夜明けのムジカ

道草家守

文字の大きさ
上 下
33 / 78

亡霊1

しおりを挟む
 若干焦げたサンドイッチだったが、それでも溶けたチーズがハムに絡めばごちそうだ。
 ムジカが紅茶と共に楽しんでいれば、ラスが顔を上げた。

「エーテル濃度の上昇を確認。浄化マスクの装着を推奨します」

 反射的に見えるところに置いていた懐中時計に視線をやり、無言で背負っている浄化マスクに手を伸ばす。
 文字盤の燐光が徐々に濃くなってきていた。
 エーテル濃度はたとえ安全だといわれている領域でも、何かの拍子で一気に変わる。浄化マスクを装着し終えた頃には、文字盤は明かり代わりとでもいうように、煌々と緑の光輝を放っていた。危険域だ。
 人の姿をしていてもこのエーテル濃度で平然としているラスが訊ねてくる。

「ムジカ、体調に変化は」
「ちょっと頭がぼーっとするけど、これくらいならまだ大丈夫だ。ただ、話していてくれ」
「了解しました、移動しますか」
「ああ、撤収の手伝いたのむ」

 今までの経験から言えば、急激に上がったエーテル濃度はすぐに下がりやすい傾向にある。とはいえそれも確実ではない。
 この区域はエーテル濃度が不安定に変化する。慣れない探掘屋シーカーが軒並み急性エーテル中毒に陥り再起不能になりやすいことが、忌避される理由の一つだ。
 そしてもう一つは、撤収作業をしている間に起きた。

『ォオォォォ……―――オオォォオォ……―――』

 うなるような、慟哭のような声にムジカは身構えた。

「あれがくるか……」

 どこからかあふれ出してくるエーテルの燐光によって、あたりは真昼のように照らされている。通路の向こう側から、蛍光色の緑の光がゆらりゆらりと近づいてきた。
 光が寄り集まっているような質量のないそれは、物質というのもおこがましい。だが煙のようにあるいは影のように形を持っている。
 動物のような四つ足や、人の形のようなそれらがゆっくりと滑るようにムジカの前を通り過ぎていく。
 彼らの語る言葉はわからない。ただのうなり声としか聞こえない。
 しかし、意味がわからずとも、伝わってくるのは強い感情だった。

 悲哀、怒り、理不尽。それらは区画で命を落とした人々の断末魔をエーテル結晶が保存した、残像のようなものだった。

「今回も団体さんで勢揃いだな」

 浄化マスクの少しこもる空気の中で、ムジカはつぶやいた。
 探掘屋シーカーの間では亡霊ゴーストと呼ばれている現象だ。
エーテルは、周辺にあるものを固定化し、維持する性質がある。
 それは無機物に顕著に表れるが、こうして人間の強い思念まで固定化するのだ。ただし、生前の強い思念を写し取っているだけで、本人の意思はないというのが通説である。
 エーテルの塊であるため、接触すると急性エーテル中毒を引き起こす可能性があるが、受け答えもできず、同じ行動しかとらないため対処も容易だ。
 しかしこの区画は、明確に音を発する亡霊が頻繁に出ることから、験を担ぎたがる探掘屋シーカー達は近づきたがらないのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

はてんこう

妄想聖人
SF
 帝国最後の冒険団が行方不明になってから一一四年後。月見里伯爵家四女の真結は、舞い込んできた縁談を断るために、冒険団を結成して最後の冒険団が目指した星系へと旅立つ。

ショウドウ ~未開の惑星に転生した男、野生を生きる~

京衛武百十
SF
俺の名は相堂幸正(しょうどうゆきまさ)。惑星探査船コーネリアス号で移住可能な惑星を探す任務に就いてたんだが、どうやら遭難しちまったらしい。しかもそこは地球にそっくりな<特A>と分類される惑星だったものの、得体のしれない透明な化け物に襲われて、俺は呆気なく命を落としたみてえだな。 落としたらしいはずなんだが、気が付いたら裸で河の中にいた。そこでも猛獣だかなんだかに襲われたもののこっちについては返り討ちにしてやった。 しかし俺以外のメンバーは見当たらず、不時着したはずのコーネリアス号もねえ。 仕方なく俺はそこで生きることにしたんだが、でも、悪くねえ。俺にはこっちの生き方の方が合ってたようだ。

毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー活劇〜 

天海二色
SF
 西暦2320年、世界は寄生菌『珊瑚』がもたらす不治の病、『珊瑚症』に蝕まれていた。  珊瑚症に罹患した者はステージの進行と共に異形となり凶暴化し、生物災害【バイオハザード】を各地で引き起こす。  その珊瑚症の感染者が引き起こす生物災害を鎮める切り札は、毒素を宿す有毒人種《ウミヘビ》。  彼らは一人につき一つの毒素を持つ。  医師モーズは、その《ウミヘビ》を管理する研究所に奇縁によって入所する事となった。  彼はそこで《ウミヘビ》の手を借り、生物災害鎮圧及び珊瑚症の治療薬を探究することになる。  これはモーズが、治療薬『テリアカ』を作るまでの物語である。  ……そして個性豊か過ぎるウミヘビと、同僚となる癖の強いクスシに振り回される物語でもある。 ※《ウミヘビ》は毒劇や危険物、元素を擬人化した男子になります ※研究所に所属している職員《クスシヘビ》は全員モデルとなる化学者がいます ※この小説は国家資格である『毒劇物取扱責任者』を覚える為に考えた話なので、日本の法律や規約を世界観に採用していたりします。 参考文献 松井奈美子 一発合格! 毒物劇物取扱者試験テキスト&問題集 船山信次  史上最強カラー図解 毒の科学 毒と人間のかかわり 齋藤勝裕  毒の科学 身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで 鈴木勉   毒と薬 (大人のための図鑑) 特別展「毒」 公式図録 くられ、姫川たけお 毒物ずかん: キュートであぶない毒キャラの世界へ ジェームス・M・ラッセル著 森 寛敏監修 118元素全百科 その他広辞苑、Wikipediaなど

