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1巻
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しおりを挟む「お嬢ちゃん。一体どこから来たんだい。親御さんはどうしたのかな」
「え、いないけども」
素で答えたのだが、おじさまがなんだか深刻な表情で私の格好を見おろしている。
十歳児になったことでどの服も着られなくなってしまった私の服装は、シャツを腰で適当なスカーフで絞ったなんちゃってワンピースだ。
足もとは靴下を重ねて布靴にしたモノを履いていたのだが、走っている最中に邪魔になって脱いでしまったために裸足である。背中に結びつけている愛剣は、今の私じゃ大きさがちぐはぐだろう。
……こう、自由の身になったことでひゃっふーしてたけれども、めちゃくちゃあやしいな。
もっとぶっちゃけるんなら、命からがらどこかから逃げてきた風にあやしいな⁉
「いやいや大丈夫ですからね。街にさえ入れば一人でなんとかできますんでー」
「いや、何かあったのならおじさんに話してみないか。ここなら君を守ってあげられるからね」
うわーん。使命感に燃えているところ大変申し訳ないけど、それが一番いらないんだー!
やばい、やばいぞ。これで詰め所に連行されたら、強制的に保護コースじゃないか。
「ええっとぉ……」
どっと冷や汗をかきながら言い訳を考えていると、ふ、と背後に気配を感じた。
「探したぞ、先に行っているとは思わなかった」
親しげに声をかけられて振り返れば、そこにいたのは、見上げるように背の高い青年だった。
いや、推定十歳児の私だと大体の大人は見上げるけども。
黒い髪を襟足にかからないくらいに短く切り、健康的に日焼けした異国調の面立ちは精悍で理知的だ。ものすごく落ち着いて見えるが、この肌の張りは絶対若い。下手すると二十代以下だろう。
というか、え、誰。
くたびれた旅装に背負い鞄。腰に帯びた長剣からすると、旅の傭兵って感じだけど。
「なんだね、君は」
おじさまが警戒の眼差しを向ける。しかもさりげなく私をかばうように移動したぞ。
やべえ、仕事のできるおじさまだ。惚れそう。惚れないけど。
そんな中、青年の鮮やかな緑の瞳が一瞬こちらを向いた。
森林に差し込む木漏れ日のような深い緑は、静かで吸い込まれそうな気さえする。
その目は語っていた、合わせろと。
……何故かはわからんが、どうやら助けてくれるらしい。
「こいつは俺の妹なんです。夜のうちに精霊に誘われたらしくて、はぐれてしまっていました。そういう時のためにこの街を目印にしていたもんで、中に入ろうとしたんだと思います」
うまいぞ青年! 精霊は気まぐれでいたずら好きだ。特に綺麗なものには目がなくて気に入った人間を攫うこともある。気が向いたら魔法の手助けをしてくれるけど、実に面倒くさい。
「確かに精霊が好きそうな顔立ちをしてるな。ただ兄妹にしてはずいぶん雰囲気が違うが……」
まだおじさまはあやしむように私と青年を見比べているけど、あともう一押しだ。
かくなる上は! 私は全力で十歳児ムーブを出しながら、青年に抱き着いた。
「よかった、お兄ちゃんが見つかって。祈里とっても怖かったよう」
目をうるうるさせつつ、そのまんま服にすりすり。
十歳児ってどんな感じだったっけ、思い出せ、思い出すんだ私!
あざとく可愛く、お兄ちゃんに再会できてほっとしているいたいけな美少女になるんだ!
私の態度に青年は一瞬震えたものの、そっと頭に手を乗せてくる。ぎこちないが及第点。
「本当に、驚いたんだぞ」
なんかその声に実感がこもりすぎている気がしたが、私も必死だ。
永遠のような沈黙が過ぎた後、門番のおじさまはため息をついた。
「まあ、顔は似てないが、瞳を見れば一目瞭然だな。そんな緑が揃うことは滅多にない」
ありがとう! その滅多にない偶然が揃っちゃったんだけど!
