夜明けのムジカ

道草家守

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亡霊2

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 亡霊が近づかない隅へと避難したムジカは、緑の影が荒れ狂うのをぼんやりと眺める。
 今日は特に多い。これだけ亡霊に囲まれてしまえば、一体にも当たらずに抜けることを考えるよりは、収まるのを待っていたほうが良い。
 すると、律儀にムジカの命令を守り撤収した荷物を持ってきたラスが話しかけてきた。

「あの映像たちは、どんな感情を表しているのですか」
「あれはただの残りかすだ。あの亡霊ゴースト達はエーテルのいたずらで残されちまっただけだから、実際に感じている訳じゃないぞ? そもそも訊いてどうするんだ」

 素朴な疑問をぶつければ、ラスは淡々と答えた。

「表情と感情を結びつければ、その感情を装うことができます。ですが状況に応じて適切な表情を浮かべなければ不自然となるため、多くの情報を蓄積する必要があります」
「なるほどな。それなら、悲しいだろうけど」

 いぶかしく思ったムジカがラスを見上げれば、彼はゆらりゆらりと残像を結ぶ亡霊の一つを指さした。

「あの残像は、ファリンという少年が浮かべていた表情と約60%合致します。ファリンは何を悲しんでいたのでしょうか。学習の一環として、情報提供を求めます」

 妙なことに興味を持つと思いつつ、ムジカは紫の瞳が見ている人影の一つを見る。確かに男性は顔をゆがめ、もの言わぬ慟哭をあげていた。
 亡霊は数が多くムジカもすべては覚えていないが、何度か見たような気がする。

「たぶんファリンは悲しいじゃなくて、悔しかったんだろうと思うぞ。あたしについて来たがっていたからな」
「なぜ、ファリンはくやしいを俺に向けたのでしょうか」

 ムジカは頭がぼんやりとするのを自覚しながらも思考を巡らせる。
 浄化マスクの中和カセットでもすべてを中和できるわけではないから、影響が出ているのだろう。
 あまり愉快な話題ではないが、ムジカはラスの問いかけに応じた。

「あたしにも確かなことはわからないさ。本人に聞いてみても素直に答えてくれるもんでもないし。気分がいいもんじゃないがしょうがないさ」
「気分が良くないのであれば、解消するべきなのでは」
「無理だよ。あたしはあいつの望みを叶えてやる気がない。ファリンがあきらめるしかないんだよ」

 うまく思考が回らないのもすべてエーテルの影響だ。こうして実感するたびに決意は固くなる。
 エーテルの燐光が乱舞するなか、ムジカはそれぞれの感情をあらわにする亡霊達を眺めながら思いつくままに言葉にした。

「エーテルってやつはとにかく現状維持ってやつが好きらしくてな。無機物もこんな残留思念ってやつもそのまま残そうとする。それが人間に影響がないわけないだろ? えーとたしか生命体には」
「生命体に対するエーテルの影響は主に、内臓の機能不全にくわえ生命力の減衰。そして肉体のエーテル化です。重篤になりますと四肢の末端から徐々にエーテルエネルギーとなって消滅します」
「そのとおり」

 ムジカは回収し損ねたオレンジの皮が、緑の燐光に包まれてほどけてゆくのを見るともなしに見た。
 第五元素であるエーテルは、その純粋さゆえに有機物をすべて同一化しようとするのだと、スリアンに教えられたことがあった。
 だから遺跡内で死んだものは骨も残らない。すべてエーテルに還っていく。
 もしかしたらここにいる亡霊達も、遺跡内で死んだものなのかもしれない。

「なあお前、探掘屋シーカー達を見て比較的、女の探掘屋シーカーが多いと思わなかったか」
「俺が視認した範囲では男性7割女性3割だったと記憶しています。探掘は肉体を酷使する職業であるにもかかわらず女性の比率が多いと思われます。理由は女性のほうがエーテルに対する耐性が強いからですか」
「なんだよくわかってるじゃねえか」

 マスク越しではわからないだろうと思いつつ、ムジカはにやっと口角を上げて続けた。
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