夜明けのムジカ

道草家守

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終曲2

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 ”探掘組合より連名で出された、政府公認探掘隊に対する告発は諸兄らの記憶に新しいだろう。
 公認探掘隊とは名ばかり、裏ではバーシェ国内で禁止されている児童労働を強制し、さらには遺跡を私物化し、凄惨な実験を繰り返していたのだ。
 すでに何十人もの児童が死亡しており、その事実を知ったウォースター第3探掘組合長が政府という強大な存在に屈さず、正義の心をもって告発した行動は賞賛に値する。
 救い出された児童達は療育院で手厚い保護を受けているもよう。
 告発された研究所の責任者オズワルド・バセット市民院議員は、この責任を取って議員の職を辞した。
 また、凄惨な実験を繰り返していた研究所長、アルーフ・グレンヴィルは告発前夜に逃走したものと推察され、現在も行方不明。
 昨日深夜、バーシェ東北上空を飛行していた巨竜型自律兵器は、グレンヴィルの陽動だったと思われる。
 なお、巨竜型を撃墜させた飛行型自律兵器ドールの詳細な情報提供をバーシェ日報は引き続き募集している。”


「……っだってさ。お前については言及なし。ひとまずは安心ってことだろうな」

 あの長い夜から数日後の早朝。
 紅茶のマグカップを傾けながら、ムジカは新聞を眺めていた。
 滅多に買わないがつい気になり、街頭の呼び売りから購入したのだ。
 あれからファリン達は全員無事に遺跡を脱出し、探掘組合の詰め所へと駆け込んだらしい。
 統括役ウォースターがすでに現場へ話を通してくれていたおかげで素早くことは動いたが、巨竜型の登場で大混乱に陥った。

 巨竜型が放った熱光線は遺跡を半壊させており、状況確認は困難を極めたが、実験室や製造された奇械アンティークなどが見つかったため、本腰を入れて動くことができたという。
 しかしながら、バーシェの探掘屋シーカーたちが踏み込んだときにはすでにアルーフ率いる研究所の人間は逃走しており、資料なども根こそぎ持ち去られていたらしい。
 だがそれに関して統括役は全く未練はないようだ。

「ウォースターさんもアコギだよな、奇械アンティークが製造されるより、探掘で手に入れた方が仕事が減らずに済むからなくて良かったなんてよ。まああたしも飯の種がなくなるのは困るけどさ」

 統括役が独り言として漏らしてくれた話だと、バーシェ政府は、バセットが大規模な奇械アンティークの製造をしていた事実を全く知らなかったらしい。血眼になって製造工場を調べていたが、アルーフは用意周到に製造設備を壊していっていたため復元は不可能らしい。
 あの崩落の中でも無事だったバセットは、本来ならば拘束され死刑になるはずだったが、唯一正確に情報を持っている重要人物として尋問を受けているらしい。生涯牢から出ることはないだろうと聞いて、ムジカは複雑な気分だった。
 ムジカの下に警察が来ていないということは、バセットはムジカとラスのことを漏らしていないのだろう。
 それが不思議で、ただ政治ごとは面倒だと改めて思ったものだ。

「ファリンも地道に稼ぐことにしたらしいし、あたしも探掘屋シーカーの仕事もしばらくは困らなさそうだし、一件落着だろう」

 巨竜型が遺跡内で暴れたことで第4第5探掘坑の一部が崩壊し大損害を被ったが、巨竜型が空けた穴が新たな探掘坑として整備されることなり、熟練の探掘屋シーカー達が殺到しているのだ。
 バーシェ政府や帝国探掘隊への糾弾は冷めないが、同時に久々の好景気に活性化していた。

 保護されたファリンをはじめとする子供たちは療育院にひきとられたが、結局何人かは脱走したらしい。自分で稼ぐ手段を持っている子供にとっては、退屈極まりない場所だったようだ。
 ファリンが、数日前から一緒に捕まっていた子供たちと共にハムサンドの販売を再開していたのには感心してしまったものだ。
 ともあれアルーフ達を取り逃がしたことは悔いが残るが、ラスの正体が明るみにならなかったことを喜ぶべきだろう。

「ムジカ、朝食ができました」
「って言うか何作ってたんだ」

 台所で作業をしていたラスがようやくこちらを向き、ムジカは畳んだ新聞を無造作にテーブルに置いた。小麦が焼ける良いにおいが気になっていたのだ。
 ラスが差し出した皿には、こんがりと黄金色に焼けたスコーンが盛られていた。丁寧に丸く整形され、側面に亀裂が走るほど膨らんだそれは、見るからに食欲をそそる。ベリーのジャムはもちろん、クリームがかった色合いのクロデットクリームまで添えられていた。
 ありていに言えばものすごくまともな品に、ムジカはまじまじとラスを見た。

「お前、よく作れたな」
「以前供給した夕食は大変不評でしたので、確実なものを用意しました」
「くそまずいって言ったの、気にしてたんだな……」

 ムジカは苦笑するしかない。
 以前ラスがムジカの栄養事情を改善するために行った料理は、見た目は大変良かったものの味が最悪にまずかったのだ。高濃度のエーテルのなかに放り込まれたような気分だった、とムジカは反芻する。
 それでもめげずに作ったのだからこれは口をつけねばならないだろう、と覚悟を決めたムジカはまだ湯気の立つスコーンを手に取った。

 厚みにフォークを刺して、半分に割れば蒸気がふわりと立ち上る。
 クロデットクリームとジャムをのせて一口頬張れば、ほろりと口の中でほどけ、小麦粉とミルクの甘い香りが広がった。

「うんまっ! なんだこれめちゃくちゃうめえっ。そこらの店で買うのよりずっとうまいじゃないかっ」
「ありがとうございます」

 空腹なことと相まって次々に手を伸ばすムジカの眼前に座ったラスは、どことなく得意げに思える。そのような表情をしても許されるおいしさがそこにはあった。

「こんなうまいレシピ、一体誰から教わったんだ?」

 夢中で食べながらもふと気になって訊ねれば、ラスはゆっくりと瞬きをする。

「該当する記録がありません。が制作工程レシピの記録だけは残っていました」

 その答えにムジカは驚いて、スコーンをかじる手を止める。
 あの夜にも似たようなことがあった。

「もしかしてお前、前のこと思い出しかけてるんじゃないか? 前の指揮者ディレットとの記憶とか」

 すでに本人の意思に関係なくどうこうする気がないとはいえ、ラスが制作された経緯が気にならない訳ではない。

「わかりません。ただ……」

 ムジカが身を乗り出して問いかければ、ラスは自分の球体関節の手に目を落としていた。

「ただ、スコーンを作るときは冷たい手が良いのだと。教えられた気がします」

 うつむいているせいか、ラスは迷子になってしまったような、寂しさが見えるような気がした。
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