「すまないな。最近ちょいと物騒なものだから、疑ってしまってね」
「ああ、それと関係あるかもしれません。途中で馬車が置き去りにされているのを見ました」
ぴしっと固まる私には気付かず、門番のおじさまは血相を変えて青年に詰め寄った。
「なんだって、この先かい⁉」
「ここから一番近い、分かれ道のほうですね」
そ、それ私がぶっ飛ばしたやつー‼
けれどもそんなこと言えるわけもない。私にできるのはこの十歳児ムーブを維持することだけだ。
「……なるほど、ありがとう。行って良し」
「ありがとうっ、おじさまっ」
それどころじゃなくなったおじさまが道を空けてくれたおかげで、私はなんとか門をくぐることができたのだ。
だが、門が見えない場所まで歩いたところで、限界を迎えた私は両手を地面についてうなだれた。
律儀についてきてくれた青年が傍らに立つ。
「……大丈夫か」
「自分の痛さ加減にダメージ食らってるだけだから大丈夫」
必要だったとはいえ、中身アラフォーにお子様ロールは厳しかった。
ぐあああさぶいぼ立ったぁぁあああ恥ずかしいいいいぃぃっ!
羞恥でごろごろ転がりたい衝動を堪えてしばし震える。
なんとか心を落ち着かせて顔を上げれば、案の定、青年が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
目は緑色だが、肌の色といい顔立ちといい日本人を彷彿とさせる容姿をしていて親しみが湧く。
ただまあ油断しちゃいけない。何せ私が吹き飛ばした馬車を知っていたのだから。
「なんで助けてくれたの」
注意深く問いかければ、青年は何故か沈黙した。
え、まだ普通の質問だと思うけど?
私が内心首をかしげていると、なんとか気を取り直したらしい青年が口を開いた。
「……あの盗賊達みたいに門番を風で飛ばされでもしたら、街に入るどころじゃなくなるからな」
「失礼な、記憶をちょろっと飛ばそうとしただけだもん」
記憶改ざん魔法は得意なのだ。
答えてから、やっぱり青年にあの現場を見られていたのだと思い知る。うーわー夢中になっていたとはいえ、周囲の警戒を怠るなんてなんたる失態! ……待てよ、盗賊を吹き飛ばすところを見られていたってことは、つまりあのなんちゃってポーズも見られていたわけで……!
この青年こそ記憶を飛ばすべきではないか。
半眼でぷるぷるしている私の不穏な気配に気付いたのか、青年は語気を強めに言ってきた。
「俺は君を脅す気もないし、どうこうするつもりはない。ただつい手が出てしまったんだ」
その必死な声音に、魔法を編みかけていた私はゆっくりと構えを解いた。
さすがに助けてもらったのに恩を仇で返すようなまねは良心が痛むし、ここまでバレてるんならごまかすのも疲れる。
それにこの青年、純粋に厚意で助けてくれたとしか思えないんだ。私が物陰に入っても一切何もしないしね。……結構な美少女になってると思ってたけど、自意識過剰みたいだな。それでも。
私はちらっと、青年を上目遣いで見た。
「……あのポーズだけは記憶から消してくれるかな」
「そこは誰にも言わないでくれ、じゃないのか」
「だって、誰かに言ってあんたにメリットある」
「ないな。わかった善処する」
妙なことになってしまったと思いつつ、私は肩の力を抜いた。
「いやあ、まさか門で止められるとは思わなくてさ。助けてくれてありがとう」
私が頬をかきつつお礼を言ったのに、青年はじと目になる。
「その格好であやしまないでくれというほうが無理だ」
「これからあやしまれない格好を用意するんだよ。その前に資金調達ね」
「さっき奪った金では足りないのか」
「一式揃えるにはねー。この髪でも売ろうかと思って」
ざらっと、適当にくくっただけの銀髪を持ち上げてみせる。
これだけ長くて状態も悪くなければ、良い値段で引き取ってくれるはずだ。
早速引き取り場所を探しに行かねば! と、きびすを返そうとしたら途中で肩をつかまれて止められた。
「やめておいたほうが良い。君くらい魔力がある人間の髪は、絶対に悪用される」
「確かにそれはちょっと怖いけど……って君、私の魔力がわかるの」
魔力を多く持つ人間の一部は魔法資材として高い価値を持つため、呪いや身代わりに利用される。つまりその道の人に使われた場合、持ち主にまで影響が出て危ない。
それにしても、目の前の相手がどれくらいの魔力を持っているかを知るのには才能がいるのだ。たとえ研鑽を積んだ魔法使いでも正確には把握できなかったりする。だから私の髪もただのカツラに使われると踏んだのだが。まさか偶然出会った青年に魔力を見抜かれるなんて吃驚だぞ。
「俺は魔力に聡いほうらしいからな。それよりも切るのはもったいないだろう。綺麗なんだから」
「いやだから売るんだけれども」
そんなこと真顔で言うなんて、お兄さん結構なたらしじゃありませんかね?
