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準備
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問われたラスは、紫の瞳をムジカに向けてきた。
「ムジカ、相棒の定義を教えてください」
「そ、それは、対等に渡り合って、命を預けて、問題を共有して一緒に生き残る相手かな?」
昨夜の自分は我ながらおかしなテンションだったと、羞恥に駆られつつ答えれば、ラスはわずかな沈黙の後、スリアンに向き直った。
「俺は自律兵器です。歌姫であるムジカの意志に従います」
「結局それか」
スリアンがつまらなさそうに冷めたつぶやきを漏らしたが、青年人形は「ですが、」と続けた。
「ムジカは俺を相棒、といいました。それにふさわしくあるべきだと考えます。ムジカが屈しないというのであれば、俺はその行動を補助します」
「おまえ……」
「なにより、ムジカの下にいなければムジカの歌が聴けません。俺が困ります」
ああそうだった。この青年人形はそこだけははじめから譲らなかったのだ。
人形特有の淡々とした、しかし大まじめな返答に目を丸くしたスリアンはムジカを見やった。隻眼は非常に生ぬるかった。
「あんた、いつのまにこんなにたらし込んだんだよ、隅に置けねえな」
「いや、たらし込んだわけじゃないし!」
「そうだったねえ、あんたはいつでも奇械をたらし込む天才だった。今に始まったことじゃない。アルバにもできなかったことだ」
「べつに大したことしてない」
その視線に妙な気恥ずかしさに襲われて顔を赤らめたが、ムジカは急に父親のことを持ち出されても胸がきしまないことに気づく。
青の瞳を瞬いていれば、スリアンは眉を上げて遺憾の意を示した。
「なにいってんだい。アルバができたのは奇械を一時停止させることだけだ。あんたみたいに奇械に指示を与えることも、自律兵器を止めることなんてできなかったんだよ」
「いやでも、自律兵器はあのとき一度だけで……」
「指揮歌の影響なんてもんは自律兵器だろうと奇械と変わらないんだよ。要はあれ、聞き惚れさせてるんだからな。自律兵器のほうがえり好みが激しいってだけで、プロテクトなんてかけてもぶち抜くのが歌姫ってもんさ。その点、あんたは最高に奇械に愛される声をしてるよ」
スリアンが微笑しながら見るのは、銀の髪と紫の瞳の青年人形だ。
そう、彼は黄金期の最高傑作、熾天使なのだ。
頬が熱くなり、急にこの場から逃げ出したいここちになったムジカだったが、咳ばらいをして無理やり切り替えた。
「とりあえず、本当に実験や試験をやってんのか確かめてくる。遺跡内でやってるんなら、遺跡内に拠点があるはずだろう」
バーシェは狭い都市だ。新しく建物ができればたちまち街中に知れ渡る。
それがないということは、住民の目に届かない場所、つまり遺跡が怪しい。
にやにやとしていたスリアンも考える顔になる。
「まず証拠を押さえておくのは悪くないが、広い遺跡を当てもなく探す時間はないだろ」
「あたしが手紙を読み間違えてなきゃ、3日待ってくれるってさ。それでも短いけど」
スリアンの下に届けられた荷物をすべてチェックしたときに出てきた手紙だ。アルーフの印象通り、気取ったような筆致で3日後の待ち合わせ場所まで描かれていたそれは、断ることなど微塵も考えていない雰囲気だった。
じりじりと追い詰められていく焦燥がある。
だがその感じは、借金を返すために命を張って遺跡に潜った時に経験している。明確な敵が居るだけ気が楽だったし、あきらめるのはできることを全力でやり抜いてからでいいのだ。
「当てがないわけじゃないから、調べてくる」
「確かめるって……?」
スリアンがまさかと言わんばかりに目を見開く中、ムジカは己の相棒を見やった。
「ラス。体はどうだ」
「はい、93%充填完了です。資材の提供により、損傷も80%補填できました。十全な機能を発揮できます」
宣言したラスがコードを外して立ちあがる。
服を身に着け始めるラスを待っていれば、ムジカはスリアンのもの言いたげな案じるようなまなざしに気づいた。
「無茶だけは、するなよ。あんたが逃げても私は味方だ」
「スリアンあたしは子供じゃないよ。自分の責任は自分でとる」
姉であり母のようだったスリアンには迷惑をかけ通しだが、ムジカは不敵に笑って見せた。
「あたしは政治屋でも貴族様でもない。探掘屋だ。遺跡に眠ってるものなら、何でも発掘してやるよ」
「ムジカのサポートが俺の役目です」
「せいぜいこき使うからな、覚悟しておけよ」
