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熾天使2
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しかし一瞬見えた姿に愕然として、ムジカは重いスカートの裾をなんとかさばいて窓へと駆け寄る。
屋敷の外はいつの間にか、煌々とエーテルの光で照らされていて、距離は遠くとも見間違えることはなかった。
欠けた半月よりもなお明るい、エーテル光が寄り集まった一対の翼を背負った銀の人形が宵闇に浮かんでいた。
「ラス……っ!?」
何もかも忘れてムジカが叫べば、窓越しで聞こえるはずもないにもかかわらず、紫の瞳と目が合った気がした。
とたん、大量の黒い影に飲み込まれる。
「夜の飛行も問題ないようだね。が、やはり鳥型はもろいな」
アルーフがどこからか取り出した望遠鏡をのぞき込んでつぶやく。
思わず息をのんだムジカだったが、閃光のような光が幾筋も走り、大量の鳥型自律兵器がばらばらになって落ちていく。
エーテルの翼で飛翔していたラスはだが、がくりとその速度を落として落下した。
同時に屋敷の上方から飛び出してきたのは、ムジカを拉致した男だ。
しかし、エーテル光に照らされるその右腕は、ムジカを拉致したときとは違い、二回り以上大きなシルエットに変わっていた。
「はっはー! たかが捕縛網に捕まるなんざ間抜けだな自律兵器!」
高速で重いものが地面へ叩きつけられる音。
男は好戦的に顔をゆがめながら、地面へたたきつけられたラスへと拳を振りかぶる。
ムジカが夢中でガラスの窓を開けるのと同時に、爆発のような破砕音と共にエーテルの光輝が舞い散った。
屋敷にまで震動が伝わってきて、ムジカはよろめく。
漂う煙に巻かれながらも、石畳が割れてクレーター状になった地面の中心に土埃にまみれたラスがいた。
馬乗りになっている大男の金属の硬質ななめらかさをもった四肢が、庭に大量に用意されたエーテルの明かりによって照らし出される。
二回り以上太く大きな右腕は、冷えた空気にもうもうと蒸気が生じることから、かなりの発熱をしていることがわかった。
クレーターを作り上げたのはこの男だとムジカは理解した。
しかし、エーテル光輝がふくれあがり、豪腕の男は即座に離れた。
ラスはエーテルの翼で押し返したようだが、代わりに襲いかかるのは強靱な四肢とあごを持った狼型の自律兵器数体だ。
一体どれほどの自律兵器が居るのかとムジカが驚く前に、エーテルの翼によって業風が生み出される。
そして体勢を崩した狼型はラスのブレードによって切り裂かれた。
クレーターの中で無造作に立ち上がる青年人形を、ムジカはただ見つめることしかできなかった。
燃えて裂けた服から見えるのは、えぐれた胴だ。
エーテルの燐光がはじけるたびに中のコードや歯車が見え隠れしている。
その光景をクレーターの外から見ていた鋼鉄の四肢の男が乱雑に笑った。
「はっ、そうじゃなきゃ壊しがいがねぇっ!」
「ヴィル大尉、壊しすぎてはいけないよ」
「わかってるってアルーフ!」
アルーフにヴィル大尉と呼ばれた男が、叫び返す。
人間では立って居ることすらままならないはずの重傷にもかかわらず、青年人形は意に介さずクレーターから飛び出す。
再び腕を振りかぶって襲いかかってきた男を迎え撃った。
「ふむ、予想よりも耐久性が低い上に火力が弱いか? 熾天使の装備仕様に関して記録がないから類推することしかできないが、火力が外部装備で補っていたのかもしれないな。少々期待外れだが支障はないだろう」
冷静につぶやく声に、ムジカはようやく隣にアルーフへと視線を向ける。
どんな顔をしていたのだろうか、目が合ったアルーフは満足げに目を細めた。
「ようやく、理解してくれたようだね?」
「……あんたは、なんであたしに、提案するんだ。あたしを殺して奪うことだってできるのに」
ムジカの声は自分でもわかるほど弱々しかった。
アルーフはあごに手を当てて微笑む。
「僕はね、指揮者というものが大っ嫌いなんだ。人間ではなくそのシステムそのものが。自分の意思とは関係なく巻き込まれるなんて最悪だ。奇械は奇械と壊し合っていればいいし、やりたいやつだけやってればいい」
そう答えたアルーフからは、生々しい感情がにじんでいるように思えたが、ムジカには深く考える心の余裕がなかった。
足下がぐらぐらと揺れているような気がする。
ようやく、自分が震えているのだとわかる。
再び爆発のような音。震動に体をよろめかせたムジカは窓枠に掴まった。
ざあっと突風が吹き、エーテルの黄緑色に照らされて、はっと振り返る。
銀色の髪を風に揺らめかせた、精巧な人形そのものの美しい顔をした青年がこちらに手をさしのべていた。
自律兵器である証、球体関節が露わになった手だった。
「ムジカ。手を伸ばしてください」
アルトとテノールの中間。いつもと変わらない平坦な声音に、ムジカの背筋が震える。
自分がどのような顔で見上げたのか、ラスの紫の瞳が影になっていてよくわからなかった。
エーテルの翼で虚空に浮かぶラスに、ムジカは抱き上げられ攫われる。
止める様子もなくアルーフはムジカに悠然と声をかける。
「3日あげよう。僕にも都合があるからね」
内臓が冷えるような不安感は、足下が浮遊しているだけではないと、ムジカはわかってしまった。
ラスの翼が羽ばたき、たちまち屋敷から離れる。
窓枠から身を乗り出すアルーフの声はムジカには聞こえなかったが、何を言っているか如実にわかってしまった。
「良い返事を期待しているよ」
