙な顔をするライゼンを無視して、店員のお姉さんに叩ききゅうりに大根サラダともつ煮込み、さらに鶏肉の唐揚げを頼む。
お、やったお茶漬けあるじゃない。後で頼もっと。
食材や料理の名前は、召喚特典だった自動翻訳機能で地球と似たものに翻訳されてるだけなんだけど。
え、なんで居酒屋メニューが揃っているのか? 私が全力で広めたからに決まってるだろ!
ふっふっふ。お米も全力で見つけ出して布教した結果、グランツには米食文化が根付いたのだ。
だってお酒の〆にお茶漬けが食べられないなんて考えられないでしょ?
ほんと気候が合って良かったよ……
ここを離れると暫く米はなしだから、思いっきり堪能しよう。
「お兄ちゃん、はいどうぞ!」
まだ渋るライゼンににっこり笑って、皿に取り分けたサラダを差し出す。顔を引きつらせた彼は受け取る代わりに頼んできた。
「すまない、兄呼びはやめてくれないか。地味に胸に来る」
「えー一応美少女なのに」
まあ考えとくだけ考えておこうと思いつつ、私は早速きゅうりをかじる。
うーんこれこれ! ぴりっと唐辛子の辛みが来るのがたまらない!
まぐまぐもぐもぐ。
「ねえ、ライゼン」
「なんだ」
「お説教とかしないの。子供が一人でうろついて、自分で危ない目に遭いに行っていたように見えたと思うんだけど」
大根サラダをつまんでいたライゼンが、緑の瞳をこちらに向けた。どんな言葉で答えるか考えている雰囲気だ。
「俺が出て行ったほうが穏便に済みそうに見えたから割って入った。が、結局君は自力であの男を制圧してしまったな」
「いやあ、来てくれて助かったよ。お話し合いがしやすかったし」
「そうか。ただ、ああいう手合いはやっかいだ。今後も気を付けたほうが良いとは忠告しておく」
何、この理想的な答え。正確に状況を把握しながらも改善点をあげて釘を刺すなんて、管理職に推したいくらい素敵なんだけど!
「……なんだ、そのきらきらした顔は」
「ライゼンってもしかしてロリコン?」
私がぽろっとこぼすと、ライゼンは咳き込みだした。
なんとか手に取ったコップの水を一気飲みして落ち着く。
「な、何故そういうことになる」
「だってやたらと私にかまうから。し……実家にバレて監視が付いたにしては早すぎるしさ。なら、この顔が好きなのかなあと思って」
だって超絶美少女だし。
私がぷにぷにとした肌に手を添えてみせると、ライゼンが唸るように言った。
「自分の趣味嗜好は社会に反しないものだと思っている」
「うん。そう見える」
だって妙にやに下がった視線も感じないし、接し方も自然だ。性癖を隠してる感じもゼロ。
これが恋愛的な意味で私が好きな場合、もっとぐいぐい来るし独特の雰囲気が出てくるんだ。
なんで断言するかって? はっはっは! そういうのに付きまとわれたことがあるからだよ!
「だからすっごい不思議でさあ。ぶっちゃけめちゃくちゃ巻き込みたいから」
「君の、おひとり様旅とやらにか?」
「まあ今ではお忍び旅に変更だけど。私のお兄ちゃんとして」
唐揚げをかじっていたライゼンがすごく酸っぱい顔になる。
レモンはかけてなかったから、まあ理由はお察しだ。ほんとお兄ちゃん呼び不評だな。
けれども彼がどうあれ、私はすでに大半のことをぶっちゃける覚悟を決めていた。
全部話すと迷惑がかかるだろうから、支障がない範囲でだけど。
一人で活動していて、こんなに物わかりが良くて気の合いそうな傭兵なんて絶対に巡り会えない。
いいか、有能な人材は絶対に逃しちゃいけないのだ!
