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探掘潜行1
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スリアンと相談した翌日の夕暮れ、ムジカは探掘坑前で装備を確認していた。
「カラビナよし、ロープよし。エーテル計よし。浄化マスクも問題なし。閃光弾に音響弾に硬化弾各種装備よし。コルセットの骨もゆがんでない。靴紐もしめた。帽子代わりのヘルメットも問題なし」
いつも通り、体に巻き付けるポーチの中身も確認し、ムジカはまとめた荷物を背負って立ちあがった。
その拍子にスカートが揺れて、タイツにくるまれた膝をくすぐる。
やはり着慣れている服装が一番良い。こんな時でも顔がほころぶ。
「ムジカ、俺がすべて背負いますか。俺のほうが駆動時間が長く、機動力があります」
当然のごとくリュックを負うムジカにラスが疑問をぶつけてくるが、ムジカは笑っていなした。
「だから半分ももたせただろ。ほかはあたしが潜るのに必要なものばかりだから、自分で持った方が都合がいいんだよ。ついでにお前の機動力を当てにしてんだ。あたしが逃げられるように守れよ」
「了解しました」
第3探掘坑の統括役、ウォースターへは多少強引だったが話をしてきた。
統括役も探掘隊の違和には気づいていたらしく、意外にもこちらの話を一蹴せずに聞いてくれた。独自に調べていたらしい。
ムジカは、ウォースターの険しい顔を思い返す。
『ほかの組合役員も、相手がバセットだからって及び腰だ。探掘隊が黒だと確証がない限り俺たちは動けねえんだ。だがな俺たちが送った探掘屋は、みんな戻ってきてねえ』
探掘隊をひそかに探っていたと明かしたウォースターは無力さをこらえるように顔をしかめながら続けた。
『まだ若けえあんたらに行くな、と言うのが正しいんだろう。だが俺たちも切羽詰まってる。何があっても知らんぷりする代わりに、もし本当にあったのなら、俺たちは動く。必ずだ』
ウォースターはムジカに対しそれ以上の答えを出せないことを、無念に思っているようだった。
別に気にしなくてもいいのに、と思う。
「憶測じゃあ動けないってのはその通りだよな。もし決定的な証拠がつかめさえすれば探掘坑組合全体で動くって約束してくれたのが破格だ」
何せムジカは探掘屋とはいえ、一介の小娘である。言外に動いていいと許可を与えることのほうが意外だった。自己責任なのは探掘屋の常なのだから。
あの反応なら、探掘隊に探掘組合が協力していることはないだろう。喜ぶべき収穫だった。
「ムジカの目標は、公認探掘隊の実態を明るみにする、ですね。蛙型の出現した第3探掘坑に行かず第5探掘坑へ来たのは、1日かけて整理した資料と関係がありますか」
「お、良いとこに気づいたな。その通りだよ」
ラスが積極的に聞いてくることに驚きながらも応じた。
ここは第3ではなく、そこから離れた第5探掘坑内なのだから。
統括役と話し合い、今日の午後と翌日の休暇をもらったムジカは自宅へ引き返し、倉庫に眠る父の探掘記録をひっくり返したのだ。遺産を見つけることに偏執的であったアルバは記録の残し方に大きなムラがあった。アルバへの反感も手伝いムジカも適当に眺めるだけだったのだが。
「奇械の製造工場ってことは、広いもんだろ。親父の記録の中に『巨大な空間を発見。奇械はナシ』ってのが書いてあった気がしたんだよ。お前がいたおかげで、ある程度の場所の見当もつけられた」
「資料の記録と解析は得意分野です」
淡々と言うラスだが、どこか得意そうだとムジカは思った。
実際、1日かけただけの成果はあったのだ。アルバの記録はムジカだけで調べていれば確実に期限に間に合わなかった。はたから見れば本当に読んでいるのかわからない速度で閲覧していくラスのおかげで確信を持てたのだ。
第5探掘坑は数年前、バーシェの外れで見つかったばかりの新しい探掘坑だ。入り口は横穴式で、徒歩でしか侵入できない上、中はエーテル結晶の自生がまばらで侵入ですら多大な苦労を伴う。
たった一月前は、自分の命を捨てるように潜っていたにもかかわらず、ムジカはなんだか奇妙な懐かしさを覚えていた。
先ほどくぐってきた入り口は、潜る人間より出てくる探掘屋のほうが多かったがひりつくような緊張感を孕んでいる。
ムジカもああいう目をしていたのだろう。他人を押しのけてでも利益をつかもうと、餓えたようにしのぎを削り合っていた。
一月潜らなければ、それだけ遅れる。だから出てきた探掘屋がときおりムジカを見かけて驚きの表情を浮かべるのは当然のことだろう。前はそういう視線が気になったものだが、今は不思議なほど凪いでいた。
ただすこし気になったのは、サンドウィッチ売りのファリンが居なかったことだ。その時々で売る探掘坑を変えていることは知っていたが、ここ最近彼の姿を見ていない。
そもそも遺物の売値が変動しやすく商売になりやすい第4、第5探掘坑を主な縄張りにしていた彼が、比較的安全な第3探掘坑にも手を伸ばして来たことが少々不思議であったのだが。
タイミングが合わないだけかも知れないと思ったムジカは、思考を切り替えラスを見上げた。
「カラビナよし、ロープよし。エーテル計よし。浄化マスクも問題なし。閃光弾に音響弾に硬化弾各種装備よし。コルセットの骨もゆがんでない。靴紐もしめた。帽子代わりのヘルメットも問題なし」
いつも通り、体に巻き付けるポーチの中身も確認し、ムジカはまとめた荷物を背負って立ちあがった。