認めたくなかった。けれど、わかってしまった。
自分が、この人形を怖がっていることを。
ラスの首へ腕を回しながらも、ムジカは固く瞳を閉ざすしかなかった。
屋敷の外はいつの間にか、煌々とエーテルの光で照らされていて、距離は遠くとも見間違えることはなかった。
欠けた半月よりもなお明るい、エーテル光が寄り集まった一対の翼を背負った銀の人形が宵闇に浮かんでいた。
「ラス……っ!?」
何もかも忘れてムジカが叫べば、窓越しで聞こえるはずもないにもかかわらず、紫の瞳と目が合った気がした。
とたん、大量の黒い影に飲み込まれる。
「夜の飛行も問題ないようだね。が、やはり鳥型はもろいな」
アルーフがどこからか取り出した望遠鏡をのぞき込んでつぶやく。
思わず息をのんだムジカだったが、閃光のような光が幾筋も走り、大量の鳥型自律兵器がばらばらになって落ちていく。
エーテルの翼で飛翔していたラスはだが、がくりとその速度を落として落下した。
同時に屋敷の上方から飛び出してきたのは、ムジカを拉致した男だ。
しかし、エーテル光に照らされるその右腕は、ムジカを拉致したときとは違い、二回り以上大きなシルエットに変わっていた。
「はっはー! たかが捕縛網に捕まるなんざ間抜けだな自律兵器!」
高速で重いものが地面へ叩きつけられる音。
男は好戦的に顔をゆがめながら、地面へたたきつけられたラスへと拳を振りかぶる。
ムジカが夢中でガラスの窓を開けるのと同時に、爆発のような破砕音と共にエーテルの光輝が舞い散った。
屋敷にまで震動が伝わってきて、ムジカはよろめく。
漂う煙に巻かれながらも、石畳が割れてクレーター状になった地面の中心に土埃にまみれたラスがいた。
馬乗りになっている大男の金属の硬質ななめらかさをもった四肢が、庭に大量に用意されたエーテルの明かりによって照らし出される。
二回り以上太く大きな右腕は、冷えた空気にもうもうと蒸気が生じることから、かなりの発熱をしていることがわかった。
クレーターを作り上げたのはこの男だとムジカは理解した。
しかし、エーテル光輝がふくれあがり、豪腕の男は即座に離れた。
ラスはエーテルの翼で押し返したようだが、代わりに襲いかかるのは強靱な四肢とあごを持った狼型の自律兵器数体だ。
一体どれほどの自律兵器が居るのかとムジカが驚く前に、エーテルの翼によって業風が生み出される。
そして体勢を崩した狼型はラスのブレードによって切り裂かれた。
クレーターの中で無造作に立ち上がる青年人形を、ムジカはただ見つめることしかできなかった。
燃えて裂けた服から見えるのは、えぐれた胴だ。
エーテルの燐光がはじけるたびに中のコードや歯車が見え隠れしている。
その光景をクレーターの外から見ていた鋼鉄の四肢の男が乱雑に笑った。
「はっ、そうじゃなきゃ壊しがいがねぇっ!」
「ヴィル大尉、壊しすぎてはいけないよ」
「わかってるってアルーフ!」
アルーフにヴィル大尉と呼ばれた男が、叫び返す。
人間では立って居ることすらままならないはずの重傷にもかかわらず、青年人形は意に介さずクレーターから飛び出す。
再び腕を振りかぶって襲いかかってきた男を迎え撃った。
「ふむ、予想よりも耐久性が低い上に火力が弱いか? 熾天使の装備仕様に関して記録がないから類推することしかできないが、火力が外部装備で補っていたのかもしれないな。少々期待外れだが支障はないだろう」
冷静につぶやく声に、ムジカはようやく隣にアルーフへと視線を向ける。
どんな顔をしていたのだろうか、目が合ったアルーフは満足げに目を細めた。
「ようやく、理解してくれたようだね?」
「……あんたは、なんであたしに、提案するんだ。あたしを殺して奪うことだってできるのに」
ムジカの声は自分でもわかるほど弱々しかった。
アルーフはあごに手を当てて微笑む。
「僕はね、指揮者というものが大っ嫌いなんだ。人間ではなくそのシステムそのものが。自分の意思とは関係なく巻き込まれるなんて最悪だ。奇械は奇械と壊し合っていればいいし、やりたいやつだけやってればいい」
そう答えたアルーフからは、生々しい感情がにじんでいるように思えたが、ムジカには深く考える心の余裕がなかった。
足下がぐらぐらと揺れているような気がする。
ようやく、自分が震えているのだとわかる。
再び爆発のような音。震動に体をよろめかせたムジカは窓枠に掴まった。
ざあっと突風が吹き、エーテルの黄緑色に照らされて、はっと振り返る。
銀色の髪を風に揺らめかせた、精巧な人形そのものの美しい顔をした青年がこちらに手をさしのべていた。
自律兵器である証、球体関節が露わになった手だった。
「ムジカ。手を伸ばしてください」
アルトとテノールの中間。いつもと変わらない平坦な声音に、ムジカの背筋が震える。
自分がどのような顔で見上げたのか、ラスの紫の瞳が影になっていてよくわからなかった。
エーテルの翼で虚空に浮かぶラスに、ムジカは抱き上げられ攫われる。
止める様子もなくアルーフはムジカに悠然と声をかける。
「3日あげよう。僕にも都合があるからね」
内臓が冷えるような不安感は、足下が浮遊しているだけではないと、ムジカはわかってしまった。
ラスの翼が羽ばたき、たちまち屋敷から離れる。
窓枠から身を乗り出すアルーフの声はムジカには聞こえなかったが、何を言っているか如実にわかってしまった。
「良い返事を期待しているよ」
認めたくなかった。けれど、わかってしまった。
自分が、この人形を怖がっていることを。
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