夜明けのムジカ

道草家守

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黙祷

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 とりあえず、落ちた地点まで戻ってみることにしたムジカは、歩いてまもなく。緑の獅子の破壊の現場を目の当たりにすることになった。

「……」

 ばらばらに切り裂かれた使用人型奇械アンティークの残骸を前に、ムジカはしばし立ち止まる。
 胴体と切り離された頭部の視覚センサには、当然のごとく未登録の橙の輝きも、登録者ありの緑の輝きもない。
 あの緑の獅子型は、障害となるものをすべてなぎ払っていたようだ。
 使用人型はあのまま地に伏していれば、獅子はムジカだけを狙って無事だったかもしれない。この奇械アンティークも、ムジカがこれ幸いと指揮歌リードフレーズを使って強制的に従わせさえしなければそうしていただろう。
 指揮者ディレットを守る、という最優先事項が生まれてしまったがために、この使用人型はここで朽ちることになる。
 ただの奇械アンティークだ。奇械アンティークの管制頭脳に組み込まれた行動原理で勝手にかばわれただけだ。

「エーテル機関を取り出しますか」

 平坦な言葉に、頭にがんっと血が上ったムジカは、隣にたたずんでいた青年人形、ラスを振り仰いだ。

「なんっ……!」
「先ほどの行為と独白から、ムジカは機能停止した奇械アンティークから、有用な部品を取り出すことを生業としていると類推しました。汎用型の奇械アンティークのため、先ほどよりも簡単に取り出すことができます」

 ラスの説明に、ムジカの心に一気に平静さが戻る。
 独り言を聞かれていたのは仕方がない。すぐにいつもの習慣を変えることなどできないのだから。少ない情報から類推し、ただ提案をしているだけなのはわかる。
 言葉選びは奇妙だが受け答えは自然であり、歩く姿もなめらかで、手や素足を見なければ忘れそうになる。だがムジカはラスが奇械アンティークであることを、じわじわと実感していた。
 奇械アンティークの判断基準は、人間とは違う。ムジカが無造作に獅子型を解体していたのを眺めていたことで気づけばよかったかもしれない。

 怒鳴るのは簡単だ。だがきっと何も感じないし通じない。
 それに理解してしまえば怒る意欲もわいてこなかったために、ムジカは深く息を吐いたあと告げた。

「こいつは、一時的に指揮者ディレットになっただけのあたしを助けてくれた。だからそのままにしておく」
「契約をしていたのですか」
「ああ。先に言っとくけど、あたしが歌うといかれちまった奇械アンティークでも時々正気に戻せるから。道案内してもらおうと思ったんだけどな」

 使用人型の脇に膝をついたムジカは、自分の胸に手を当てた。
 ただの感傷だとわかっていても、簡単に祈りを捧げる。

「何をしているのですか」
「祈ってる。ほらいくぞ、お前がここの構造を知らないから地道にマッピングしなきゃなんないんだ」

 さっさと切り替えて、ムジカは立ち上がって歩を進めたのだが、ラスは奇械アンティークのそばから離れなかった。

「どうした」
「提案します。この奇械アンティークの管制頭脳にアクセスする許可を求めます」
「お前っ、奇械アンティークのくせにあたしの言ったこと忘れたのか!」
「記憶しています」

 さすがに声を荒げたムジカだったが、ラスは美しい表情を変えずに続けた。

「しかしながら、この機体はムジカの指揮下に入っていたものです。ならば最後まで命令を遂行させることが奇械アンティークとしての本懐です」
「それは……」

 そうなのだろうか。
 ムジカにはわからない論理だった。

「俺の仕様ですと、エーテル端子で接続可能です。使用人型であるこの機体は、この施設の詳細な地図を有している可能性が高く、ムジカの『一刻も早く脱出する』という目標の一助となります」

 この遺跡の広大さはムジカが一番よくわかっていた。なにせこれほど深くにまで施設が続いていたことすら知らなかったわけで。なにも手がかりがない中うろつくのは、目隠しで綱渡りをするに等しい。
 ムジカは、ちらりと使用人型の亡骸を見る。
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