夜明けのムジカ

道草家守

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独断専行3

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 たしかにぎりぎり人間の領域に収まっている。ブレードもエーテルの翼も使っていない。
 しかし、足りないのだ。決定打がどこにもないことがムジカにはよくわかっていた。

『イ……タイ』

 どうすればいい、そんなことを考えていると、破壊音の中に声が混ざった。

『タス……ケテ、……カエ、カエリタイ……!!』

 奇械アンティーク特有の擦れたような音声だ。しかし幼さを感じさせ、その言葉には悲痛と恐怖が感じられた。
 そしてそれは、眼前の蛙型から聞こえてくる。

 奇械アンティークはしゃべる。当然だ。特に意思の疎通が必要な機体には、音声会話機能が搭載されている。
 しかしそれは想定された運用に必要な場合のみだ。自律兵器ドールの場合、あらかじめ設定された定型文しか発声できない。奇械アンティーク間では専用の高速言語を使うというが、それは人間には理解できない。
 だから、自律兵器ドールがこんな人間みたいなしゃべり方をするなんてあり得ないのだ。
 幼い子供に訴えかけられているような錯覚を起こし、ムジカは息を飲む。
 わずかに開いた間に、蛙型が体を震わせる。
 その予兆にムジカはとっさに叫んでいた。

強制指令オーダーセット、後ろに下がれラス!」

 つぶされた視界から回り込もうとしていたラスが、直線的な動きで後ろに飛んだ。
 刹那、蛙型の表皮から莫大な熱が放出された。
 蛙型のそばにあった鋼鉄製のトロッコが半ば溶け、ラスの服の一部が焼け焦げる。
 30ヤード(約27メートル)は離れたムジカのもとまで熱が伝わってくるのだから、近くのものは相当だろう。
 あと一歩回避が遅ければ、ラスはもろに浴びていた。
 挙動に回避の意思がないように思えたため、もしかしたら耐えられたのかも知れないが、それでもやるべきだったとムジカは思う。
 なぜなら、人間は体が燃えて無傷でいられるわけがないのだから。

 ようやく準備を終えたムジカは、ラスに向かって走り出した。
 ラスが紫の瞳をわずかに見開くが、かまわず構えたショットガンを蛙型の足下へ次々と打ち込んでいく。
 軽い銃声音と共に射出された弾丸は、今にもたわもうとしていた蛙型の後ろ脚に着弾しぱっと薬液をまき散らす。
 空気に触れたとたん、薬液は硬化した。
 しかし、強靱な脚力は硬化剤をも砕き、その場でたたらをふむ。
 予想通りであったためムジカは、次々に硬化弾を撃って重ねていった。
 たとえ一弾で効果がなくとも、複数重ねれば重作業型奇械アンティークですら足止めできる。
 もがく蛙型からは目を離さず、こちらへやってきたラスに一喝した。

「ばっかやろう! 援護してやるって言う前に勝手に出て行くんじゃねえ! 武器持たねえでなにしてんだっ」
「申し訳ありません」

 残念ながら硬化弾は、足止めにしかならない。
 ポンプアクション式は弾の再装填に時間がかかる。そもそも自律兵器ドールに対しては破壊能力がゼロに等しいため、ムジカではとどめを刺せない。
 だから、一瞬だけ銃撃をやめたムジカは、腰のポーチのものをラスに投げつけた。
 危なげなく受け止めるラスに、銃撃を再開しつつ叫んだ。

「使い方はわかるな、てめえがとどめさせ! 足止めはしてやる!」
「はい、問題ありません。遂行します」
「任せた!」

 適材適所である。ムジカは少なくとも、ラスの戦闘面での強さは認めていた。
 蛙型は硬化弾によって固められた体を嫌がるようによじり、熱を放射する。
 硬化弾は一瞬で固まるが、熱には少々弱い。
 ムジカの放った硬化弾がたちまち熱によって煙が立ち上り、もろく劣化していく。
 弾切れを起こしたショットガンを捨て腰の拳銃を抜いて構えたが、すでにそれがいらないことに気づいた。

 蛙型の片方のアイサイトがムジカをとらえ、炎をはき出そうと口腔を大きく開ける。
 その無防備な口の中に、ラスが手投げ弾を複数、豪速で投げ入れた。
 弾丸のように飛んでいったそれは、狙い違わず蛙型の巨大な口のなかへと吸い込まれる。
 とっさにはき出そうとする蛙型の動作を阻害するように、ラスはハンマーを頭部へ振り下ろした。

 ぼくんっ!と蛙型の口腔内でくぐもった爆発音が響く。

 拳銃を下ろさないまま、ムジカは様子をうかがう。見える位置にいる探掘屋シーカーや採掘屋達が、一様にこの世の終わりのような顔をしているのが不本意だ。
 ムジカ達がただの手投げ弾だと思い、先ほどの二の舞になると思い込んでいるのだろう。

「炎がくるぞー! 全力で逃げろおおぉ……お?」

 誰かの叫び声が、尻切れトンボに終わった。
 よく見ればわかっただろう。身をよじる蛙型の小刻みに震えている表皮にパキパキと霜が降りている様が。
 完全に凍り付いたことを確認したムジカは、ハンマーを片手に無造作に下げるラスへと駆け寄った。
 基本的な装備があったために失念していたが、ラスにももう少し人間用の武器を持たせた方が良いかもしれない。

「冷凍弾。やっぱり効いたな」
「はい、熱蛙が吸収できるのは高温のみです。低温を高温に加速させることは可能ですが、極低温を取り込む機能を有していません」
「まあ、簡単に言えば徹底的に冷たくしちまえば、動けなくなるってことだよな」
「……要約すればその通りです」

 何かもの言いたげなラスはそのままに、ムジカは氷の彫像と化した蛙型に近づいた。
 通常ならば硬化弾で事足りるため、ただの趣味で購入した冷凍弾が役に立ち満足だ。
 だが、ムジカは先ほどの声が耳にこびりついて離れなかった。

「お前、一体何が言いたかったんだ」

 ぽつりとつぶやいても、虚ろなまなざしは何も答えなかった。
 当然だ、完全に機能停止しているのだから。
 少々後味は悪いが、無事に制圧できたことは悪くない。
 息をついて、銀と紫の人形を振り返りかけたのだが、しんと静まりかえる周囲に気づき、ムジカは青ざめる。
 ムジカはラスに向けて強制指令を使った。必要だったと判断してのことだったが、それでも気づいたものがいたかも知れない。
 我知らずつばを飲み込んだムジカが背後を振り返りかけ。
 怒濤の歓声と共に、多くの探掘夫たちが駆け寄ってくるのにぎょっとした。

「てめえら、すげえじゃねえか!!」
自律兵器ドールをたった二人で倒しちまう何てっ!」
「しかもほとんど壊さず制圧するなんざ探掘屋シーカーの鏡だぜ!」

 口々に言われる中には、ラスの常人離れした身体能力が奇械アンティーク由来のものであると、毛ほども疑っている気配はない。
 ムジカは安堵したがこの探掘屋達の興奮は予想外であり、どうしたらいいかわからない。

「わかった、わかったから! とっとと負傷者を回収して、それから上に連絡しなよ!」

 代わる代わる小突かれたムジカがたまらず叫べば、採掘夫達の何人かは急いで作業へ向かっていった。
 それでも離れていかない彼らにムジカははあきらめて身を任せる。
 ただ、肩を組まれ頭をなでられ、もみくちゃにされるラスが戸惑う姿は少々面白いと思ったムジカだった。
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