ヘファイストスの灯火 ~森の中で眠り続けている巨大ゴーレムを発見した少女、継承した鍛冶魔法の力を操り剣でもドレスでもどんどん作りあげる~

あきさけ
ファンタジー
『鍛冶』でドレスだって作ります! その少女の名はアウラ。 幼い頃からルインハンターと言う古代遺跡から遺物を発掘して街で売るお仕事をしている。 ある日たどり着いた遺跡で見つけたのはマナトレーシングフレームと呼ばれる意思を持った巨大有人式ゴーレム。 名前はヘファイストス。 彼のパイロットとなり古代の鍛冶魔法を引き継いだアウラは倒したモンスターを素材にガンガン装備を生産する! それこそチートな付与魔法もつけて、金属から作った布でドレス作製までなんでもあり! 国には戦争の気配とかがただよい始めるけれど安全な国に逃げればいいじゃない! なんでもありなチート鍛冶師になったアウラは今日も鍛冶を行う!? ※この小説はカクヨム様、アルファポリス様、ノベルアッププラス様、小説家になろう様で連載中です。  上記サイト以外では連載しておりません。

G.o.D 完結篇 ~ノロイの星に カミは集う~

風見星治
SF
平凡な男と美貌の新兵、救世の英雄が死の運命の次に抗うは邪悪な神の奸計 ※ノベルアップ+で公開中の「G.o.D 神を巡る物語 前章」の続編となります。読まなくても楽しめるように配慮したつもりですが、興味があればご一読頂けると喜びます。 ※一部にイラストAIで作った挿絵を挿入していましたが、全て削除しました。 話自体は全て書き終わっており、週3回程度、奇数日に更新を行います。 ジャンルは現代を舞台としたSFですが、魔法も登場する現代ファンタジー要素もあり  英雄は神か悪魔か? 20XX年12月22日に勃発した地球と宇宙との戦いは伊佐凪竜一とルミナ=AZ1の二人が解析不能の異能に目覚めたことで終息した。それからおよそ半年後。桁違いの戦闘能力を持ち英雄と称賛される伊佐凪竜一は自らの異能を制御すべく奮闘し、同じく英雄となったルミナ=AZ1は神が不在となった旗艦アマテラス復興の為に忙しい日々を送る。  一見すれば平穏に見える日々、しかし二人の元に次の戦いの足音が忍び寄り始める。ソレは二人を分断し、陥れ、騙し、最後には亡き者にしようとする。半年前の戦いはどうして起こったのか、いまだ見えぬ正体不明の敵の狙いは何か、なぜ英雄は狙われるのか。物語は久方ぶりに故郷である地球へと帰還した伊佐凪竜一が謎の少女と出会う事で大きく動き始める。神を巡る物語が進むにつれ、英雄に再び絶望が襲い掛かる。 主要人物 伊佐凪竜一⇒半年前の戦いを経て英雄となった地球人の男。他者とは比較にならない、文字通り桁違いの戦闘能力を持つ反面で戦闘技術は未熟であるためにひたすら訓練の日々を送る。 ルミナ=AZ1⇒同じく半年前の戦いを経て英雄となった旗艦アマテラス出身のアマツ(人類)。その高い能力と美貌故に多くの関心を集める彼女はある日、自らの出生を知る事になる。 謎の少女⇒伊佐凪竜一が地球に帰還した日に出会った謎の少女。一見すればとても品があり、相当高貴な血筋であるように見えるがその正体は不明。二人が出会ったのは偶然か必然か。  ※SEGAのPSO2のEP4をオマージュした物語ですが、固有名詞を含め殆ど面影がありません。世界観をビジュアル的に把握する参考になるかと思います。

オー、ブラザーズ!

ぞぞ
SF
海が消え、砂漠化が進んだ世界。 人々は戦いに備えて巨大な戦車で移動生活をしていた。 巨大戦車で働く戦車砲掃除兵の子どもたちは、ろくに食事も与えられずに重労働をさせられる者が大半だった。 十四歳で掃除兵として働きに出たジョンは、一年後、親友のデレクと共に革命を起こすべく仲間を集め始める。

居酒屋"魔王城" ニホン支店

秋茄子
SF
地球にある一国、ニホン。 その首都トウキョウにポツンと佇む一軒の居酒屋。 店名は"魔王城"。 ここは、異世界からやってきた魔王が地球を支配するために経営しているお店である。 そんなことも知らずお店にノコノコとやってくる哀れな人間たち。 魔王は今日も今日とて人間を支配するため、厨房に立つーーー。 ※コメディです ※カクヨム様でも連載しております

処理中です...