夜明けのムジカ

道草家守

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独断専行2

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 そこはすでに阿鼻叫喚だった。
 採掘場の壁のそこかしこが熱で溶け、巻き込まれたらしい採掘夫達が大小様々なやけどを受けて倒れていた。
 通路や機材の裏には探掘屋シーカーや採掘夫がおり、必死に足止めしようと銃を連射している。
 いろんなものが焼け焦げたにおいにムジカは鼻をふさぎつつ見れば、昇降機のある巨大な空間でうずくまっているのは巨大な蛙型をした自律兵器ドールだった。
 熱蛙型、あるいは単に蛙型と呼ばれるそれは、エーテル弾一斉掃射にひるんでいるように身を縮めている。ムジカとは距離があるにもかかわらず獅子型並に大きい体躯は、金属と言うよりはゴムのような湿度を感じさせる外装に覆われていた。
 ぎょろりとしたアイサイトは橙色オレンジ。はぐれだ。

「これでもくらえっ」

 弾薬が切れたのか、ひととき弾幕が緩んだとたん、遮蔽物の影から立ち上がった一人……おそらく採掘夫だろうが、こぶし大のものを投げた。
 投げられたものを見て、ムジカは愕然とした。

「あんたらっ死にたくなかったら伏せろ!」

 背後に避難している採掘夫達に叫びつつ、ムジカ自身が伏せるのと、手投げ弾が蛙型に着弾するのが同時だった。
 爆風が吹きすさび、ムジカはラスの体にかばわれる。

「はは、これで、あ?」
『ァアッッァアアア――……!!!!』

 上がりかけた喜びの声は、蛙型の咆吼と共に吐き出されたもので飲まれた。
 その咆吼が悲鳴のようだとムジカが感じたとたん、あたりが橙の炎に照らされる。

「ぎゃあああああああぁ!!」

 断末魔の叫び声が響く。
 ムジカがのぞき見たのは、赤々と大地が焼ける中でのたうち回る探掘屋シーカーと採掘夫達だった。
 坑内に肉と髪の焼けるいやなにおいが立ちこめる。

「熱蛙は与えられた熱を増幅しさらに熱を生み出します。爆薬での攻撃は表皮の耐熱温度以上でなくてはなりません」

 淡々と説明するラスの言葉通りだった。
 蛙型は第3探掘坑では滅多に見ない、高威力型の自律兵器ドールだ。
 戦闘規模によって白兵、戦術、戦略、殲滅と分けられる中で、戦術規模の戦闘能力を有し一つの街を制圧するだけの能力を有している。
 ラスの言葉を聞きつつムジカは、蛙型が上を気にする様子に嫌な予感がした。 

「まずい、地上に出る気だ。止めないと」

 地上に出るためには急勾配の昇降機のレールを上っていくしかないが、蛙型の脚力ならば十分に上れてしまうだろう。応戦していた探掘屋シーカー達の中には無事な人間もいるが、戦力としては見込めない。蛙型に熱を放射されれば、遺跡内の空調機能が作動していたとしても酸素が薄くなり生存が難しくなる。
 ムジカはすぐさま背負っていた荷物を下ろし必要な物の準備を始めた。足止めが精いっぱいだが、自分が生き残るためにできる限りのことをすべきだ。
 エーテル銃に専用の弾丸を装填していれば、平坦な声が響いた。

「命令と判断、熱蛙を停止させます」

 銀の流れが走って行くのをムジカは唖然と見送った。

「ラスっ!?」

 ムジカが止める間もなく、ラスはホール内に転がる採掘用の機材の間を跳躍して、彼我の距離を疾駆する。
 その手に構えられているのは、ムジカが買い与えた自動小銃である。
 ラスは空中に身を躍らせたとたん、腰だめに構えたそれを複数回発砲した。
 気づいた蛙型がラスを振り返るのと同時に着弾する。

『――……っ!』

 蛙型は悲鳴のような音がこぼして身をよじった。
 その片目が射貫かれ、煙を帯びていたからだ。
 もとより精密射撃には適していないはずの自動小銃で、あれほどの小さな的を狙えるその腕にムジカは目を剥く。だが、それでは足りない。

 痛みに身をよじるような動作をしていた蛙型は、ふいにその口腔を開いた。
 勢いよく飛び出してくるのは鞭型の打撃武器だ。

 生物を摸されている自律兵器ドールは、その生態も動きも元にされた生物に似通っている。
 だが自律兵器の一撃は、人間を挽肉にするにはあまりある威力だ。
 飛び出してきた鞭に対しラスは回避行動をとるが、小銃が奪われ砕かれた。
 さらに蛙型は、強靱な後ろ脚で跳躍し飛び込んでくる。
 機材をなぎ倒す蛙型に青ざめたムジカだったが、ラスは危なげなく回避し蛙型から離れていた。
 転がっていたのを拾ったらしい、採掘用の柄の長いハンマーが握られている。
 いらだたしげに首を横に振った蛙型がラスの姿を探す中、彼は後脚に力を込めようとしていた蛙型の頭にハンマーを振り下ろした。

 金属とは違う、重たい打撃音が響く。

 様子をうかがっていた採掘夫や探掘屋シーカーたちが一様に驚愕するのがムジカにはわかる。
 そう、何せ彼は自律兵器に一撃を与えるという無謀なことをしているのだ。
 自律兵器は種類にもよるが、人間が及ばない早さと膂力、反応速度を持っている。
 蛙型が上層へと気をとられていたとはいえ驚異的なことである。

 ようやく驚きから覚めたムジカは、ラスが人間の範疇で倒そうとしていることを理解して青ざめた。
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