「私の見た目と年齢が違うのはわかると思うんだけど。この一日で不自由なのはよくわかった。けど私は旅を諦めたくない。ほど良くほっておいてくれる隠れ蓑がどうしても必要なのよ」
だってあいつとの約束を果たす絶好の機会なんだからね。
私の言葉にライゼンはそっと眉を寄せた。
「なんで、俺に声をかける」
なんか含みがありそうな問いだけれど。その答えは決まっていた。
「あんたがハーレイだから」
「……は?」
「まあ冗談だけど」
私的に一番旅が似合いそうな名前を持っているから、っていうのがかなりのウエイトを占めるのも本当だけど、一番はこれだ。
きょとんとするライゼンの瞳を、私は下から覗き込んだ。
「なんかね。あんたとならどこへ行っても楽しくなりそうな予感がするのよ」
不思議なくらい無性に懐かしい気分になるんだ。
それは彼の黒髪と、この深い緑の瞳のせいだろう。
ちょっとあいつに面影を重ねている感はあるよ? 顔は似てないし性格もまったく違うのに妙に居心地がいい。
私は照れくさいのをにへへと笑ってごまかす。ついでに自分のお皿に取り分けた唐揚げにレモンをかけていれば、息を呑んだライゼンが顔を手で隠していた。
どうしたよ、レモン果汁が飛んだか?
首をかしげたけど、あっと思い出す。肝心なことを言うのを忘れていた!
「ただ手持ちの資金があんまりないから、道中稼ぎがてら行かせてほしい」
「その前に、どこへ行くか決めてるのか」
……あ、そっちを考えるのも忘れてた。
やっほー! 旅だ旅ー! とテンション上がりまくっていたのもあるけど、お子様扱いされてばかりの状況をなんとかするほうが先で、それどころじゃなかったんだ。
仕事の依頼はどこで、何を、どれくらいの期間やるかを明確にするのが鉄則なのに。
ぴったりと黙り込んだ私に、ライゼンの目がどんどん半眼になっていく。
「まさか……」
「い、いやいや決めてるよ! え、えーとそのスイマリアの天燈祭!」
とっさに思い付いたのは、お茶会という名のお見合いでご令嬢の一人が言っていたお祭りだ。
天燈祭は灯籠を空に飛ばし、故人が天空神タイヴァスに抱かれて安らかに眠れるようにと祈りを捧げる祭りだという。
天空神とか正直、まったく! 興味ないけど、夜空に昇っていく沢山の明かりはそれは美しいものだったとうっとりとするご令嬢の話で、すんごく気になっていたのだ。
いい感じに有休消化できそうな距離だし、何よりスイマリアは行ったことがない場所だ。しかもその祭りがある街には温泉まであるらしい。
思い付きだけれど、今回のまったり旅の目的地としてはなかなか良いのでは?
「その道中も気になった所があったら、寄り道沢山したいんだ」
「なるほどな。スイマリアとなると、ここから一ヶ月くらいか」
「とりあえず、あんたはこのグランツを出て行くまででかまわないよ」
そもそも金策がうまくいかなかったら、途中でごめんなさいしなきゃいけないわけだし。
子供に過保護なグランツさえ出れば、私一人でもなんとかなると思うからな。
気を使って言ったつもりだったのだが、ライゼンにはこれ見よがしにため息をつかれた。
「そこは先に交渉すれば良いだろうに」
「何言ってんの。あんた銀級でしょう? 専門が魔物討伐か護衛かは知らないけど依頼をえり好みできるだけの実力を安売りしちゃだめだよ」
「俺の専門は害獣討伐だが」
「うわ、エリート中のエリートじゃない」
技術の買い叩き、だめ絶対。
王様業で徹底していたことを、まさか私が破るわけにはいくまいて。
かりじゅわな唐揚げをもぐもぐする私に、ライゼンは何故か頭を抱えていた。
解せぬ反応だと思ったけど、これは期待しちゃうぞ?
「そうやって訊いてくれるってことは、受けてくれるの?」
「……俺がそれだけの期間の護衛任務を請け負うとなると、これくらいは必要なんだが」
ライゼンがぴんと立てた指を見て、私は真顔になった。
「無理ですね」
いやわかっていたけれども、めっちゃ高かった。そうだよな、人一人分のお給料最低一ヶ月分に危険手当を支払うのだ。銀級ならなおさらである。
「だろう? だからな、旅の道連れってのはどうだ」
ライゼンの提案に、唸っていた私は目を丸くする。
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