夜明けのムジカ

道草家守

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 ムジカが眉を寄せる隣で、スリアンが首をかしげていた。

「未熟、かい?」
「はい。特に戦闘行動に関しては圧倒的に経験値が不足していたように思えます」

 ムジカは、はっとした。

「もしかして、遺跡内で経験値を積ませてたんじゃないか。もしくは奇械アンティークの試運転をしていたとか。管制頭脳を1から造ったのなら、何かしらの方法で経験を積ませなきゃいけない。遺跡内なら奇械アンティークが徘徊してても誰も不思議に思わないし人間や奇械アンティーク相手の戦闘もできる。何があってもただ奇械アンティークの仕業で済ませられる」
「動作試験、あるいは慣らし運転というのはあり得る話だな」
「そう! だから探掘隊の目的は、遺物を持ち出すことじゃなくて、動作試験を終わらせた奇械アンティークを回収することだった! だからあいつら探掘は素人だったんだよ、そもそも探掘屋シーカーじゃないんだ!」

 弾んだ調子で言ったムジカはふつふつと腹の底から湧き上がるような怒りに、青の瞳を燃え上がらせた。
 自分の庭を素人に我が物顔で荒らされていたのだ。気分が良いはずがない。

「ああ、まあそうだな」

 ただ、スリアンの表情は憂いを帯びていて、ムジカの興奮は少し去った。

「あたしはむかつくけどさ。スリアンはすごいと思わないのか。人間の手でまた奇械アンティークが生み出されたんだぞ。奇械アンティーク技師スミスにとっては念願ってやつなんじゃないのか」
「まあ、そうなんだけどな。黄金期からようやくここまで追いついたか、と思いはするが。人相手に実戦を積ませているのなら、それは戦闘用だということだ」

 その固い声音に、ムジカはすと背筋に氷を突っ込まれたような心地になる。

「バーシェ政府は戦争をしようとしてるのか」
「あくまで推論に推論を重ねていた上での可能性だがな」

 ムジカは戦争を直接は知らない。だが、獅子型や蛙型の自律兵器が何百体も街へ押し寄せてくればどうなるかくらいは想像がつく。それは虐殺と蹂躙だ。なぜそんなことを仕掛けようとするのか、ムジカにはまったくわからなかった。
 だが、スリアンはほかにも気になることがあるらしい。ためらいがちに口にした。

「それにあいつら造った奇械アンティークは、何を基盤に使っているんだろうな」
「基盤ってあいつらが管制頭脳へ熾天使の思考回路の代わりに、何を転写されているかってことか」
「まあな。大事な部分はそうそう再現できないから、重要視されてるんだ。技術を一足飛びに進歩させるには、それ相応の犠牲がつきもののはずなんだよ」

 その言葉はムジカの心に不安が忍び寄るが、スリアンは場の空気を変えるように明るく言った。

「ただそのあたりは今考えても仕方ないな。大事なのはその人形を渡さないで済む方法だ」
「それは、そうだけど。決め手がない」
「まあなあ」

 ムジカはスリアンと共に顔を険しくするしかない。
 ムジカは情報と関係を一つ一つ吟味しながら慎重に言った。

「あたしら探掘屋シーカーや採掘夫達を勝手に実験に協力させていたのは、すっげえむかつくけど。それだけじゃ弱いよな」
「そうだな。死人が出てても、私たちの命は上層の人間にとっては奇械アンティークよりも価値がないからな」

 それは下層の人間が日頃忘れていても生活のそばにある感覚だ。上層の人間は下層民に興味がない。下層民が上層民を同じ人間だと思っていないのと同じように、無関心なのだ。
 持てる者の義務と称して孤児院や救貧院に炊き出しに来ることもあるが、それが的外れであることは全員の共通認識だ。
 それでも、評議会は貴族院と市民院の合議制であり、特にバーシェの要である探掘労働組合の発言力はかなりのものがあった。
 数年前にバーシェ全体で児童労働を規制したときにも、探掘労働組合が率先して取り締まらなければここまで浸透しなかったのでは、と言われている。遺跡内ならば、政府より探掘組合のほうが強いのだ。
 だが探掘組合が、探掘隊の横行を黙認せざる追えない理由は。

 慣れないことを考えすぎて頭が爆発しそうになりながらも、ムジカは言った。

「あたしとラスが自由でいるためには、公認探掘隊のしていることを統轄役のウォースターさんに訴えることだと思う。醜聞になって新聞に掻き立てられれば、だれも親玉の研究所の成果なんて信用しなくなるし、あたしたちなんかにかまっていられなくなるだろう」
「まあ、それしかないだろうが」

 スリアンは、それでも厳しい表情で続けた。

「研究所は政府の公認だ。あらぬ噂を立てれば、それこそあんたの命の保証もないし、言ったとして統轄役が組合を動かしてくれるとは限らないぞ。研究所の後ろ盾は探掘屋シーカーに人気が高いバセット議員がいるんだからな」

 スリアンの冷静な指摘に、ムジカは黙り込むしかなかった。
 たかが探掘屋シーカーであるムジカに、個人で影響を及ぼせるような権力はない。
 上層階の人間がかかわってくるのであれば、手に負える代物ではなかった。

「それでもアルーフのいけ好かねえ顔、ぶち抜いてやりたい」

 ムジカの青い瞳に宿る意思は、潰えなかった。
 無謀なムジカの宣言にスリアンがあきれたように肩をすくめたが、その表情に陰りは見えない。

「ポンコツも腹くくれよ。一応男性体で造られてんだ。守られるだけのお姫様は私が許さねえよ」
「俺はお姫様、ではありません」

 スリアンの軽口に、コードにつながれながらもラスは淡々と返したが、スリアンはそれで終わらせる気はないようだ。

「だけど、てめえがあの野郎の下へ行けば万事解決だからな。それでもムジカがあんたを手放したくないって言うから協力するんだよ」
「スリアン、それは語弊がある! あたしはラスを引き渡すのは最後の手段にするってだけで……」
「この時点で十分無謀なことをしでかしてるっての」

 スリアンにあきれ顔で言われたムジカは黙り込むしかない。

「どうする? 主の安全を優先するんなら、その野郎のところに行くのが一番だぞ」

 その間にスリアンはラスを試すように言葉を重ねた。
 ムジカは話を進めていたがラスの意思を確認していなかったと気づき、そっと伺う。
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