夜明けのムジカ

道草家守

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探掘街の少年3

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 そこに予想していた球体関節はなく、ただ白く滑らかな手があるだけだった。
 ムジカが混乱している間にもファリンは怒りと悔しさをあらわにラスに詰め寄っていた。

「こんな働いたこともねえ手で探掘しようってか、馬鹿じゃねえの!」
「ムジカを守ることはできます。それが俺の役目です」
「へん、どうせすぐ逃げ帰ってくる。たいてい外から来たやつは一層で心が折れるんだ。俺をつれってくれよ師匠」

 ファリンに懇願されたムジカは内心の動揺をなだめつつ、それでも首を横に振った。

「こいつはこう見えても頑丈でなんだよ。お前じゃあたしの背中は預けられない。探掘隊と鉢合わせて懲りたからな。用心棒代わりだ」

 自分でもへりくつだとよくわかっていたが、これ以上に彼を納得させられる言葉を思いつかなかった。
 ひどくショックを受けた様子のファリンだったが、すぐさま目を半眼にして、ムジカを射貫く。

「なら、こいつよりも強くなれば、連れて行ってくれんだな」
「は?」
「師匠は相棒が欲しいんだろう。同じことができれば、探掘のことを知ってる俺のほうがずっと役に立つだろ!」
「いやファリン、落ち着けって」
「そしたらぜってー連れってくれよな師匠! 約束だぞっ」
「おいっ!」

 ファリンは取り上げた革手袋をラスに投げつけると、雑踏の中へと走って消えていった。
 あっという間に探掘屋シーカー達に紛れて見えなくなる少年を、引き留めきれなかったムジカは深いため息をつく。
 孤児である彼は年齢が二桁にならずとも、自分で身を立てて生活しているプライドがある。実際、彼の利発さやよく気がつく性質は大人顔負けで重宝するだろう。
 が、それは探掘屋シーカーでなくても安全な仕事で十分生かせる長所だ。ムジカの意思が翻らない以上、傷つけるのはしかたがない。

 気持ちを切り替えたムジカは、無言で投げつけられた革手袋をはめ直そうとするラスの手を取った。

「どうしましたか、ムジカ」
「お前、その手なんで人間っぽくなってるんだ?」

 先ほどは動揺を顔に出さないのが精一杯だったが、その手は今もなめらかな人の手に見える。しかも、さすっても冷たい以外には人の手と変わらない柔らかみがある気がした。
 だが、昨日も今日の朝も確かに、硬い感触があったはずだ。球体関節も幻ではなかった。
 すると、ラスは何でもないことのように言った。

「水と風の性質を変成させて、人の肌に見えるようにしています。短時間であれば触れてもわかりません」
「水、風……錬金術か!」
「自分は魔法と記憶しています」

 ようやく理解したムジカは彼の高性能さに絶句していた。
 錬金術は、「万物はその法則を読み解けば、自在に変成させることができる」という基本理念の下、四大元素に干渉し組み合わせることで様々な事象を引き起こすことができる。
 数百年前までは魔法と呼ばれ一部の聖者の奇跡とされていたそれは、第五元素であるエーテルが発見されたことで一気に簡略化した。
 そもそも奇械アンティークが発明されたのは、人間が魔法を使えるようになるためだ。
 変成数式の組み立てと煩雑な演算さえできれば、奇械アンティークである彼にできないわけがない。

「なるべく人間に擬態しろ、という命令を遂行するために発動していました」
「そういうことは早めに知らせておいてくれ。肝が冷えた」
「内臓の温度が低下したのであれば早急に保温をしなければいけません」
「ただの慣用句だ」

 妙なところを気にするのはいつも通りだと思ったムジカだったが、ラスは言葉を続けた。

「彼の脅威度は低いと判断し、制圧行動はとりませんでした。正解ですか」
「ああ、正解だと思う」

 ムジカはかろうじてそう言った。
 具体的に命じてもいないのに、自分で考えて実行している彼に驚いていたのだがうまく言葉にはできない。貸本屋騒動の時と同じだ。

「とりあえず、いくぞ」
「はい、ムジカ」

 心の整理がつかない中でも、ムジカは探掘坑へ潜る順番待ちに並んだのだった。
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