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黄金期の遺産1
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エーテル弾は翼によってすべて防がれた。
ムジカをかばうように降り立ったのは、2翼を羽ばたかせる青年人形だった。
ラスはムジカのスカートをはためかせて飛ぶ。
突如現れたラスに動揺した護衛役たちは、青年人形が通り過ぎた一瞬で、エーテル銃を破壊されていた。
さらに翼を翻し、足止めされていた獅子型を無力化したラスは、ムジカの元に舞い戻る。
銀の髪を揺らすラスに目立った外傷はないことに、少し安堵してムジカは鷹揚に迎えてやった。
「おう、待ってた。あいつは」
「こんのちょこまかとっ! まだ終わってねえぞ!」
後ろから野太い声が響いたとたん、ムジカはラスに抱え上げられた。
轟音と業風を引き連れてヴァルが飛んでくるのが見えた途端、先までムジカが居た場所に、彼の発熱した右腕がたたきつけられた。
衝撃波にも似た高音と同時にたたきつけられた地点を中心に、床が陥没する。
「なんだあれ!?」
「純粋な腕力に加え、限界まで圧縮した空気を打ち出しています。おそらく全力で行使した場合、大半の建材は貫けるものと考えます」
「お前並にでたらめだな!?」
戦慄するムジカだったが、ヴァルを改めてみて気づく。
左腕が二の腕の半ばからなく、ぱちぱちとエーテル光をはじけさせていたのだ。
苦々しげヴァルは、無造作にアルーフへと叫んだ。
「くっそ、嬢ちゃんの声が俺まで効くなんて聞いてないぞっ。腕1本もってかれた。どういうこったよアルーフ!」
「おそらく体内の小型のエーテル結晶が反応しているんでしょう。あなたも指揮者適性があるからこそ奇械の腕が動くとはいえ、奇械に引きずられているのかも知れませんね。あとで所感をレポートにまとめなさい」
「ああそうかよこの研究馬鹿!!」
左腕がもげているにもかかわらず平然と話すヴァルとアルーフたちに、気色ばんだバセットが割って入った。
「グレンヴィル、どういうことだ。あれはただの奇械ではなかったのか。あのような性能を有する人型の自律兵器など……」
「ああもうどうしようかな、色々めんどくさいなあ」
仲間割れに近い口論を始める彼らにぽかんとしながらも、ムジカはこっそりラスへと問いかけた。
「ラス、ファリンたちは逃げきれたかな」
「十分だと予測します」
ムジカの目的はファリンたちが無事逃げおおせるまでの時間かせぎだった。
彼らと別れてからかなりの時間が経っている。順調に進まずとも、子供達の足なら地上に出られていてもおかしくない。
そうすれば間違いなく、ファリンは探掘組合の詰め所へと駆け込むだろう。
詰め所には深夜に戻ってくる探掘屋や、勝手に入り込む不届きな輩の出入りを見張るため必ず人が居る。確実に統括役へ伝わるはずだ。
あとは逃げるだけだ、もう付き合う必要はない。
ラスが紫の瞳を見開いて、ばっと振り返った。
「ムジカ!」
その愕然としたムジカが戸惑っていれば、ラスの硬い体とエーテルの翼にかばわれる。
瞬間、びりびりと床が揺れた。
衝撃波と共に大地を切り裂く轟音と熱風に襲われた。
吹き飛ばされそうな圧力に混乱し、ようやくラスに離されたムジカは、かばわれた意味を知る。
先ほどまで壁と通路があったはずの場所が焼け溶けていた。
昇降機の発着場は跡形もなく消え去り、縁は破壊されどろどろに溶けており、熱を発していた。
激しい崩落の音と警告を示すサイレンが鳴り響く。
「何が、あったんだ」
「巨竜型が暴走したみたいだね」
アルーフがのんきに言った単語を、ムジカはとっさに理解できなかった。
「巨竜、型?」
「当時、熾天使に対抗されて造られた広域殲滅用の巨大自律兵器だよ。バーシェ近くに埋まっているのを見つけてね。我が雇い主殿はこいつを象徴にバーシェを改革するつもりだったんだけど」
そのときバセットがアルーフの胸倉につかみかかった。
「グレンヴィルあれを止めるすべは! そもそも休眠させていたはずだろう!? なぜ勝手に起動している!」
「うーん、もともと都市殲滅用で対熾天使と指揮者を倒すために作られた自律兵器だからね。これだけ派手に奇械を作っていたなかで、ミスムジカの指揮歌に刺激されたのがダメ押しになったのかもね」
