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亡霊1
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若干焦げたサンドイッチだったが、それでも溶けたチーズがハムに絡めばごちそうだ。
ムジカが紅茶と共に楽しんでいれば、ラスが顔を上げた。
「エーテル濃度の上昇を確認。浄化マスクの装着を推奨します」
反射的に見えるところに置いていた懐中時計に視線をやり、無言で背負っている浄化マスクに手を伸ばす。
文字盤の燐光が徐々に濃くなってきていた。
エーテル濃度はたとえ安全だといわれている領域でも、何かの拍子で一気に変わる。浄化マスクを装着し終えた頃には、文字盤は明かり代わりとでもいうように、煌々と緑の光輝を放っていた。危険域だ。
人の姿をしていてもこのエーテル濃度で平然としているラスが訊ねてくる。
「ムジカ、体調に変化は」
「ちょっと頭がぼーっとするけど、これくらいならまだ大丈夫だ。ただ、話していてくれ」
「了解しました、移動しますか」
「ああ、撤収の手伝いたのむ」
今までの経験から言えば、急激に上がったエーテル濃度はすぐに下がりやすい傾向にある。とはいえそれも確実ではない。
この区域はエーテル濃度が不安定に変化する。慣れない探掘屋が軒並み急性エーテル中毒に陥り再起不能になりやすいことが、忌避される理由の一つだ。
そしてもう一つは、撤収作業をしている間に起きた。
『ォオォォォ……―――オオォォオォ……―――』
うなるような、慟哭のような声にムジカは身構えた。
「あれがくるか……」
どこからかあふれ出してくるエーテルの燐光によって、あたりは真昼のように照らされている。通路の向こう側から、蛍光色の緑の光がゆらりゆらりと近づいてきた。
光が寄り集まっているような質量のないそれは、物質というのもおこがましい。だが煙のようにあるいは影のように形を持っている。
動物のような四つ足や、人の形のようなそれらがゆっくりと滑るようにムジカの前を通り過ぎていく。
彼らの語る言葉はわからない。ただのうなり声としか聞こえない。
しかし、意味がわからずとも、伝わってくるのは強い感情だった。
悲哀、怒り、理不尽。それらは区画で命を落とした人々の断末魔をエーテル結晶が保存した、残像のようなものだった。
「今回も団体さんで勢揃いだな」
浄化マスクの少しこもる空気の中で、ムジカはつぶやいた。
探掘屋の間では亡霊と呼ばれている現象だ。
エーテルは、周辺にあるものを固定化し、維持する性質がある。
それは無機物に顕著に表れるが、こうして人間の強い思念まで固定化するのだ。ただし、生前の強い思念を写し取っているだけで、本人の意思はないというのが通説である。
エーテルの塊であるため、接触すると急性エーテル中毒を引き起こす可能性があるが、受け答えもできず、同じ行動しかとらないため対処も容易だ。
しかしこの区画は、明確に音を発する亡霊が頻繁に出ることから、験を担ぎたがる探掘屋達は近づきたがらないのだった。
ムジカが紅茶と共に楽しんでいれば、ラスが顔を上げた。
「エーテル濃度の上昇を確認。浄化マスクの装着を推奨します」
反射的に見えるところに置いていた懐中時計に視線をやり、無言で背負っている浄化マスクに手を伸ばす。
文字盤の燐光が徐々に濃くなってきていた。
エーテル濃度はたとえ安全だといわれている領域でも、何かの拍子で一気に変わる。浄化マスクを装着し終えた頃には、文字盤は明かり代わりとでもいうように、煌々と緑の光輝を放っていた。危険域だ。
人の姿をしていてもこのエーテル濃度で平然としているラスが訊ねてくる。
「ムジカ、体調に変化は」
「ちょっと頭がぼーっとするけど、これくらいならまだ大丈夫だ。ただ、話していてくれ」
「了解しました、移動しますか」
「ああ、撤収の手伝いたのむ」
今までの経験から言えば、急激に上がったエーテル濃度はすぐに下がりやすい傾向にある。とはいえそれも確実ではない。
この区域はエーテル濃度が不安定に変化する。慣れない探掘屋が軒並み急性エーテル中毒に陥り再起不能になりやすいことが、忌避される理由の一つだ。
そしてもう一つは、撤収作業をしている間に起きた。
『ォオォォォ……―――オオォォオォ……―――』
うなるような、慟哭のような声にムジカは身構えた。
「あれがくるか……」
どこからかあふれ出してくるエーテルの燐光によって、あたりは真昼のように照らされている。通路の向こう側から、蛍光色の緑の光がゆらりゆらりと近づいてきた。
光が寄り集まっているような質量のないそれは、物質というのもおこがましい。だが煙のようにあるいは影のように形を持っている。
動物のような四つ足や、人の形のようなそれらがゆっくりと滑るようにムジカの前を通り過ぎていく。
彼らの語る言葉はわからない。ただのうなり声としか聞こえない。
しかし、意味がわからずとも、伝わってくるのは強い感情だった。
悲哀、怒り、理不尽。それらは区画で命を落とした人々の断末魔をエーテル結晶が保存した、残像のようなものだった。
「今回も団体さんで勢揃いだな」
浄化マスクの少しこもる空気の中で、ムジカはつぶやいた。
探掘屋の間では亡霊と呼ばれている現象だ。
エーテルは、周辺にあるものを固定化し、維持する性質がある。
それは無機物に顕著に表れるが、こうして人間の強い思念まで固定化するのだ。ただし、生前の強い思念を写し取っているだけで、本人の意思はないというのが通説である。
エーテルの塊であるため、接触すると急性エーテル中毒を引き起こす可能性があるが、受け答えもできず、同じ行動しかとらないため対処も容易だ。
しかしこの区画は、明確に音を発する亡霊が頻繁に出ることから、験を担ぎたがる探掘屋達は近づきたがらないのだった。
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