とはいえ、褒められて悪い気はしない。だってこの銀髪さらっさらなんだぜ?
一方言葉を失っていた青年は、諦めたようにため息をつくと私の胴を指さした。
「恐らくだが。そのスカーフだけで十分な資金になるはずだ。シャツも売れば靴代になるだろう」
「え、そうなの⁉」
いや待てよ、そういえば前に私付きのメイドさんが、このスカーフを破いたら私の給料吹っ飛びますとか冗談交じりに言ってたな。確かにめちゃくちゃ手触り良いし、良いモノなのだろうなーとは思っていたけど、普段使いの一品にそこまで価値があるとは思ってなかったぞ。
庶民の感覚を忘れない親しみやすい王様が売りだったのに、これはまずい。
だけど教えてもらえたのは好都合だ。
「ありがとう青年。良いことを聞いた!」
「ライゼンだ。傭兵をしている」
「祈里だよ。おひとり様旅を満喫してるとこ」
本名を名乗って大丈夫なのかって? ふっそれが問題ないんだな。
この国では、勇者の名前として一時期大流行したことがあってな、十歳以下の子供にイノリって子は山ほどいるのだ。男女共に付けられる名前として広まってるしな。
まあそもそも、こんな十歳児がグランツ国の勇者王だなんて、誰も気付くはずがない。
「おひとり様旅……?」
「一人旅って意味だよ。行先はこれから決めるんだけどね」
昔は時々行っていたお忍び視察も、ここ最近、ご無沙汰だったんだ。国境辺りが騒がしいと聞いてるし、ついでに見ておきたい。
まあもちろん、休暇のほうが大事だけどね。セルヴァの監視が厳しかったこともあって久々の自由な時間なのだ。満喫する気は満々だし、旅行の醍醐味って準備から始まると思う。
改めて口に出すと、なんだかお腹の奥からわくわくしてきた。
「祈里……」
「なんだい?」
うきうきと回る観光地に思いを馳せている私に、ライゼンはなんだか珍妙な顔になっていた。
こう、本気で言ってるのかこいつ、みたいな。
「その、俺はこの街にしばらく滞在する。何かあったら傭兵ギルドに言伝を頼んでくれ」
「何から何までありがと。でも大丈夫だ。こう見えておひとり様歴は長いからね」
「いや、そうじゃなくて」
何せ私は、映画も焼き肉もカラオケも全部一人で楽しんできたおひとり様マイスターなのだ。勇者時代の経験でこっちでの旅のしかたも心得ているし、なんの憂いもない。
「じゃあまた、縁があったらね!」
良い人に出会えて幸先が良い。
ライゼンにお礼を込めて手を振った私は、商業街へ走り出したのだった。
閑話 一方その頃宰相殿は。 その一
――勇者王が守りしグランツ国、王都。
城からほど近くに屋敷を構える宰相セルヴァは、その日すがすがしい朝を迎えていた。
昨夜、外交官である妻アルメリアが帰宅し、子供達と一家団らんができたからだ。
本当は丸一日ほど家族と過ごしたいが、セルヴァは今日も出勤である。
枯葉色の髪を丁寧に撫でつけ、上等な文官服を一分の隙もなく身につけた彼は、しかし職場に辿り着いたとたん、メイド長に捕まった。
いつも冷静な彼女に問答無用で人気のない空き室へ連行されたセルヴァは面食らったが、彼女の若干焦りを帯びた表情に気付き真顔になる。
「何がありましたか」
「イノリ様が姿を消されました」
その程度では勇者の従者であったセルヴァは驚かず、ただ眼鏡の奥の目を細めた。
「ムザカ将軍が詰め所にいたはずです。やけ酒に彼を付き合わせているかもしれません。あるいは、ナキの所で彼女に愚痴をこぼしているやも。それか正体をなくしてどこかの塔の上で寝こけている可能性もあります」
