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子守唄1
しおりを挟む「俺が補給を求めなかったのは、あなたが歌いたくないと、言ったからです」
虚を突かれたムジカは、ラスを見下ろした。
未だに床へと倒れる彼の紫の瞳が、テーブルに置かれたエーテルランプの明かりで揺れていて。それが泣くのをこらえている迷子のように見えた。
「なに、それ」
「記憶しているエーテル供給方法は、一般に販売されているエーテル流動体の経口摂取ではなく、歌姫の声によって最適に調律された空間で過ごすことでした」
「調律、されたって」
「俺の場合、ムジカの声です。最も効率が良いのは、韻を踏んだ歌唱でした」
確かに奇械には、音声や韻を踏んだ指揮歌で様々な影響を与えることができる。だが補給にまで及ぶなんて、考えもしなかった。
全身から力が抜けるムジカが見下ろす先で、ラスは淡々といつもと変わらず言葉を紡いでいく。
「蛙型の鹵獲をした時には、補給を求めるべきだと認識していました。ですが、ムジカは歌いたくないと言いました。どちらを優先するべきか思考した結果、ムジカの意思を尊重すべきだと結論づけました」
『……ムジカは、歌いたくないということでしょうか』
『端的に言えば、そうだ』
『俺はムジカのための自律兵器です。あなたの希望を叶えます』
酒場から逃げかえった日の会話を思い出したムジカは息を飲む。
あのときの言葉はそういう意味だったのか、とようやく気がついた。こみ上げてくるものが何かわからず、ムジカはぎゅっとスカートを握りしめる。
「なんで、そんなこと気にするんだよ。それでこんな風にへばるなんて、何してんだよ。高度な判断ができる最強の自律兵器じゃねえのかよ」
激高した時と似たような言葉を繰り返したムジカだが、その声に力はない。
すると、ラスがゆっくりと瞬いた。
「ムジカ、今あなたは、苦しいのですか」
「どうして」
「あなたの表情は、父親のことを話した日と同じように、見えます」
戸惑いのまま、青い目を見開くムジカに、ラスは訥々と続けた。
自分でも、何を言っているのかわからないように。
「あなたがそのような顔をすると、俺の思考回路にノイズが走ります。できる限りその顔をさせたくないと考えました。ムジカは優先上位対象の希望が、対象のためになるのであれば叶えるべきだ、と教えてくれました。俺はムジカの希望をかなえたいと考えその通りにしました。しかし予測が甘くあなたにその表情をさせてしまったのは俺の落ち度です」
「……なんだよ、お前」
「そして先ほどの問いですが。俺が再稼働するためにはあなたが必要でした。ですが稼動を義務づけられてはいませんでした」
よくわからなくて、ムジカが首をかしげたが、ラスはどこか茫洋としたまなざしで言葉を紡いでいく。
「俺の現在の記憶はあなたの歌声から記録されています。視覚情報はあなたの青い瞳で始まっています。そして俺に生きていたいと語ったあなたの声のために、機体の性能を発揮することが最良であると、ムジカの歌でなければだめだと思考したのです」
「それって」
饒舌に語るラスの言葉に、ムジカはじんわりと、胸の奥底からこみ上げる熱を感じていた。にもかかわらず、先を聞くことを恐れる自分もいる。
喉がからからに渇くような心地がした。
「このような思考に最適な単語は何なのか、書物やテッサ達、統括役ウォースターやムジカの言葉や行動を観察し考察し照らし合わせて、一つ見つけました」
宝石のような紫の瞳が、ひたりとムジカの青の瞳に合わさる。
「おそらく、あなたの歌が、好きなのだと思います」
ずっと欲しかった言葉が、ムジカの中に落ちていった。
空っぽだった底に、こつりと音がひびく。
固く冷え切っていた物がほどける。
とたん激流のように溢れてこようとするものを、ムジカは必死でこらえた。
なんてことだと、思った。たった一言、単純なそれだけの言葉。
けれど淡々と、まっすぐな声がどろりとよどみきった心を洗い流していった。
「なんだよ、お前……」
漏れかける嗚咽をこらえながら、ムジカは言葉を紡ぐ。
起動したとき聞こえた歌と言うのは、使用人型を従えるために歌った指揮歌だろう。
つまりこの青年人形は、自分のために歌われた訳でもないのにムジカを選んで起動したのだ。
それなのに一度も歌ってくれと願わなかった。ムジカの想いを尊重して起動した理由である歌を聴くことすらあきらめて。ムジカが嫌だと言ったという、それだけで。
ほとりとラスの白磁の頬に雫が落ちた。
「自律兵器のくせに、馬鹿じゃねえの」
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