「あたし!?」
「あと、修繕したはいいけど、管制頭脳に厳重なプロテクトがかかっていて再教育ができずに強制的に眠りにつかせていたんだ。止める方法なんて指揮歌も受け付けないのにあるわけないだろう。まだ本調子じゃないだろうけど、じきに外に出るよ」
「あんなものが外に出たら、バーシェは壊滅するではないか……」
「あたりまえじゃないか。そういうものが欲しかったんだろう?」
バセットの顔がバーシェの霧のような濁った色になるが、アルーフは不思議そうに首を傾げながらも、衣服を整えて首を傾げた。
「うーんエーテル結晶はだいぶ取り除いたはずなんだけど、まだこれだけ出力が出るのか」
「悪食巨竜は空気中に含まれるエーテルの他、物質をエーテルに変換して取り込む機能を有していました。半永久的に動力供給が可能です」
ラスが淡々と答えるのを呆然と聞いていたムジカだったが我に返る。
あまりに平静なアルーフの反応にぞっとしている場合じゃない。
「君たちを詳しく調べられないのは大変心残りだが。引き際のようだね」
アルーフがコートの内ポケットから取り出したのは、ラジオにも似た小型の装置だった。
「施設内に残っている全職員に告げる。この施設は放棄する。生き埋めになりたくなかったら逃げよう!」
気軽に言い切ったアルーフは、いつの間にか円筒形の鳥かごのような乗り物に乗り込んでいた。
浮遊型の移動具だ。
「一応ああなっても基礎概念は残っているらしくてね、地上に出れば、間違いなく真っ先にバーシェを狙うよ」
「てめえ逃げるのか!」
「だってまだまだ研究は続けたいからね! どうするミスムジカ。僕は君なら連れて行ってもいいかなって思っているんだけど」
そういうアルーフは変わらぬ嘘くさい笑みを浮かべていたが、その瞳は笑っていないことにムジカは気づいた。
しかし、ムジカの答えを決まっている。
「何言ってやがる、あれを放っておけるわけねえだろ!!」
「ああ、もう、そういうところは姉さんに似てるなあ」
寂しそうに苦笑したアルーフに虚を突かれる。
ラスが飛び出していった時には、ほがらかな顔で移動具を走らせていた。
「じゃあ、また。生きていたらぜひ調べさせてくれたまえ!」
ムジカをかばうように降り立ったのは、2翼を羽ばたかせる青年人形だった。
ラスはムジカのスカートをはためかせて飛ぶ。
突如現れたラスに動揺した護衛役たちは、青年人形が通り過ぎた一瞬で、エーテル銃を破壊されていた。
さらに翼を翻し、足止めされていた獅子型を無力化したラスは、ムジカの元に舞い戻る。
銀の髪を揺らすラスに目立った外傷はないことに、少し安堵してムジカは鷹揚に迎えてやった。
「おう、待ってた。あいつは」
「こんのちょこまかとっ! まだ終わってねえぞ!」
後ろから野太い声が響いたとたん、ムジカはラスに抱え上げられた。
轟音と業風を引き連れてヴァルが飛んでくるのが見えた途端、先までムジカが居た場所に、彼の発熱した右腕がたたきつけられた。
衝撃波にも似た高音と同時にたたきつけられた地点を中心に、床が陥没する。
「なんだあれ!?」
「純粋な腕力に加え、限界まで圧縮した空気を打ち出しています。おそらく全力で行使した場合、大半の建材は貫けるものと考えます」
「お前並にでたらめだな!?」
戦慄するムジカだったが、ヴァルを改めてみて気づく。
左腕が二の腕の半ばからなく、ぱちぱちとエーテル光をはじけさせていたのだ。
苦々しげヴァルは、無造作にアルーフへと叫んだ。
「くっそ、嬢ちゃんの声が俺まで効くなんて聞いてないぞっ。腕1本もってかれた。どういうこったよアルーフ!」
「おそらく体内の小型のエーテル結晶が反応しているんでしょう。あなたも指揮者適性があるからこそ奇械の腕が動くとはいえ、奇械に引きずられているのかも知れませんね。あとで所感をレポートにまとめなさい」
「ああそうかよこの研究馬鹿!!」
左腕がもげているにもかかわらず平然と話すヴァルとアルーフたちに、気色ばんだバセットが割って入った。
「グレンヴィル、どういうことだ。あれはただの奇械ではなかったのか。あのような性能を有する人型の自律兵器など……」
「ああもうどうしようかな、色々めんどくさいなあ」
