夜明けのムジカ

道草家守

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拉致2

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 豪奢な部屋だった。
 窓には重厚なカーテンが優雅にドレープを成し、美しい壁紙が張り巡らされている。外は寒さが忍び寄るようになったにもかかわらず、室内が春のように暖かいのは、暖炉の代わりにエーテル動力のヒーターが常時熱をもたらしているからだ。
 高い天井には煌々と明るいシャンデリアがぶら下がり、板張りの床には鮮やかな絨毯が惜しげもなく敷かれていた。
 そして広々とした部屋の中央には生花が飾られた長テーブルが鎮座している。その椅子の傍らでムジカは立ち尽くしていた。

『ドウゾ、オ座スワリクダサイ』
「いや、もうちょっとまって」

 綺麗な紺のワンピースと白いエプロンを身につけた、使用人型奇械アンティークに椅子を勧められているが、ムジカはそれを曖昧に引き延ばしていた。
 そんなムジカの服装も倒れたときとは全く違い、大量のフリルとレースによって彩られた一目で贅沢だとわかるドレスだ。
 コルセットで締め上げられた腹は苦しく、結い上げられた金茶の髪は整髪剤をつけて整えられたせいで重い。さらに桃色というのがなんとも少女趣味で、鏡で見た時は何の仮装かと思ったほどだ。ムジカの機嫌はマイナスにしかならない。
 気を紛らわすために見上げた先には、美しい少女の絵画が飾られていた。
 ムジカと同年代で、もう少しムジカの髪を明るくしたような金の流れが美しい。
 この絵画の少女であれば、似合うのだろうが。

 ムジカはこの屋敷の一室で目覚めたとたん使用人型の奇械アンティークによって服を剥かれ、湯殿で体を磨かれたあげくこの衣装を着せかけられていた。
 奇械アンティークのスムーズな動きは状態の良さを伺わせ、高く売れそうだとやけのように考えたものだ。
 装備をすべて取り上げられればムジカになすすべなどなく、されるがままに身支度を整えられ、この部屋に放り出され……もとい、案内されたのだった。

 ここはカーテンを閉められているが、廊下を歩いてくる間に見えていた窓の外は暗かった。それほど時間は経っていない様子だから上層部にある屋敷だろうとは思ったが、それ以上のことはわからない。
 この部屋へ歩いてくる間にも、いくつかの奇械アンティークがおり、こうしてかいがいしく世話を焼こうとする使用人型がいるため、逃げ出すことも難しかった。

 椅子に座るしかないか、とムジカが思いかけたとき、重厚な扉が開かれる。
 現れたのは、見るからに上流階級の男だった。仕立ての良さそうなズボンに、シャツ、ジャケット。明るい色合いの髪を綺麗になでつけていた。
 少し砕けた装いだったが、いつもムジカが見る労働階級の男達よりは断然品が良い。だが、バセットとはまた違った品の良さだ。
 あまり貴族に縁がないムジカだが、どこか貴族と言うよりも医者や研究者のたぐいのような気がした。
 警戒しながら見つめていれば、上流階級の男は嬉しげにほほえみながら歩いてきた。

「やあ、会えて嬉しいよ、ミスムジカ! まずは食事にしよう。座るといいよ」

 イルジオなまりの、少々気取った発音だった。
 これほどまでに友好的に声をかけられる理由がわからず、ムジカはますます警戒に顔をこわばらせた。
 だが、名前を知られている。どんなに理不尽な扱いに腹を立てても、ここで責め立てるのは無駄でしかない。相手の目的を知るのが先だ。
 だからムジカはゆっくりとコルセットで苦しい中でも呼吸をして、言葉を発した。

「あーミスタ。あたしはあんたを知りません。なのにあんたがあたしを知っているのは不公平じゃないか」
「ふむ。それもそうかな。僕はアルーフ・グレンヴィル。元イルジオ帝立喪失碩学研究所所長なんて肩書きがあったけど。君にわかる表現を選ぶのなら政府公認探掘隊の統括役ってところかな」

 あっさりと身分を明かした男アルーフだったが、ムジカはその口調に少々いらだちを覚えた。
 確かに前者の肩書きはわからなかったが、上からの物言いがなんとも鼻につくせいだろう。
 しかしながら公認探掘隊の責任者とわかり、ムジカはなんとか自分との接点がわかり警戒を強める。

「探掘隊のお偉いさんが、あたしに何のようだ」
「そんなに警戒しなくてもいい。僕は君を歓迎する。あの蛙型を倒した君にね」

 妙にその言い回しが気になったが形にはならず、ムジカはじっとりとアルーフを見上げる。

「なんでそれを」
「さあ夜は長い。食事をしながら語ろうじゃないか」

 唇を弓なりにするアルーフの傍らに使用人型が進み出て、椅子を引き出す。

『オ客様、オ座リクダサイ』

 今度こそ、ムジカは黙って座るしかなかった。
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