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錬金街1
しおりを挟むスリアンの下を後にしたムジカは、しかたなくラスをつれて街頭市へと向かった。
昼を過ぎた時刻で快晴のため、町中にもそれなりに日光が入り込みぬくもりを感じた。靄がかかったような空にはどこからかの貨物便だろう、大型の飛行船が飛んでいく。頂上近くにある発着場に停泊するのだろう。
スカートにある隠しポケットにある財布には、エーテル機関の売却資金の一部が入っている。装備品の大半をダメにしたことを知ったスリアンの計らいで、正規の販売価格で引き取ってもらったからだ。
人間の形をしたものを一つ、養うことになったのだ。それなりに物入りだったために心底助かった。
「奇械用の整備道具はスリアンが用意してくれるとはいえ、やっぱり服だな」
今のラスの格好はひどい、とムジカは傍らを歩く青年人形を見上げた。
現在のラスは、一応、探掘街の酒場にいそうな普通の格好をしていた。
だが、くたびれたシャツにジャケット、貧相なクラバットまではましなものの、案の定ズボンのウエストはぶかぶかで、ベルトも用をなさなかったのでひもで縛り上げている。
袖とズボンの丈も足りなかったが、それはどうしようもない。あいにく靴はなかったため、ラスの足を適当なぼろ布で足を包んで結んだムジカは、朝から一仕事を終えた気分だったものだ。
だが元の見てくれが良いだけに努力もむなしく、ちぐはぐさが際だって悪目立ちをしていた。
ちらちらと感じる奇異な視線に、どうにかしなければならないとムジカは改めて決意した。が、ふとスリアンの表情にほんの少しだけ痛みのような感情がよぎったのを思い出し、少し暗い気分になる。
スリアンはムジカの父親とそれなりに親しかった、らしい。
ムジカにとってはいい思い出のない父親だったが、彼女には思うところがあるのだろう。
「あー湿っぽいのやめやめっ! こうなったらあたしも奮発するぞ!」
「何を奮発するのですか」
「あたしも必要なものを買うってこと……ああそうだ」
ムジカは適当な路地にラスを連れ込み、向き合って言い聞かせる。
スリアンの所では衝撃と情報が飽和して呆然としてしまっていたが、街中に繰り出す前に念を押しておかねばならなかった。
「お前、さっきの話は聞いてたな」
「はい」
「いいか、あたしのためにお前のためにも、お前が自律兵器ってことはばれちゃいけないんだ。人間になれ」
マスクと帽子で顔を隠していたラスだったが、何を考えているかわからない紫のまなざしでムジカを見下ろしていた。
「俺は自律兵器です。人間ではありません」
「なら自分を人間に見せかける努力をしろ。これは命令だ」
「はい、歌姫」
「……まずそれを絶対に人前でやるんじゃねえぞ」
言っているそばから心配になってきたが、どうにかやり抜くしかない。
まずムジカは古着屋が多く連なる一角で、靴と服、そして手に合う手袋を探した。とにもかくにも球体関節を隠さねばと思ったのだ。
幸いにも、いくらもたたずラスでもはめられそうな革手袋を見つけたので、きっちり値切って買い求める。そして目立たない場所で靴と手袋を身につけさせた。
ついでにムジカのだめになったペチコートの代わりなどを求めた後、ちょうど小腹が空いたので、街頭商人からフィッシュアンドチップスを買う。
「お前、そういや飯は食べられるのか」
「有機物をエーテルエネルギーに変換できますが、効率は劣ります」
「ふうん」
平坦な口調で告げるラスにムジカは少し考えた後、芋を揚げて作られたチップスを一つ差し出した。
「試しに食ってみろ」
「はい」
ラスは言われたとおり口に運び咀嚼する。
嚥下するところまでじっと観察したが、ムジカが懸念していたのが肩すかしのように自然な動きだった。食べる仕草が上品すぎるのは否めないが、もし他人の前で食事をすることになっても問題ないだろう。
「なあ、味はわかるのか」
「人間が感じている味覚はわかりませんが、成分分析である程度予測することができます」
「まどろっこしいけど、うまいかまずいかはわかるんだな」
「はい。ムジカの摂取している食物は、油分が過多に思えます」
「うるせ、消費するからいいんだよ」
彼の話し方は独特でどうにも調子が狂うと思いつつ、残りのフィッシュアンドチップスを腹に収めにかかる。ムジカの仕事は体力勝負だ。少々気になったとしても、これくらい油分が多くないと、体力が持たないのもあるのだ。
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