仲間割れに近い口論を始める彼らにぽかんとしながらも、ムジカはこっそりラスへと問いかけた。
「ラス、ファリンたちは逃げきれたかな」
「十分だと予測します」
ムジカの目的はファリンたちが無事逃げおおせるまでの時間かせぎだった。
彼らと別れてからかなりの時間が経っている。順調に進まずとも、子供達の足なら地上に出られていてもおかしくない。
そうすれば間違いなく、ファリンは探掘組合の詰め所へと駆け込むだろう。
詰め所には深夜に戻ってくる探掘屋や、勝手に入り込む不届きな輩の出入りを見張るため必ず人が居る。確実に統括役へ伝わるはずだ。
あとは逃げるだけだ、もう付き合う必要はない。
ラスが紫の瞳を見開いて、ばっと振り返った。
「ムジカ!」
その愕然としたムジカが戸惑っていれば、ラスの硬い体とエーテルの翼にかばわれる。
瞬間、びりびりと床が揺れた。
衝撃波と共に大地を切り裂く轟音と熱風に襲われた。
吹き飛ばされそうな圧力に混乱し、ようやくラスに離されたムジカは、かばわれた意味を知る。
先ほどまで壁と通路があったはずの場所が焼け溶けていた。
昇降機の発着場は跡形もなく消え去り、縁は破壊されどろどろに溶けており、熱を発していた。
激しい崩落の音と警告を示すサイレンが鳴り響く。
「何が、あったんだ」
「巨竜型が暴走したみたいだね」
アルーフがのんきに言った単語を、ムジカはとっさに理解できなかった。
「巨竜、型?」
「当時、熾天使に対抗されて造られた広域殲滅用の巨大自律兵器だよ。バーシェ近くに埋まっているのを見つけてね。我が雇い主殿はこいつを象徴にバーシェを改革するつもりだったんだけど」
そのときバセットがアルーフの胸倉につかみかかった。
「グレンヴィルあれを止めるすべは! そもそも休眠させていたはずだろう!? なぜ勝手に起動している!」
「うーん、もともと都市殲滅用で対熾天使と指揮者を倒すために作られた自律兵器だからね。これだけ派手に奇械を作っていたなかで、ミスムジカの指揮歌に刺激されたのがダメ押しになったのかもね」
「あたし!?」
「あと、修繕したはいいけど、管制頭脳に厳重なプロテクトがかかっていて再教育ができずに強制的に眠りにつかせていたんだ。止める方法なんて指揮歌も受け付けないのにあるわけないだろう。まだ本調子じゃないだろうけど、じきに外に出るよ」
「あんなものが外に出たら、バーシェは壊滅するではないか……」
「あたりまえじゃないか。そういうものが欲しかったんだろう?」
バセットの顔がバーシェの霧のような濁った色になるが、アルーフは不思議そうに首を傾げながらも、衣服を整えて首を傾げた。
「うーんエーテル結晶はだいぶ取り除いたはずなんだけど、まだこれだけ出力が出るのか」
「悪食巨竜は空気中に含まれるエーテルの他、物質をエーテルに変換して取り込む機能を有していました。半永久的に動力供給が可能です」
ラスが淡々と答えるのを呆然と聞いていたムジカだったが我に返る。
あまりに平静なアルーフの反応にぞっとしている場合じゃない。
「君たちを詳しく調べられないのは大変心残りだが。引き際のようだね」
アルーフがコートの内ポケットから取り出したのは、ラジオにも似た小型の装置だった。
「施設内に残っている全職員に告げる。この施設は放棄する。生き埋めになりたくなかったら逃げよう!」
気軽に言い切ったアルーフは、いつの間にか円筒形の鳥かごのような乗り物に乗り込んでいた。
浮遊型の移動具だ。
「一応ああなっても基礎概念は残っているらしくてね、地上に出れば、間違いなく真っ先にバーシェを狙うよ」
「てめえ逃げるのか!」
「だってまだまだ研究は続けたいからね! どうするミスムジカ。僕は君なら連れて行ってもいいかなって思っているんだけど」
そういうアルーフは変わらぬ嘘くさい笑みを浮かべていたが、その瞳は笑っていないことにムジカは気づいた。
しかし、ムジカの答えを決まっている。
「何言ってやがる、あれを放っておけるわけねえだろ!!」
「ああ、もう、そういうところは姉さんに似てるなあ」
寂しそうに苦笑したアルーフに虚を突かれる。
ラスが飛び出していった時には、ほがらかな顔で移動具を走らせていた。
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