ムジカが軽口を叩く姿を、スリアンはどこかまぶしげに見つめていた。
「ムジカ、相棒の定義を教えてください」
「そ、それは、対等に渡り合って、命を預けて、問題を共有して一緒に生き残る相手かな?」
昨夜の自分は我ながらおかしなテンションだったと、羞恥に駆られつつ答えれば、ラスはわずかな沈黙の後、スリアンに向き直った。
「俺は自律兵器です。歌姫であるムジカの意志に従います」
「結局それか」
スリアンがつまらなさそうに冷めたつぶやきを漏らしたが、青年人形は「ですが、」と続けた。
「ムジカは俺を相棒、といいました。それにふさわしくあるべきだと考えます。ムジカが屈しないというのであれば、俺はその行動を補助します」
「おまえ……」
「なにより、ムジカの下にいなければムジカの歌が聴けません。俺が困ります」
ああそうだった。この青年人形はそこだけははじめから譲らなかったのだ。
人形特有の淡々とした、しかし大まじめな返答に目を丸くしたスリアンはムジカを見やった。隻眼は非常に生ぬるかった。
「あんた、いつのまにこんなにたらし込んだんだよ、隅に置けねえな」
「いや、たらし込んだわけじゃないし!」
「そうだったねえ、あんたはいつでも奇械をたらし込む天才だった。今に始まったことじゃない。アルバにもできなかったことだ」
「べつに大したことしてない」
その視線に妙な気恥ずかしさに襲われて顔を赤らめたが、ムジカは急に父親のことを持ち出されても胸がきしまないことに気づく。
青の瞳を瞬いていれば、スリアンは眉を上げて遺憾の意を示した。
「なにいってんだい。アルバができたのは奇械を一時停止させることだけだ。あんたみたいに奇械に指示を与えることも、自律兵器を止めることなんてできなかったんだよ」
「いやでも、自律兵器はあのとき一度だけで……」
「指揮歌の影響なんてもんは自律兵器だろうと奇械と変わらないんだよ。要はあれ、聞き惚れさせてるんだからな。自律兵器のほうがえり好みが激しいってだけで、プロテクトなんてかけてもぶち抜くのが歌姫ってもんさ。その点、あんたは最高に奇械に愛される声をしてるよ」
スリアンが微笑しながら見るのは、銀の髪と紫の瞳の青年人形だ。
そう、彼は黄金期の最高傑作、熾天使なのだ。
頬が熱くなり、急にこの場から逃げ出したいここちになったムジカだったが、咳ばらいをして無理やり切り替えた。
「とりあえず、本当に実験や試験をやってんのか確かめてくる。遺跡内でやってるんなら、遺跡内に拠点があるはずだろう」
バーシェは狭い都市だ。新しく建物ができればたちまち街中に知れ渡る。
それがないということは、住民の目に届かない場所、つまり遺跡が怪しい。
にやにやとしていたスリアンも考える顔になる。
「まず証拠を押さえておくのは悪くないが、広い遺跡を当てもなく探す時間はないだろ」
「あたしが手紙を読み間違えてなきゃ、3日待ってくれるってさ。それでも短いけど」
スリアンの下に届けられた荷物をすべてチェックしたときに出てきた手紙だ。アルーフの印象通り、気取ったような筆致で3日後の待ち合わせ場所まで描かれていたそれは、断ることなど微塵も考えていない雰囲気だった。
じりじりと追い詰められていく焦燥がある。
だがその感じは、借金を返すために命を張って遺跡に潜った時に経験している。明確な敵が居るだけ気が楽だったし、あきらめるのはできることを全力でやり抜いてからでいいのだ。
「当てがないわけじゃないから、調べてくる」
「確かめるって……?」
スリアンがまさかと言わんばかりに目を見開く中、ムジカは己の相棒を見やった。
「ラス。体はどうだ」
「はい、93%充填完了です。資材の提供により、損傷も80%補填できました。十全な機能を発揮できます」
宣言したラスがコードを外して立ちあがる。
服を身に着け始めるラスを待っていれば、ムジカはスリアンのもの言いたげな案じるようなまなざしに気づいた。
「無茶だけは、するなよ。あんたが逃げても私は味方だ」
「スリアンあたしは子供じゃないよ。自分の責任は自分でとる」
姉であり母のようだったスリアンには迷惑をかけ通しだが、ムジカは不敵に笑って見せた。
「あたしは政治屋でも貴族様でもない。探掘屋だ。遺跡に眠ってるものなら、何でも発掘してやるよ」
「ムジカのサポートが俺の役目です」
「せいぜいこき使うからな、覚悟しておけよ」
ムジカが軽口を叩く姿を、スリアンはどこかまぶしげに見つめていた。
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