この国の王である祈里は酒好きだ。けして弱くはないが、しかし一定量を超えると絡み酒となり周囲へ被害が出る。
部屋にいない場合、酒に強い仲間の所で酔い潰れていたり、どこぞで眠っていたりするのが常だった。さらに言えば今回は己がそうなるように仕掛けたため、予想の内である。
しかしメイド長は、能面のような顔で言った。
「私共のほうで城内を捜索いたしましたが、どこにもお姿はありませんでした。さらにお部屋の私物がいくつかと聖剣がなくなり、こちらのお手紙が残されておりました」
「手紙ですと」
差し出された手紙を受け取ったセルヴァは、嫌な予感にかられながらも封を開く。
セルヴァへと宛てられたそれには、彼女独特の癖のある文字でこう記してあった。
『溜まりに溜まった有休取ってきます。ついでに国内視察してくるからあとよろしく☆』
セルヴァは、手紙をぐしゃりと潰した。
たしかに、日頃働きすぎである彼女を休ませようと、必要もない見合い話を勧めて仕事を妨害した。
そして不貞腐れでもして仕事を放棄してくれればいいと、彼女が数日は休んでも問題ないよう密かに準備を進めてもいた。
今回の見合い話は、一向に結婚しない王に不満を溜めていた国内の貴族や周辺諸国のガス抜きに、もなり、あとは祈里が休んでくれれば完璧だったのだ。
計画の半分は成功した。彼女が休む気になってくれたのも喜ばしい。
しかし、しかしだ。
城を抜け出して良いとは言っていない‼
調整したとはいえ、三ヶ月先までみっちりと入っている予定を走馬燈のように思い出したセルヴァは、怒りで髪をゆらりと逆立てた。
「あーのーおーうーはぁーっ‼」
完全防音を良いことに恨み言を吐き出したものの、即座にこれからの算段を始める。
すぐに切り替えられる程度には、彼は祈里の突飛な行動に慣れてしまっていた。
セルヴァは半眼でメイド長を見る。
「昨日の陛下の行動を教えてください」
「夕方過ぎに、賢者様が訪ねてこられた後、昨夜一晩は部屋に近づかないようにと申し渡されておりました。部屋に残されていた大量の空の酒瓶から、お一人で晩酌をされていたものと思われます。事態に気付いて僭越ながら私共が室内を捜索したところ、大量の酒瓶に交じってこちらの瓶が放置されておりました」
淀みのない報告の後、メイド長は布にくるんだ瓶を差し出す。
かすかに残っていた中身はあやしい虹色。
塗り薬だろうか、と考えつつ「実年齢にモド~ル」というふざけたラベルを見たセルヴァは、大方の予想がついた。ついてしまった。
こんなものを現実に作ってしまう人物など、この国に一人しかいない。
「ナキはどこにいます」
「賢者様は昨日の日中から、お部屋にてぐっすり眠っておられるそうです。念のため誰も近づけさせないよう周知させております」
「……助かります。修繕費が余分にかさまなくて済みました」
ナキ・カイーブは普段はひどく気弱でおとなしい美女だが、睡眠の邪魔をされた瞬間、普段自制している魔力を全解放して攻撃魔法を飛ばしてくる。
以前、彼女の部屋に忍び込んだ暗殺者は、彼女が放つおびただしい攻撃魔法で撃退された。
しかし研究塔は半壊、貴重な魔法触媒の大半が消費されてしまったため、以降彼女の安眠は絶対に脅かしてはならないとされたものだ。
「今回、陛下はナキの睡眠日数を予想していましたか」
「三日、と言われておりました」
舌打ちをしかけたセルヴァだったが、耐えて黙考する。
良くも悪くもナキの薬は名前がわかりやすいため、効力が推測できる。開き直った祈里が勢いだけで行動したにしても、必ずそこに勝算があったに違いない。