その拍子にスカートが揺れて、タイツにくるまれた膝をくすぐる。
やはり着慣れている服装が一番良い。こんな時でも顔がほころぶ。
「ムジカ、俺がすべて背負いますか。俺のほうが駆動時間が長く、機動力があります」
当然のごとくリュックを負うムジカにラスが疑問をぶつけてくるが、ムジカは笑っていなした。
「だから半分ももたせただろ。ほかはあたしが潜るのに必要なものばかりだから、自分で持った方が都合がいいんだよ。ついでにお前の機動力を当てにしてんだ。あたしが逃げられるように守れよ」
「了解しました」
第3探掘坑の統括役、ウォースターへは多少強引だったが話をしてきた。
統括役も探掘隊の違和には気づいていたらしく、意外にもこちらの話を一蹴せずに聞いてくれた。独自に調べていたらしい。
ムジカは、ウォースターの険しい顔を思い返す。
『ほかの組合役員も、相手がバセットだからって及び腰だ。探掘隊が黒だと確証がない限り俺たちは動けねえんだ。だがな俺たちが送った探掘屋は、みんな戻ってきてねえ』
探掘隊をひそかに探っていたと明かしたウォースターは無力さをこらえるように顔をしかめながら続けた。
『まだ若けえあんたらに行くな、と言うのが正しいんだろう。だが俺たちも切羽詰まってる。何があっても知らんぷりする代わりに、もし本当にあったのなら、俺たちは動く。必ずだ』
ウォースターはムジカに対しそれ以上の答えを出せないことを、無念に思っているようだった。
別に気にしなくてもいいのに、と思う。
「憶測じゃあ動けないってのはその通りだよな。もし決定的な証拠がつかめさえすれば探掘坑組合全体で動くって約束してくれたのが破格だ」
何せムジカは探掘屋とはいえ、一介の小娘である。言外に動いていいと許可を与えることのほうが意外だった。自己責任なのは探掘屋の常なのだから。
あの反応なら、探掘隊に探掘組合が協力していることはないだろう。喜ぶべき収穫だった。
「ムジカの目標は、公認探掘隊の実態を明るみにする、ですね。蛙型の出現した第3探掘坑に行かず第5探掘坑へ来たのは、1日かけて整理した資料と関係がありますか」
「お、良いとこに気づいたな。その通りだよ」
ラスが積極的に聞いてくることに驚きながらも応じた。
ここは第3ではなく、そこから離れた第5探掘坑内なのだから。
統括役と話し合い、今日の午後と翌日の休暇をもらったムジカは自宅へ引き返し、倉庫に眠る父の探掘記録をひっくり返したのだ。遺産を見つけることに偏執的であったアルバは記録の残し方に大きなムラがあった。アルバへの反感も手伝いムジカも適当に眺めるだけだったのだが。
「奇械の製造工場ってことは、広いもんだろ。親父の記録の中に『巨大な空間を発見。奇械はナシ』ってのが書いてあった気がしたんだよ。お前がいたおかげで、ある程度の場所の見当もつけられた」
「資料の記録と解析は得意分野です」
淡々と言うラスだが、どこか得意そうだとムジカは思った。
実際、1日かけただけの成果はあったのだ。アルバの記録はムジカだけで調べていれば確実に期限に間に合わなかった。はたから見れば本当に読んでいるのかわからない速度で閲覧していくラスのおかげで確信を持てたのだ。
第5探掘坑は数年前、バーシェの外れで見つかったばかりの新しい探掘坑だ。入り口は横穴式で、徒歩でしか侵入できない上、中はエーテル結晶の自生がまばらで侵入ですら多大な苦労を伴う。
たった一月前は、自分の命を捨てるように潜っていたにもかかわらず、ムジカはなんだか奇妙な懐かしさを覚えていた。
先ほどくぐってきた入り口は、潜る人間より出てくる探掘屋のほうが多かったがひりつくような緊張感を孕んでいる。
ムジカもああいう目をしていたのだろう。他人を押しのけてでも利益をつかもうと、餓えたようにしのぎを削り合っていた。
一月潜らなければ、それだけ遅れる。だから出てきた探掘屋がときおりムジカを見かけて驚きの表情を浮かべるのは当然のことだろう。前はそういう視線が気になったものだが、今は不思議なほど凪いでいた。
ただすこし気になったのは、サンドウィッチ売りのファリンが居なかったことだ。その時々で売る探掘坑を変えていることは知っていたが、ここ最近彼の姿を見ていない。
そもそも遺物の売値が変動しやすく商売になりやすい第4、第5探掘坑を主な縄張りにしていた彼が、比較的安全な第3探掘坑にも手を伸ばして来たことが少々不思議であったのだが。
タイミングが合わないだけかも知れないと思ったムジカは、思考を切り替えラスを見上げた。
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※《ウミヘビ》は毒劇や危険物、元素を擬人化した男子になります
※研究所に所属している職員《クスシヘビ》は全員モデルとなる化学者がいます
※この小説は国家資格である『毒劇物取扱責任者』を覚える為に考えた話なので、日本の法律や規約を世界観に採用していたりします。
参考文献
松井奈美子 一発合格! 毒物劇物取扱者試験テキスト&問題集
船山信次 史上最強カラー図解 毒の科学 毒と人間のかかわり
齋藤勝裕 毒の科学 身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで
鈴木勉 毒と薬 (大人のための図鑑)
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