11 / 78
黙祷
しおりを挟む
とりあえず、落ちた地点まで戻ってみることにしたムジカは、歩いてまもなく。緑の獅子の破壊の現場を目の当たりにすることになった。
「……」
ばらばらに切り裂かれた使用人型奇械の残骸を前に、ムジカはしばし立ち止まる。
胴体と切り離された頭部の視覚センサには、当然のごとく未登録の橙の輝きも、登録者ありの緑の輝きもない。
あの緑の獅子型は、障害となるものをすべてなぎ払っていたようだ。
使用人型はあのまま地に伏していれば、獅子はムジカだけを狙って無事だったかもしれない。この奇械も、ムジカがこれ幸いと指揮歌を使って強制的に従わせさえしなければそうしていただろう。
指揮者を守る、という最優先事項が生まれてしまったがために、この使用人型はここで朽ちることになる。
ただの奇械だ。奇械の管制頭脳に組み込まれた行動原理で勝手にかばわれただけだ。
「エーテル機関を取り出しますか」
平坦な言葉に、頭にがんっと血が上ったムジカは、隣にたたずんでいた青年人形、ラスを振り仰いだ。
「なんっ……!」
「先ほどの行為と独白から、ムジカは機能停止した奇械から、有用な部品を取り出すことを生業としていると類推しました。汎用型の奇械のため、先ほどよりも簡単に取り出すことができます」
ラスの説明に、ムジカの心に一気に平静さが戻る。
独り言を聞かれていたのは仕方がない。すぐにいつもの習慣を変えることなどできないのだから。少ない情報から類推し、ただ提案をしているだけなのはわかる。
言葉選びは奇妙だが受け答えは自然であり、歩く姿もなめらかで、手や素足を見なければ忘れそうになる。だがムジカはラスが奇械であることを、じわじわと実感していた。
奇械の判断基準は、人間とは違う。ムジカが無造作に獅子型を解体していたのを眺めていたことで気づけばよかったかもしれない。
怒鳴るのは簡単だ。だがきっと何も感じないし通じない。
それに理解してしまえば怒る意欲もわいてこなかったために、ムジカは深く息を吐いたあと告げた。
「こいつは、一時的に指揮者になっただけのあたしを助けてくれた。だからそのままにしておく」
「契約をしていたのですか」
「ああ。先に言っとくけど、あたしが歌うといかれちまった奇械でも時々正気に戻せるから。道案内してもらおうと思ったんだけどな」
使用人型の脇に膝をついたムジカは、自分の胸に手を当てた。
ただの感傷だとわかっていても、簡単に祈りを捧げる。
「何をしているのですか」
「祈ってる。ほらいくぞ、お前がここの構造を知らないから地道にマッピングしなきゃなんないんだ」
さっさと切り替えて、ムジカは立ち上がって歩を進めたのだが、ラスは奇械のそばから離れなかった。
「どうした」
「提案します。この奇械の管制頭脳にアクセスする許可を求めます」
「お前っ、奇械のくせにあたしの言ったこと忘れたのか!」
「記憶しています」
さすがに声を荒げたムジカだったが、ラスは美しい表情を変えずに続けた。
「しかしながら、この機体はムジカの指揮下に入っていたものです。ならば最後まで命令を遂行させることが奇械としての本懐です」
「それは……」
そうなのだろうか。
ムジカにはわからない論理だった。
「俺の仕様ですと、エーテル端子で接続可能です。使用人型であるこの機体は、この施設の詳細な地図を有している可能性が高く、ムジカの『一刻も早く脱出する』という目標の一助となります」
この遺跡の広大さはムジカが一番よくわかっていた。なにせこれほど深くにまで施設が続いていたことすら知らなかったわけで。なにも手がかりがない中うろつくのは、目隠しで綱渡りをするに等しい。
ムジカは、ちらりと使用人型の亡骸を見る。
「……」
ばらばらに切り裂かれた使用人型奇械の残骸を前に、ムジカはしばし立ち止まる。
胴体と切り離された頭部の視覚センサには、当然のごとく未登録の橙の輝きも、登録者ありの緑の輝きもない。
あの緑の獅子型は、障害となるものをすべてなぎ払っていたようだ。
使用人型はあのまま地に伏していれば、獅子はムジカだけを狙って無事だったかもしれない。この奇械も、ムジカがこれ幸いと指揮歌を使って強制的に従わせさえしなければそうしていただろう。