彼女がこの魔法薬を使用したとして、導き出される行動は。
セルヴァはメイド長と別れると、信頼できる自分の部下達へ指示を出した。
「各関所で秘密裏に黒髪の四十歳前後の男性、……いえ四十前後の女性を指名手配します。何がなんでも捕まえますよ」
大体彼女は自分の影響力に無頓着すぎるのだ。勇者王が過剰に勤勉なために、下につくものが休みづらくなっていることがわかっていない。極端に走りすぎなのだ、あの王は。
それに彼女の視察と称した脱走は必ず騒動を引き起こす。そして事後処理はすべてセルヴァに回ってくるのだ。仕事を増やされるのは断じてごめん被る。
有休をとるのは良い。この国ではたとえ王であろうとその権利はある。
「ですが視察ならば休みじゃないでしょうが! 有休なめないでくださいよ!」
怨念混じりの気炎を吐きながら、セルヴァは王を連れ戻すための算段を始めた。
せっかく妻と有意義に過ごせる時間を削られた恨み、はらさでおくべきか。
だがしかし、王を休ませることに固執するあまり、自分の行動が明後日の方向に飛んでいることには気付いてなかったのだった。
その二 お供をゲットしました。
「良いかい、イノリちゃん。困った時は誰かに頼るんだよ、きっと助けてくれるからね!」
「ありがとうっ、おねーさん」
ソリッドに着いて翌日。
心配そうな宿屋のおかみさんにきらっと無邪気な笑顔を返して宿屋を後にした私は、げっそりとした顔で道を歩き始めた。
いやうん。身につけていたスカーフも、ワンピース代わりにしていた服も十分な資金に、ぶっちゃけえげつない金額になった。
おかげで動きを妨げないチュニックに、スカートのようにひらひらしているキュロット。防寒の魔法が編み込まれているタイツに頑丈なブーツという、可愛いと実用性を両立させた服装にチェンジしていた。剣帯も革製の良いやつを手に入れられて快適である。
手に入れたお金の半分が飛んだが満足だ。
だって鏡に映った美少女が可愛いんだよ、中身がアラフォー女ということを全力で忘れて、着飾らせたっていいじゃないか楽しかった!
しかも店主は私を勇者でもなんでもない一般人として扱ってくれたもんだから、うきうきだ。
だが忘れていたのだ。中身がどうあれ、今の見た目が十歳児な美少女なことを。
そして自分が敷いた法制度を。
「我が国民のお人好しさ加減をなめてた……」
端的に言えば、人の厚意が重すぎた。
まずは服屋さん。
私を見た店員さんはたっぷり十秒硬直した後、めちゃくちゃかいがいしく世話を焼いてくれた。
結構ひどい格好していたし、サービスで髪を切り揃えてくれたまでは助かったさ。
けれども服のリクエストに「旅ができるような丈夫なやつ」って答えたとたん、事情を根掘り葉掘り訊かれた末、死ぬほど心配されてしまったのだ。
なんとか逃げきったものの、次の道具屋では家出娘として扱われかけましたよね。
『ちっちゃいのに大変だったね。一人で行かせるなんてひどい……いや、あんたの親戚だったね』
ものすごく痛ましげに慰められて、もう親切以外の何があるって感じで泣かれすらしたよ……
とっさに思いついた「両親が死んだので親戚を頼って隣町へ行く」という言い訳を全力で押し通したら、ものすごく熱心に言い聞かせられた。
『いいかい、この国は子供にとても優しいんだ。勇者王様がそう取り決めてくださったからね。親を亡くした子供がちゃんと暮らせる施設も決まり事もあるんだ』
よく知ってるよ。それ作ったの私だから!
こっちに来てすぐの頃、スラムで子供が物乞いして暮らしてるのを見てショックでさ。この国、グランツには全力で日本基準の社会保障を導入して、国民にも全力で啓蒙活動に励んだわけ。
おかげで、今じゃ蛇口から出る生水が飲めるし、子供が一人でお使いに出られる治安の良さだ。
だがその全力活動の甲斐あって、国民の間に子供は守るものって認識が広まり、大人達は子供が一人でいるとかまってくるようになっていたらしい。
もちろん、うちの国民が私みたいなあやしすぎる子供にまで親身になってくれるのは嬉しい。
けれども、今、その優しさはいらなかった……
とりあえず、徹夜のテンションが抜けてどっと疲れが来た私は、雑貨店で紹介してもらった宿で一夜を明かそうとしたのだが。宿屋で重大なことに気付いてしまい踏んだり蹴ったりだったのだ。
噴水のある広場にやって来た私が噴水の縁に腰掛けてうなだれていると、屋台をがらがらと引いてきたおっちゃんが声をかけてきた。
「おんやあ、ずいぶんべっぴんな嬢ちゃんだなあ! 大事なもんでも落としたかね」
私の美少女っぷりに、一拍置いて驚かれるのにも慣れたものだ。
「ううん、好きなものが買えなくて悲しいだけだから……」
「そりゃあ残念だったなあ。ほれ、これやるから元気出しな。お金はいらねえよ」
そう言って、おっちゃんがさっと作ってくれたのは、ソーセージをコッペパンに挟んだホットドッグだった。ソーセージには焼き目がついていてほかほかと湯気が立っている。
厚意で作ってくれたそれに、私は全力でにっこりと笑ってみせた。
「わあい、ありがとう!」
「それ食ったら家に帰るんだぞー」
「はあい!」
いや見た目子供でも? 中身アラフォーな大人ですし? ちゃんと空気読んで子供っぽくお礼は言いますとも。ただ、子供だからと優しくしてもらうのはちょっと……いやだいぶ良心が痛む。
とはいえ貰ったもんは嬉しいので、私は持たされたホットドッグにかぶりついた。
腹が減ってはなんとやらだしね。
ソーセージにケチャップとピクルスの微塵切りが乗ってるだけのシンプルなそれはまだ温かい。
がぶっとかじったとたん、ぱりっとソーセージの皮が破け、じゅわっと肉汁のうまみとケチャップの甘酸っぱさが口一杯に広がった。
「うんまっ」
思わず声が出た私は、お腹が空いていたことも相まってがぶがぶ食べすすめていく。
素朴とも言って良い組み合わせだけど、だからこそ親しみのあるおいしさだ。
こういう屋台食いも何年してなかっただろう。最後にお忍び視察した数年前じゃないかな? あの頃は、抜け出すたびにセルヴァに怒られてたなあ。べつに暴れてた魔物を退治したり、だめ貴族を粛正したりしただけじゃないか。それも向こうからやって来てたんだぞ。
にしてもホットドッグおいしい。こういうジャンクなものをつまみに一杯やるのが良いんだよな。
「はービール欲しい……」
思わず呟いたそれに、ホットドッグ屋のおっちゃんが面白そうに笑った。
「ずいぶん親父くさいこと言う嬢ちゃんだなあ」
「ねえおっちゃん、お金払うから売ってくんない」
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「デスヨネー」
棒読みで返した私は、やって来たお客さんに営業を始めるおっちゃんを尻目に、しょぼしょぼとホットドッグをかじった。
そう、この体だと誰もお酒を売ってくれないのだ。
くっそう、誰だよお酒は成人になってからって決めたの私だよ!
だって成人やってそろそろ二十年ですよ? 買おうと思って買えなかったことなんてなかったし、盲点すぎて宿屋のおかみさんにお酒を頼んで笑われるまで気付かなかったからね⁉
いやお子様になってるけど、心はアラフォーだし飲みますよ?
旅の醍醐味と言えば、おいしいご飯とお酒に決まってる。お酒がない旅なんて一体何を楽しみにしたら良いんだ。すぐそこに売ってるのに買えないなんて拷問か。
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