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黙祷2
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壊れてもなお、記憶を引き出すような行為を行うことは、この奇械を冒涜するような気がした。
とはいえよくよく考えてみれば、ムジカの指揮歌による干渉も似たようなものだ。
「なあ、この子は許してくれると思うか」
「ものは破壊されれば、自律判断も、指示を全うすることもできません。命令を遂行できない道具に意味はありません。その点、この機体は役に立つことができます」
声音は変わらない。こちらの感傷なんて一切考慮していないような憎たらしさだ。
その腹立たしさのままムジカはぎっと青年人形をにらみあげた。
「お前、ぜんっぜんかわいくない」
「奇械に『かわいい』は必要ですか?」
「うっさい!」
皮肉すら通じない青年人形の背中を腹立ち紛れに叩く。
「ムジカの手が痛みます」
「いいんだよ八つ当たりなんだから。……だが、お前が言うことももっともだ。しょうがねえ、施設の地図だけ見せてもらえ」
「了解しました」
ムジカの苦渋の判断にも、あっさりとうなずいた青年人形は、使用人型の少女をもした頭部を両手ですくい取る。
背中から一対のエーテルの燐光で形作られた翼が生まれ、そこから細いコード状のエーテルを伸ばして、使用人型の頭部をくるんでいった。
『……・――……』
ムジカには聴き取ることのできない音声が、ラスの唇からこぼれる。
やっていることは不法接続と何ら変わりない。
だがわずかにうつむいて目を閉じるラスは、奇械の死を悼んでいるようにも見て取れて、ムジカは複雑な気分ながらも見惚れた。
「こいつ、やっぱり顔はいいんだよな……」
「終了しました」
「お、おうっ」
また独り言の最中に声をかけられびくついたムジカだったが、頭部を床に置き直して立ち上がったラスが反応を示さなかったことに胸をなで下ろす。
「超長期連続稼働のため、記憶領域が激しく損傷しておりましたが、この機体が担当していた地区の地図から、上層へのルートを算出できました」
「でかしたラス! いくぞ」
「はい、ルートの案内を始める前に、二つほど質問があります」
意気揚々と歩きだそうとしたムジカが振り返れば、翼を霧散させたラスはじっとムジカを見つめていた。
「現在が天歴263年から300年経っている、というのは事実ですか」
「天歴……大戦時代だな、それ。文明が壊れっちまったときに廃れたから今じゃ奇械屋や錬金術師しか使わない。今は帝歴ってのが使われてて、今日は帝歴67年10月の4日だ」
300年前に大戦ですべてが破壊されたあと、様々な国が様々な暦を打ち出し、好き勝手に使っていたそうだ。が、数十年前から勢力を拡大し始めたイルジオ帝国が瞬く間に大陸の7割を掌握した現在では、帝歴が一般的だった。イルジオ帝国の属国となったバーシェ都市国でも、帝歴が普及している。
ムジカにとっては合理的で覚えやすいだけのものだが、暦の違いを気にすることは意外だった。
「なんだよ、気になるのか」
「俺の記録は天歴で断絶しているので、すりあわせが必要でした」
「ふうん」
「もう一つの質問ですが」
特に興味があったわけではないので、ムジカは次の質問に興味を引かれる。
ラスは、無表情のまま平坦な口調で続けた。
「俺の顔が良いというのは、どういう意味ですか」
「うっさい! ばーかばーか、ナルシスト野郎っ」
「ナルシスト野郎とはどういう意味ですか」
「あたしに訊くんじゃねえ! とっとと脱出するぞ!」
律儀に待って損をしたと、ムジカは憤然と再び歩き出したのだった。
とはいえよくよく考えてみれば、ムジカの指揮歌による干渉も似たようなものだ。
「なあ、この子は許してくれると思うか」
「ものは破壊されれば、自律判断も、指示を全うすることもできません。命令を遂行できない道具に意味はありません。その点、この機体は役に立つことができます」
声音は変わらない。こちらの感傷なんて一切考慮していないような憎たらしさだ。
その腹立たしさのままムジカはぎっと青年人形をにらみあげた。
「お前、ぜんっぜんかわいくない」
「奇械に『かわいい』は必要ですか?」
「うっさい!」
皮肉すら通じない青年人形の背中を腹立ち紛れに叩く。
「ムジカの手が痛みます」
「いいんだよ八つ当たりなんだから。……だが、お前が言うことももっともだ。しょうがねえ、施設の地図だけ見せてもらえ」
「了解しました」
ムジカの苦渋の判断にも、あっさりとうなずいた青年人形は、使用人型の少女をもした頭部を両手ですくい取る。
背中から一対のエーテルの燐光で形作られた翼が生まれ、そこから細いコード状のエーテルを伸ばして、使用人型の頭部をくるんでいった。
『……・――……』
ムジカには聴き取ることのできない音声が、ラスの唇からこぼれる。
やっていることは不法接続と何ら変わりない。
だがわずかにうつむいて目を閉じるラスは、奇械の死を悼んでいるようにも見て取れて、ムジカは複雑な気分ながらも見惚れた。
「こいつ、やっぱり顔はいいんだよな……」
「終了しました」
「お、おうっ」
また独り言の最中に声をかけられびくついたムジカだったが、頭部を床に置き直して立ち上がったラスが反応を示さなかったことに胸をなで下ろす。
「超長期連続稼働のため、記憶領域が激しく損傷しておりましたが、この機体が担当していた地区の地図から、上層へのルートを算出できました」
「でかしたラス! いくぞ」
「はい、ルートの案内を始める前に、二つほど質問があります」
意気揚々と歩きだそうとしたムジカが振り返れば、翼を霧散させたラスはじっとムジカを見つめていた。
「現在が天歴263年から300年経っている、というのは事実ですか」
「天歴……大戦時代だな、それ。文明が壊れっちまったときに廃れたから今じゃ奇械屋や錬金術師しか使わない。今は帝歴ってのが使われてて、今日は帝歴67年10月の4日だ」
300年前に大戦ですべてが破壊されたあと、様々な国が様々な暦を打ち出し、好き勝手に使っていたそうだ。が、数十年前から勢力を拡大し始めたイルジオ帝国が瞬く間に大陸の7割を掌握した現在では、帝歴が一般的だった。イルジオ帝国の属国となったバーシェ都市国でも、帝歴が普及している。
ムジカにとっては合理的で覚えやすいだけのものだが、暦の違いを気にすることは意外だった。
「なんだよ、気になるのか」
「俺の記録は天歴で断絶しているので、すりあわせが必要でした」
「ふうん」
「もう一つの質問ですが」
特に興味があったわけではないので、ムジカは次の質問に興味を引かれる。
ラスは、無表情のまま平坦な口調で続けた。
「俺の顔が良いというのは、どういう意味ですか」
「うっさい! ばーかばーか、ナルシスト野郎っ」
「ナルシスト野郎とはどういう意味ですか」
「あたしに訊くんじゃねえ! とっとと脱出するぞ!」
律儀に待って損をしたと、ムジカは憤然と再び歩き出したのだった。
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