指揮者を守る、という最優先事項が生まれてしまったがために、この使用人型はここで朽ちることになる。
ただの奇械だ。奇械の管制頭脳に組み込まれた行動原理で勝手にかばわれただけだ。
「エーテル機関を取り出しますか」
平坦な言葉に、頭にがんっと血が上ったムジカは、隣にたたずんでいた青年人形、ラスを振り仰いだ。
「なんっ……!」
「先ほどの行為と独白から、ムジカは機能停止した奇械から、有用な部品を取り出すことを生業としていると類推しました。汎用型の奇械のため、先ほどよりも簡単に取り出すことができます」
ラスの説明に、ムジカの心に一気に平静さが戻る。
独り言を聞かれていたのは仕方がない。すぐにいつもの習慣を変えることなどできないのだから。少ない情報から類推し、ただ提案をしているだけなのはわかる。
言葉選びは奇妙だが受け答えは自然であり、歩く姿もなめらかで、手や素足を見なければ忘れそうになる。だがムジカはラスが奇械であることを、じわじわと実感していた。
奇械の判断基準は、人間とは違う。ムジカが無造作に獅子型を解体していたのを眺めていたことで気づけばよかったかもしれない。
怒鳴るのは簡単だ。だがきっと何も感じないし通じない。
それに理解してしまえば怒る意欲もわいてこなかったために、ムジカは深く息を吐いたあと告げた。
「こいつは、一時的に指揮者になっただけのあたしを助けてくれた。だからそのままにしておく」
「契約をしていたのですか」
「ああ。先に言っとくけど、あたしが歌うといかれちまった奇械でも時々正気に戻せるから。道案内してもらおうと思ったんだけどな」
使用人型の脇に膝をついたムジカは、自分の胸に手を当てた。
ただの感傷だとわかっていても、簡単に祈りを捧げる。
「何をしているのですか」
「祈ってる。ほらいくぞ、お前がここの構造を知らないから地道にマッピングしなきゃなんないんだ」
さっさと切り替えて、ムジカは立ち上がって歩を進めたのだが、ラスは奇械のそばから離れなかった。
「どうした」
「提案します。この奇械の管制頭脳にアクセスする許可を求めます」
「お前っ、奇械のくせにあたしの言ったこと忘れたのか!」
「記憶しています」
さすがに声を荒げたムジカだったが、ラスは美しい表情を変えずに続けた。
「しかしながら、この機体はムジカの指揮下に入っていたものです。ならば最後まで命令を遂行させることが奇械としての本懐です」
「それは……」
そうなのだろうか。
ムジカにはわからない論理だった。
「俺の仕様ですと、エーテル端子で接続可能です。使用人型であるこの機体は、この施設の詳細な地図を有している可能性が高く、ムジカの『一刻も早く脱出する』という目標の一助となります」
この遺跡の広大さはムジカが一番よくわかっていた。なにせこれほど深くにまで施設が続いていたことすら知らなかったわけで。なにも手がかりがない中うろつくのは、目隠しで綱渡りをするに等しい。
ムジカは、ちらりと使用人型の亡骸を見る。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/sf.png?id=74527b25be1223de4b35)
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
無能力者と神聖欠陥
島流十次
SF
一度崩壊した世界は生まれ変わり、それから特に成長したのは人類の「脳開発」だった。頚椎にチップが埋め込まれ、脳が発達し、人は超能力を手にするようになり、超能力を扱えるものは「有能」と呼ばれる。しかし、チップを埋め込まれても尚能力を持てない者は多数いた。「無能」は『石頭』と揶揄され、第二新釜山に住む大学生、ググもまた、『石頭』であった。ある日、アルバイト先で、一人の奇妙な「有能」の少女と出会ってから、ググの日常はそれまでとは大きく変わってゆく。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる